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「第ゼロ感」 (リーグ第11節・京都サンガF.C.戦:1-0)

小林悠は知っていた。

あの瞬間、大島僚太が自分を見ていないことを。

自分を「見ていた」ことを知っていたのではない。

自分を「見ていない」ことを知っていたのである。

「俺のことを見ていなかったんですよ。でも出てくるなと思って動いていました。あいつ、すごいっすね、やっぱり」

試合後のミックスゾーンで、小林悠はそう笑っていた。

この言葉を読み解けば、大島僚太が自分を見ていないことはわかっていたにもかかわらず、小林はゴールを狙う駆け引きを行っていたことになる。

実際、得点前の小林悠は、相手のディフェンダーに少し近寄り、それによって空いたスペースに動き出してボールを受ける、いわゆる「プルアウェイ」と言われる動きを行っている。

ボールを持った味方は、自分のことを見えていない。

でも、パスは出てくると予感していた。

なんで、そんなことができるのか。

理由は明確だ。

ボールを持っているのが、大島僚太だったからである。

大島僚太なら絶対に出してくれる。

それほどまでに出し手を信じて切っていたのである。

さらに、大島僚太には「自分に出せ」と試合前から言い続けていたとも小林は明かす。だから、あの瞬間は念じ続けていたのだという。

「あとは念を。『出せ!出せ!出せ!!・・・リョータ、出せ!』と言いながら動きました(笑)」

マルシーニョから落としを受けたボールコントロールが少し乱れた大島僚太は、小林悠だとはっきりとわかった上ではクロスを出していなかった。

ただ間接視野で、ぼんやりとプルアウェイの動きをする選手がいたので、あの動きは小林悠なのだと予想し、そこに目掛けて浮き球を出したという。

そして、それが小林悠にとって最高のボールになった。

「出す方も難しいと思いますよ。(自分の)ジャンプ力、プルアウェイの空間をイメージ、全てをあいつが分かってくれてないといけないし、少しでもボールが強かったり、高かったり、ズレてたらああいうヘディングはできなかったので」

 高い打点で競り合いながらも頭に当てたボールは、相手GK若原智哉の逆を突くような格好で放物線を描きながら、逆サイドのゴールネットにゆっくりと吸い込まれた。小林は100満点のヘディングと自画自賛する。

「相手もいたので、叩けなかったのでコースに打つイメージでした。でも100満点のヘディングだったと思います」

倒れながらゴールネットを揺らした小林悠は、素早く立ち上がり、ユニフォームを脱いでゴール裏に詰めかけていた川崎フロンターレのサポーターに向かって駆け寄った。

狂喜乱舞するサポーターに向けて、脱いだユニフォームを力強く掲げる。駆け寄って祝福するチームメートにもみくちゃにされながらも、それでも自分のユニフォームを掲げ続けた。自らの背番号11を見せ続けた。

 そこには、ある思いがあったからだ。

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