鬼木フロンターレとは何だったのか:Vol.27〜キーワードは「超アグレッシブ」。なぜ指揮官は4-3-3システム導入に踏み切ったのか。
2020年の新体制発表会見でのことです。
シーズンの展望について語っていた庄子春男GMは、スタッフの陣容について触れる際、4年目を迎える指揮官についてこう述べていました。
「鬼木監督は4シーズン目を迎えます。これまで3シーズン連続でタイトルをもたらしてくれました。すでに名将の1人だと私は思っています」
そして3シーズン連続以上でタイトルを取ったJリーグ監督である、オズワルド・オリヴェイラ(鹿島アントラーズ)、トニーニョ・セレーゾ監督(当時鹿島アントラーズ)、ネルシーニョ監督(柏レイソル)、西野朗監督(ガンバ大阪)の4人の名前を挙げ、「これらの監督に肩を並べるぐらいの実績を残したと思っています」と、庄子GMは鬼木監督について高い評価を口にしています。言葉を続けます。
「ただ鬼木監督は見てわかるように、そういう奢りもなく・・・・つねに向上心を持って取り組んでくれています」
横で聞いていた鬼木監督は「名将の1人」というフレーズやJリーグの歴代優勝監督に肩を並べる実績という評価にも表情を変えませんでしたが、「奢りもなく」と内面に言及されると、少し照れたような表情を浮かべて笑っていました。この反応に場内のサポーターからも笑いが起きる和やかな雰囲気の中で、庄子GMはこう締めました。
「今年は今まで以上に鬼木監督のスタイルといいますか、ポゼッションをベースに球際とハードワーク。そのスタイルをもっともっと成長させて、これまで以上に進化したチームを作ってくれるのではないかと思います」
壇上での鬼木監督は「リーグ王者の奪還」を必須とした上で、カップ戦も含めた複数タイトルの獲得を掲げ、その経験を通じて成長していきたいことを抱負として語っています。
その宣言通り、このシーズンからは「超アグレッシブ」をキーワードに、フォーメーションを従来の4-2-3-1ではなく4-3-3を導入。4年目を迎えた指揮官は大きなチャレンジに踏み出しています。
これはリーグ優勝した後の総括ですが、庄子春男GMは「去年の反省を生かしたシステムの変更だった」と振り返り、鬼木監督の手腕をこう評価しています。
「キャンプの時期から4-3-3をやりたいと言っていました。去年は4-2-3-1だったが、(前線の)1が孤立してしまうことがあった。ペナルティエリア内に人がいなくて、点に結びつかない。それで、ああいうシステムを取り入れた。今は多いとき5、6人はいる。そういう部分で言うと、良いチャレンジだったと思ってます。何も言うことはないです(笑)」
2019年は引き分け数が多く、勝ち切れませんでした。勝ち切るためにはより多くゴールを奪うこと。「超アグレッシブ」を打ち出した背景には、そんな思いがありました。
■なぜ4-3-3システム導入に踏み切ったのか
では、鬼木監督はなぜシステム変更を導入したのか。
元々、チームスタイルとしては中央からの崩しに自信を持っています。ならば、そこにピッチの幅を意識したサイドアタックを組み込めば、もっと点が取れるはず。ごくシンプルではあるが、そんな算段だったと鬼木監督は明かしています。
「真ん中から崩すこだわりは、今でも変わらないです。ただ、それだけ中から崩す力があるのならば、幅も使えばもっと点が取れるんじゃないか。その単純なところを両立させたいという思いがありましたね」(鬼木監督)
もちろん、これには前提があります。
幅を使った攻撃を機能させたくても、適した人材がサイドにいなければ、それは絵に描いた餅でしかないからです。
ただ幸いにも、チームには長谷川竜也、齋藤学といったJリーグでも屈指のドリブラーがいました。さらに大卒新人ながら三笘薫と旗手怜央もサイドで計算できる即戦力だったことが、幅を使った攻撃のスタイルを決断させたとも言えます。
駒がいるのであれば、どういう配置にして、戦い方をどう落とし込んでいくか。
ヒントになったのは、マンチェスター・シティやリバプールといった欧州最先端の攻撃的なチームです。
「シティやリバプールは気になってました。マリノスさん(横浜F・マリノス)もそうですけど、海外のチームですね。なんで4-3-3なのかな、と単純に思い始めました。うちは4-2-3-1で、アンカーとまでは言わないが、ボランチの前に出して4-3-3のような形も出していた。攻撃的と言われていても、そんなに大きく変わらない。でも、その形でやるのであれば明確な方が良いのかなと」(鬼木監督)
選手を配置する違いで言えば、従来の4-2-3-1と4-3-3に大差はありません。ただ前線の両サイドがワイドに張りながら、うまく中盤と連動した局面に持ち込めば、攻守両面で迫力が出せる。プレッシングの強度は上がり、高い位置でボールを狩り取れば、ゴール前にも人数をかけて入っていける。「超アグレッシブ」というキーワードを具現化させるには、試してみる価値のある変化だったというわけです。
新システムには、新加入選手だけではなく、既存の選手も刺激を受けながら前向きに取り組んでいました。そしてキャンプでの対外試合では、圧倒的な破壊力を見せて連日の大勝。確かな手応えを掴んで、シーズンに臨むことができました。
2月、リーグに先駆けて開幕したルヴァンカップの清水エスパルス戦は5−1で勝利。レアンドロ・ダミアンの先制点、そして長谷川竜也と小林悠がそれぞれ2得点です。点を取るべき攻撃陣がしっかりとゴールを決めた勝利でした。
■新システムで躍動した長谷川竜也の必然
この戦術で輝いたのが左ウィングの長谷川竜也です。試合前、彼はこう述べていました。
「自分は去年からやることがあまり変わっていないです。ただチームとしてやることは変わっている。距離感は少し味方と離れている感じはしますが、その分、シャドー(インサイドハーフ)がいるので、そことの距離は近くなっている」
この新システムを採用するにあたって、彼は「自分はやるべきことが変わっていない」と言っているんです。言い換えると、チームとしてサイド攻撃で幅を使う場面や、タイミング、そして距離感などが整備され、それを戦術として落とし込まれたことで、より彼のドリブルが生きる戦い方になっているとも言えます。
2得点という結果もそうですが、推進力を生かした仕掛けなど得点以外でも素晴らしいパフォーマンスでした。必然とも言える活躍なのかもしれません。
続くリーグ開幕戦となったサガン鳥栖戦では、この年からリーグ戦から導入されたVARによるゴール取り消しもあり、スコアレスドローという結果に。
早くも4-3-3システムの課題も出たわけですが、収穫と課題を浮き彫りになりながら、どうやって前に進んでいくのか。チームを定点観測していく楽しみは、そこの紆余曲折にあるとも言えます。
ところが、です。
その矢先、新型コロナウイルス感染拡大の影響でJリーグが中断を余儀なくされることに。
再開されたのは7月。それまでの空白期間を過ごすことになります。