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「キオクを超える未来へ」 (天皇杯準々決勝・鹿島アントラーズ戦:3-1)

 天皇杯での鹿島アントラーズとの対戦は4度。意外にも少ない。

 ざっと振り返ると、2002年準々決勝(0-1)、2004年5回戦(延長2-3)、2007年準決勝(0-1)、そして2017年決勝(延長1-2)という内訳だ。いずれも敗戦である。

 2017年の鹿島との元日決勝は、まだ記憶に新しいところだろう。場所は大阪の吹田スタジアムだった。

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ちなみにこの日のフロンターレ側には、翌シーズンからトップ昇格することが発表されていたユースの田中碧も駆けつけ、サポーターとしてゴール裏で120分間応援している。コアなファンには有名な話かもしれない。

 その後、田中碧が川崎フロンターレでのプロサッカー選手として在籍した2017年から2021年夏までの4シーズン半、クラブは5つの主要タイトルを獲得している。短期間にタイトルを獲り続けている最大の要因は、指揮官である鬼木監督の手腕で間違いはないのだけど、一年目からこれだけタイトルの瞬間に立ち会ってきたプロ選手も珍しい気がする。

 中心選手になった田中碧は今年の夏にドイツに移籍。結果的に、彼がクラブにもたらした最後のタイトルは天皇杯になった。それが、サポーターとして悔しい思いを目の当たりにしたタイトルだったのだと思うと、ちょっと不思議な縁も感じる。

 ついでに記憶の糸をフンフンと手繰り寄せていたら、2002年の国立競技場で行われた準々決勝(0-1)は、足を運んで現地に観に行った記憶が蘇ってきた。

 2002年だから、日韓ワールドカップがあったシーズンだ。まだ日本代表に海外組も少ない時代で、Jリーグにもその熱が残って盛り上がった年でもある。ただ12月25日なので、平日開催の極寒のナイターである。当時の自分はまだ大学生。

どちらかのサポーターだったわけではなく、ただのサッカーファンとして観戦しに行ったのだけど、昔のことすぎて試合内容は覚えていない。なんか鹿島が淡々と試合をして、当たり前のように勝ちをおさめていたような印象がある。

 当時の川崎フロンターレは、J2リーグでプレーしているクラブだった。この年は4位だったので、翌年もJ2のカテゴリーで戦うことが決まっていた。その翌年2003年に入団してきた大卒新人がのちにバンディエラとして活躍する中村憲剛なのだけど、彼が入る前なのだから、それだけ昔の時代である。

クラブのカラーもそんなにハッキリと認知されていなくて、等々力陸上競技場の観客も、まだ3000人ぐらいだった時代だ。そんなJ2のクラブが準決勝まで勝ち上がり、常勝クラブの鹿島アントラーズに挑むという構図だった。

公式記録によれば、64分に決まった本山雅志のゴールが決勝弾になったそうである・・・・うん、まるで覚えていない。記憶として覚えているのは、ひたすら寒かったこと。そして、売店で売ってた紙コップのホットコーヒーをすすったことだ。いや、どんな記憶力だ。

 そうそう。
2002年は、当時大ブームを起こしていた囲碁漫画「ヒカルの碁」の監修として、人気抜群だった囲碁棋士である梅沢由香里四段(当時)が電撃結婚を発表したのだけど、そのお相手が、当時J2の川崎フロンターレに在籍していたGKの吉原慎也だった。「囲碁界のアイドルをJリーガーにとられたー」と当時の囲碁ファンが嘆いていたとかいなかったとか聞いたことがある。

 あれから約20年。
あの時の国立で強かった鹿島アントラーズは、その間もJリーグの常勝クラブであり続けている。ただあの2017年元日で川崎フロンターレに競り勝って獲得した天皇杯を最後に、国内タイトルからは遠ざかっている事実もある。


 試合当日、等々力に向かっている道すがら、この日のスタメンが発表されたので確認する。中二日の連戦だが、入れ替えはなかった。日曜日の清水エスパルス戦と全く同じ11人だ。試合後の鬼木監督は、「変えなかった」ことの理由をこう明かす。

「まずは久しぶりにゲームを3週間ぶりで清水と戦いました。体を動かす、試合勘という意味でもしっかりとできました。中二日ではありますが、また間が空きます。また相手との兼ね合い、もし連戦の疲れが出たとしても、ベンチにいる選手はフレッシュなので、そこの見極める意味でも、スタートを変えませんでした」

 ベンチメンバーもほとんど変わらないが、唯一、宮城天だけが外れて遠野大弥と入れ替わっていた。

 宮城といえば、前回の鹿島アントラーズ戦でアディショナルタイムで劇的な無回転ミドルを決めている。9月のJ1最優秀ゴールにも選ばれていた一撃だ。鹿島に対しては良いイメージを持っている存在だと思うが、鬼木監督は彼をベンチに入れなかった。

 終盤に入った清水戦でのパフォーマンスが十分ではなかったのか。あるいは、二日間の練習でのアピールが足りなかったのか。

 もちろん遠野大弥が絶好調で、猛アピールをしたのかもしれない。チームにけが人がなく、ベストメンバーをチョイスできる状態になると、ベンチ入りも熾烈な競争があることが垣間見れる。

 宮城天か、遠野大弥か。鬼木監督は遠野を選択した。

 そういえば、この日は、プロ野球でオリックスがパ・リーグの優勝を決めた日になった。なんと25年ぶりだそうである。25年前といえば、イチローがオリックスにいた頃だから、若いファンにとっては多分初めての優勝だろう。前日はヤクルトがセ・リーグの優勝を決めていたけど、優勝っていいものだ。おめでとうございます。

 ちなみにオリックスには宮城大弥という、宮城天と遠野大弥を足したような名前の投手がいる。今季リーグ2位となる13勝をあげてブレイクした若手だそうである。宮城天と遠野大弥も、さらにブレイクしてほしいものだ。

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