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「微笑みの爆弾」 (ACL第4節・BGパトゥム・ユナイテッドFC戦:4-2)

割引あり

 刃を突きつけるような、不意の一撃だった。

 前半14分。

川崎フロンターレの選手たちは、最終ラインでゆっくりとパスを回しながら徐々にボールを前進させようとしていく。前からのプレッシングを諦めたBGパトゥム・ユナイテッドFCの選手たちは、少しずつ撤退しながら自陣で5-4-1のブロックを構える準備に入り始めている。

その瞬間だった。

ジェジエウからの横パスを受けた山村和也が素早く右足を振り抜き、左サイドにミドルパスを展開。ゆったりとしたボール回しから、いきなりギアを入れたのだ。

まさか、このタイミングで展開されてくるとは思っていなかったのだろう。

ボールの届け先である左ウイングのマルシーニョと対面していたライアン・スチュワートは、完全に意表を突かれたようだった。バウンドしたボールをコントロールするマルシーニョの切り返しについていけず、あっさりと入れ替わられてしまう。そしてカバーに入ったチャナパット・ブアパンが挟み込む形になり、たまらずマルシーニョを倒す。主審の笛が吹かれ、川崎フロンターレにペナルティキックが与えられた。

 この場面の殊勲者が、相手を交わしながら巧みな仕掛けでPKを獲得したマルシーニョであることに異論はない。ただ、あのゆったりとした流れから、突然スペースにピンポイントで配給をした山村和也の緩急をつけ方も、実に見事だった。

 試合後のミックスゾーンで本人に聞いてみた。あの狙いをこう明かす。

「あそこの裏にボールを落とすっていうのは、狙いとしてやってたところもありました。それがタイミング的にもマルちゃん(マルシーニョ)とあったのでよかったかな。ちょっとインで落とすようなイメージで作ったんですけど、それがうまく繋がりました」

 山村は組み立ての際に、中盤を飛ばすボール、いわゆるラインを飛ばして前線につけるボールや、ミドルレンジのパスを盛り込むことがよくある。その際に「ボールを落とす」という言い回しを用いる選手だ。

相手ディフェンダーの背中に生まれたスペースに「落とす」イメージで、意識的に蹴っているからである。

 守る側の背中に「落とすボール」。それは受け手からすれば「手前で落ちてくるボール」となる。トラップした時点で、対面相手を外しやすくなるようなピンポイントパスで届くのだ。

それを相手の予測できないタイミングで蹴れるのも彼の強みで、このときにマルシーニョに出したミドルパスがまさにそうだった。先日のリーグ戦のアビスパ福岡戦で同点弾を決めた小林悠に届けたパスもしかりである。山村和也の真骨頂が出たボールだった。

ーーーー

獲得したPKは脇坂泰斗がしっかりと決めて先制した。

「プロで蹴るのは初めてなので、緊張しましたよ」

 試合後のミックスゾーンに現れた脇坂本人は、そう微笑んでいた。まさか1試合2回も蹴ることになるとは思わなかったと思うが、どちらも技術に自信を持って決めていたように見えるPKだった。

そんな感想を伝えると、「自分が外したらしょうがないという気持ちでした」と言葉を続けていたので、それは彼自身がチームの勝敗を背負う覚悟を持って蹴ったという意思でもあるように聞こえた。実に嬉しいことだ。

ーーー

 16分に先制した後、「今日は問題なしかな」という感想が、記者席に見ていた
自分の正直なところだった。

 両チームの地力を比べると、川崎フロンターレが上回っているのは前回の試合内容が示していた。しかもBGパトゥム・ユナイテッドFCはこのグループで3戦全敗。こちらが先手を奪うことができれば、モチベーションも落ちるだろうし、こちらがホームで負ける要素はほとんどなくなると思っていたからである。過信でもなんでもなく、冷静に考えてもごく普通にそう思えたのだ。

 あとはゲームをコントロールしながら、うまく追加点を奪うこと。それでこのゲームは閉店ガラガラ、店じまい完了である。

(※11月9日)後日取材による山根視来に関するコラムを追記しました。
2点目を奪った直後に喫した同点弾の瞬間、山根視来は強い感情を発信し、チームメートに向かって大きなアクションをしていました。

「追加点が取れて(前半の)ラスト5分だった時に全員分かっていたと思う。ダミアンに強く行ってくれと伝えて、彼も行ってくれました。ただそれが続かないというシーンがあった」

あの失点はあの瞬間だけでの問題ではない、と彼は考えてます。なぜなら、日常が出るのが試合だからです。先制した展開を守りきれないゲームコントロールはチームとしての問題点ですが、山根視来自身はどう考えているのか。約2500文字ほどのコラムで追記しております。

→■(※追記:11月9日)「チームとして緩いと感じた試合でした。先週は最高の準備ができたかと言われると、雰囲気も含めて僕はそうではなかったと思っていたので、そういうところが結果に出てしまったと思います」(山根視来)。チームとしての問題点に山根視来はどう向き合おうとしているのか。現状に対する危機感を強め、何かを変えていくことの必要性を口にした理由。


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