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「なんでなのかはわからないけど」 (リーグ第5節・サンフレッチェ広島戦:2-0)

 大島僚太が蹴るのか!?

その光景を記者席から目の当たりにした際、心の中で湧いてきたのは、疑問ではなく驚きと不安の方だった。川崎フロンターレのチャンスのはずなのに、少しだけ心がざわっとした。

なぜか。

彼がコーナーキックを蹴るのが「あの日以来」だったからである。

——「あの日以来」とは2021年7月21日。
フクダ電子アリーナで行われた天皇杯3回戦・ジェフユナイテッド市原・千葉戦だ。その延長戦前半にCKのボールを蹴った際に、大島僚太は右足の内転筋を負傷した。そのまま交代を余儀なくされ、結果的に、再度の長期離脱となった。

 復帰後も、利き足で思いっ切りボールを蹴ることには怖さがあると吐露している。それぐらい、あのキックは大島僚太の身体と脳裏に小さくない影響を与えた場面になっているようだった。

 だから、コーナーキックに向かう彼の姿を見て、こちらも心が少し揺れたのだ。

本来のキッカーである脇坂泰斗もコーナースポットに寄って行ったが、何か合図をして、大島が蹴ることになったようだった(あのやりとりが意味するものは、試合後の取材で明らかになる)。

 得点チャンスにも関わらず、「怪我はしないでくれよ」と、普段とはベクトルの違うことを祈っていた。しかし少しの助走を取って蹴ったボールの描いた放物線は、手前で競り合った誰かに当たって角度が変わり、GK林卓人の頭上を越えて、ゴールネットに綺麗に吸い込まれていった。

 記者席の近いエリアでのゴールシーンだったが、ニアサイドで競り合ったのが誰だったのかはよくわからなかった。歓喜の様子を見る限り、あそこに飛び込んでいったのは赤いキャプテンマークを巻いていた谷口彰悟か。広島の選手たちは、前節同様となるセットプレーからの手痛い失点に、やや呆然としてその場に立ち尽くしている。いずれにせよ、得点は認められた。

73分、劣勢を強いられていた川崎フロンターレが先制。

 場内では得点者を伝えるアナウンスに「谷口彰悟」と伝えられていた。去年ゴールを決めていないので、久しぶりのゴールになる(調べたら、2020年の第32節・サガン鳥栖戦が最後だった)。のちに谷口ではなくオウンゴールに訂正されたのだが、試合前に「日本代表合流前に、谷口彰悟か山根視来が決めたら熱いなぁ」と記者仲間と話していただけに、なんとも不思議な感覚だった。

 そして試合終盤には、その山根視来が追加点を記録した。

試合後、J1で今季初めて設置されたミックスゾーンでの対面取材に応じた彼は「鬼木監督からは『行ける時は行け』と。『追加点を取って試合を終わらせてこい』とずっと言われていました」と追加点が生まれた背景にあった指示を明かしている。

サイドバックに向かって「試合を終わらせてこい」と言い続ける指揮官もそう多くないと思うが、山根自身の持ち味と、このポジションにエウシーニョという仕上げ屋がかつていたことを思えば、このチームにおいては何ら特別なことではないように思えるから不思議である。

 結局、試合は2-0で勝利。

「終わってみたら、川崎が勝っていた」

そんな風に表現したくなるような試合だった。それと同時に、いろんな意味で「わからないことだらけ」の試合でもあった。

■(追記:3月22日)いつもとは違う場所に、彼はいた。山根視来が広島のピッチで表現した回答と、ミックスゾーンで語ったこと。


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