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『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』を考察する

 ブラック・ライヴズ・マター(BLM)がひとつの大きなムーヴメントになってから、その波はいろいろなところに波及している。もちろん、BLM以前にも、非白人に対するレイシズムや人権問題についての話しは本や音楽、映画などに著されてきたが、BLMを経たいま、その数は増え続けているようだ。それら著作物で露わになったエピソードは気が滅入るものばかりで、そこからあふれ出る問題の根深さ、深刻さにはただただ呆然とさせられる。が、そこから発せられるメッセージは現代社会において知っておかなければならないものだ。

 昨年公開された、ジャズ歌手のビリー・ホリデイをテーマにした映画『Billie ビリー』もそういったもののひとつ。彼女と接してきた関係者のインタビューをもとに、その数奇な人生を振り返るドキュメンタリーだ。ビリー・ホリデイといえば、類まれな才能をもち、高い評価を得ながらも、人種差別を受け、社会的偏見と闘い、ドラッグとアルコールでボロボロになっていった悲劇の歌手といったイメージがついて回る。が、この映画からは彼女の立ち昇る人間力とその力強さも浮かび上がる。悲運ともいうべき彼女の人生はけして幸福なものではなかったと思うが、苦しみながらも生きる、そんな人生の意義を体現する彼女の気高さがひしひしと感じられる。それぞれが短いながらも、彼女がうたう場面もたくさんあって、伝記映画として端的に作られた作品だ。

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 そんなドキュメンタリーが公開されたのと同時期に、同じくビリー・ホリデイを扱った映画が作られていた。不世出の歌手ビリーと、白人至上主義が蔓延るアメリカ政府との対峙、その一点を集中的に描いたこの映画は、『Billie ビリー』とはまた違った角度でビリーを映した作品だ。『Billie ビリー』が彼女の一生をあぶり出そうとする作品だったのに対し、この『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』は彼女が白人社会に乗り出して以降の苦しみにクローズアップした闘いの映画であり、BLMの精神を多分に内包した作品だ。

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1860年、エイブラハム・リンカーンが大統領に就任し、南北戦争を経て奴隷制は廃止されたが、それでもなお南部の州では黒人への迫害が横行した。人権を蹂躪された黒人は、リンチされ、殺され続けた。1955年、ローザ・パークスの事件を機に、マーティン・ルーサー・キング牧師が中心となって興った公民権運動はやがて公民権法制定へとつながっていくが、そのリンカーンの時代とキング牧師の時代の狭間、ビリーは生を受け、歌手として才能を開花させていった。ビリーが成長していくなかで、アメリカ南部で続けて起きているリンチ殺人は報道されることもなく、まず知られることのないものだった。だが、彼女は実際に起きているその陰惨な事件を綴った歌を自身のレパートリーとして取り上げるようになる。


 その歌、「奇妙な果実」は社会を揺るがす歌だった。その内容は生々しく陰惨だ。

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