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スコーピオンズ、30年目のWind of Change

 スコーピオンズの曲「Wind Of Change」が発表されてから30年経つ。東西冷戦の終わり、未来への希望を見つめるこの曲は、当時の社会的な動きとリンクし、バンド最大のヒットを記録した。分断された社会が融和の道に進もうとしている時代の空気、彼らは"変化の風"が吹いているのを感じていた。
 世界を取り巻く空気の変化は、当時のソ連のリーダー、ミハイル・ゴルバチョフがおこなった大きな改革によってもたらされた。それまでソ連で禁じられていた西側のロックの流入もゴルバチョフが促したもののひとつ。その流れのなかで、ポール・マッカートニーはソ連国内に向けてアルバム『Снова в СССР』をリリースし、ビリー・ジョエルはモスクワでライヴを敢行した(のちにライヴ・アルバムとして発表している)。スコーピオンズも単独ライヴをおこない、そのあとに他のバンドとフェス形式のライヴ・イヴェント"Moscow Music Peace Festival"に出演する。「Wind Of Change」はそのイヴェントに出演したときに感じた空気の変化を基に作られたという。ヴォーカルのクラウス・マイネは、オープニング曲「Blackout」が始まったとき、会場の警備のために配置されていた衛兵が自分たちの仕事を放り出し、演奏を楽しみ始めたのを目にする。抑圧する側の衛兵が自分たちの音楽を受け入れていたのを見たクラウスの心中にはどんな感情が渦巻いただろうか。ドイツに生まれ、ドイツの分断の歴史を体感してきた彼はそこに、いままで感じたことのない希望を見出だしたはずだ。

<衛兵の姿は見えないが、このときのバンドのテンションは異様に高い>

 歴史の分岐点は意外と早く訪れた。"Moscow Music Peace Festival"からほどなくしてベルリンの壁は崩壊、東西融和の道が開かれた。「Wind Of Change」はその翌年にアルバム『Crazy World』の収録曲として発表されたが、シングル・リリースされると当時の社会情勢を映した曲として認知され、世界中でヒットした。この曲には、いままで望んではいても叶わなかった希望や自由にそっと手を伸ばそうとする、市井の人々の細やかな心情が映し出されている。長い間、社会的な抑圧のためにあえて考えようとしてこなかった自由や希望、そんな望みの灯にそれまで抑え込んでいた自分の気持ちをはたして寄せてもいいのだろうか。そんな逡巡さえもこぼれ落ちている。東西分断の象徴であったベルリンの壁崩壊の映像をMVで使うなど、彼らはこの曲に社会的なメッセージを盛り込みながら詩情豊かに仕上げた。


 ベルリンの壁崩壊から四半世紀。隣国との国境に壁をつくることを口にする大国のリーダーが誕生した。人々を分断する壁がどういったものであるか、それをじゅうぶん認識しているクラウスは、"時計を逆戻りさせる、信じられない所業"と嫌悪感を露にした。ベルリンの壁がなくなったことで生まれた希望が再び抑えこまれてしまう恐怖。やがて共同体としてのEUの軋み、ナショナリズムを掲げる政治グループの台頭やレイシズムの問題などの報道も目立つようになってきている。世界はまた分断の方向に動いているのではないか。

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 リリースしてから30周年を迎える「Wind Of Change」は、10月3日、新装版ボックス・セットとして発売される。ここにはベルリンの壁の断片も封入されるという。このアイテムにこめられたクラウスの思い、それはあらためて現代の世界に表明する融和への希求であろう。このボックス・セットはベルリンの壁崩壊の記念日(11/6)直前にリリースされるが、奇しくもそれは"国境に壁をつくろうと公言した人物"が二期目の就任を狙う選挙の日程とも重なる。意味深なのは、リリース日がベルリンの壁崩壊の記念日でなく、今後の世界をうらなうその選挙の日(11/3)のちょうど一か月前に設定してあることだ。「Wind Of Change」がいまどのような意味をもっているのか、あらためて考えるべきであろう。

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