見出し画像

ドゥービー・ブラザーズ アニバーサリー・ライヴの衝撃

 バンド結成50周年を記念しての今回のツアー。目玉はやはりマイケル・マクドナルドの参加だろう。彼がトム・ジョンストンと同じステージに立つということは、ドゥービー・ブラザーズの歴史を振り返るうえで、感動的な事件ともいえるものだ。とはいえ、両者の共演自体は今回が初めてのことではない。二人は過去にも何度か共演し、その模様を収めた音源のアルバム化、映像化もされてきている。ただし、日本の地でこれまで二人の揃い踏みはなされてこなかった。日本のファンにとって二人の共演は今回が初めてのことで、ともなれば垂涎のアニバーサリー・ライヴである。


 ステージは、向かって左からパット・シモンズ、トム・ジョンストン、ジョン・マクフィーが等間隔にフラットに並ぶ。シモンズの斜め後方にはベースのジョン・コーワン。ジョンストンの後方にはドラムのエド・トスとパーカッションのマーク・キニョネスが陣取り、マクフィーの斜め後方にマイケル・マクドナルドが構える。このフォーメーションは、正面から見るとメンバー全員が、誰ともカブることなく見える陣形だ。サックスのマーク・ルッソはマクドナルドの背後にいて、彼の周囲をウロウロしながら、自分の見せ場がくると前に出てくるといった具合。


 選曲は、ジョンストン、シモンズ、マクドナルドそれぞれのメイン・ヴォーカル曲を入れ替わり演奏するスタイル、バンドの歴史をダイジェストにまとめたようなセットリストだ。そこに昨年リリースされた新作『Liberte』(これもまた素晴らしくポジティヴなアルバム)から3曲ピックアップされた。1982年に解散した後、再始動してから『Liberte』前までの演奏曲が「World Gone Crazy」一曲のみというのがさびしいところだが、ほぼほぼオールタイム・セレクションのセットリストといえるだろう。(なんとなく思ったのだが、「World」のセレクトはそのタイトルにあるような、いまの世界情勢を鑑みてのメッセージなのかもしれない。そしてそれと対をなすかたちで新作から「Better Days」を演奏したような気がする)

<新作のなかでもこの曲のビターなテイストは格別だ>

 演奏は言わずもがなの安定感。ライヴ・バンドとしてのキャリアを存分に発揮した最高級のショウであった。メンバーと楽器以外のものがない簡素なステージ、演出らしいものもまるでなく、メンバーが派手に動くでもない、ただただ音楽を聴かせることに徹したライヴ。50周年というアニバーサリーにあっても彼らの姿勢はあくまでシンプルである。
 ジョンストンはいまだパワフルで、ギターもヴォーカルも無尽蔵のエネルギーを放出させる。シモンズは彼らしいリラックスした雰囲気で職人技をやんわりと披露する。マクフィーは要所要所でペダルスティールやフィドル、ハーモニカなどで鋭いソロを派手にかます。そして特筆すべきは彼らフロントマン3人にコーワンを交えたバンドのコーラスワークの美しさだ。もともとカントリーのミュージシャン/シンガーであるコーワンは歌に定評のある人で、彼の存在がいまのドゥービーズのライヴにいかに貢献しているのかがよくわかる美しさだった。コーワンはいまのバンドにとって重要な人物で、もっと注目されて然るべきメンバーである。

<これを観てもらえればコーワンの歌がとんでもないことがわかってもらえるはず>


 そしてマイケル・マクドナルドだ。この日の彼には驚かされた。ここ数年のマクドナルドのライヴでの歌唱は非常にアグレッシヴで、タイミングをずらす、音を外す、叫ぶ、がなるなど、原曲を大きく逸脱する即興的な歌を聴かせるスタイルになっている。しかしこの日の彼はその度合いが強烈だった。曲が始まってもどの曲をうたっているのかわからないときもあったし、熱がこもって感情が暴走しているような場面もあった。ときに曲をぶち壊そうとしているようにも思えた瞬間はあまりにも暴力的であったし、しかもそれも一度や二度のことではなかった。曲を蹂躙しようとするが如く、破壊的にうたう彼の姿には驚くばかり。彼の暴れっぷりはキーボードの演奏にも現れた。ラグタイムやらホンキートンクやらブルーグラスやらがもつれ合い、ぐつぐつ煮えたぎっているかのような熱い演奏をひたすら繰り広げるのだ。これにはあの熱い男のイメージのジョンストンでさえクールに見えてしまうほど。

 奇妙なのは、初めは違和感を感じていたマクドナルドのこのスタンピードなパフォーマンスが、徐々にドゥービーズに溶け込んでいることを感じたことだ。"動"のマクドナルド、"静"のジョンストンと、それまでのイメージが逆転したステージで、やんちゃなマクドナルドを冷静沈着なジョンストンとバンドが有機的なファクターとして音楽に取り込み、引き込み、拡げる、いわゆるバンドマジックの連鎖がそこにはあった。これを察知したとき、ドゥービーズの懐の深さに心底恐れおののいた。ここにマクドナルドとバンドとの意図がどれだけあったのかはわからないが、この対比的なコラボレーションは彼らの音楽を壮大に広げるものであったことは間違いない。しかもそれを親しみやすく、さりげなくやれてしまうのだから言葉がない。

 今回のツアーを観た人は異口同音に絶賛しているようだ。それはそうだ。あんなものを観させられたら誰もが、音楽のすごさ、バンドの素晴らしさを実感することになる。有能なミュージシャンがいまだクリエイティヴに、ショウとして観客を楽しませながら、自分たちの音楽を追究する。バンドのその姿勢を生で体感する衝撃。そんな機会を与えられたら絶賛することしかできなくなる。

 アニバーサリーライヴなんてものをやることができるのは長年のキャリアを積んだベテラン・アーティストだけだ。ただ、そこには当然ながら、旧き良き時代を振り返る懐古的なムードが発生するし、思い出を大事にするべく演者と観客とでなんらかの予定調和のようなものも生まれがちだ。まるで"懐メロ大会"のようなものに陥ってしまうこともあるだろう。しかしそこになんらかの起爆的要素があった場合、また新たな世界を垣間見ることになる。今回のドゥービー・ブラザーズのライヴはそんなすごい音楽世界を体験させるものだったといえる。

 まだ日本ツアーは数公演残されている。行くかどうか迷っているファンは絶対観るべきです。

よろしければご購入、サポートをお願いいたします。いただきましたお気持ちが大きな励みになります!