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ストラングラーズの新曲「This Song」MVと、スチュアート・ピアースの話

 ストラングラーズの新アルバムリリースに先立って、すでに3つの新曲のミュージックビデオが発表されているが、今回また新たな曲のMVが公開された。この新曲「This Song」は彼らにしては珍しいカヴァー曲だ。オリジナルはThe Disciples Of Spessというバンドが10年以上前に発表したもの。The Disciples Of Spessは1982年から活動しているインディー・バンドで、質実剛健なサウンドが実に魅力的なバンドだ。そんな彼らの男気と、そしてメランコリックな側面が力強くあらわれたのがこの名曲(原題は「This Song Will Get Me Over You」)。ストラングラーズがThe Disciples Of Spessとどういった接点をもち、どういった経緯でカヴァーすることになったのかわからないのだが、インディー・バンドの埋もれたこんな曲をカヴァーするとは驚きである。


 ストラングラーズがカヴァーした曲のMVはシンプルだ。一人のスーツ姿の男が覆面をかぶった3人の暴徒に追われ逃げている、ただそれだけの映像がモノクロで映し出される。男がなぜ追われているのか、なぜ逃げているのか、追っている3人は何者なのか、それらの情報は一切示されず、我々は彼らが追いつ追われつするさまを訳もわからず見つめるだけだ。男は3人の姿が見えなくなると逃げるのをやめ、画面に向かって歌詞をつぶやく。が、追手はすぐに男を見つけ、また追ってくる。なぜ男は逃げきろうとしないのか? このシチュエーションは不可解だ。


 なんの予備知識もなくこのMVをみたのだが、ここで追われているのがなんと元イングランド代表のフットボールプレイヤー、スチュアート・ピアースであったのにはまったく気づかなかった。ピアースは自分が大好きなフットボール選手の一人。気合いの入ったタフな彼のプレイは見る者の心を震わせ、闘志をかきたてる。いつでも全力プレイのこの男はとにかく熱く、つねに燃えたぎっている。あまりの熱さゆえに「Psycho」と呼ばれるくらいだ(もちろんこの愛称には深い敬意がこめられている)。
 実は自分、そんな彼を一目見ようとシェフィールドまで行ったことがある。イギリスに行った折、当時彼がいたノッティンガム・フォレストがシェフィールド・ウェンズデイとのアウェイゲームを行うというニュースを聞きつけ、勇んで出掛けたのだ。ただ、いまとなってはその試合内容も、スコアも、日付さえも記憶からなくなっている。調べてみると、それは1994年1月のカップ戦で、結果は1―1のドロー。そういった情報をあらためて見ても記憶はまったく戻ってこないのだが、ただ目当てだったピアースをじっくりと見たことは覚えている。左サイドバックに君臨するサイコはディフェンスを統率する。相手の攻撃をどう防ぐのか、ワクワクしながら凝視していたのだが、見せ場らしい見せ場はこない。試合は膠着し、ウェンズデイの攻撃も攻め手を欠いていた。両チームはにらみ合いながら好機を待つが、そうしているうちになんとなく時間は進み、そのまま試合終了。試合としては面白みのない、まったくの凡戦だった。この日、期待していたサイコの熱血漢ぶりはまったく見ることができず、ガッカリしながら会場を後にしたことははっきり覚えている。
 記憶があまり残っていないのには理由もある。このときのスタジアムはウェンズデイのホーム、ヒルズボロ。あの「ヒルズボロの悲劇」が起こった場所だった。当時、自分は、試合が行われたその場所があの悲劇の場所だとはまったく認識していなかった。後になってからあの悲劇について書かれたものを読んでみると、あの日に見たスタジアムのあれこれを重ね合わせることで、痛ましい事故の様子が頭に広がっていく。当時はイングランドのすべてのスタジアムで立ち見エリアをなくし、椅子席に変える工事が急ピッチで進められていたが、ヒルズボロもこの直前に椅子席への改修が終わったばかり。とても鮮やかな青(ウェンズデイのチームカラー)の、新品のきれいな椅子が並んでいたのは記憶に鮮明だ。
 そして、奇しくもフォレストはヒルズボロの悲劇で試合をしていたチームで、サイコはその悲劇を目のあたりにした選手の一人だった。フォレストは、そしてサイコは、ヒルズボロで試合をするにはまだまだ精神が揺れ動いていたのではないだろうか。そんなことを考えてばかりいるうちに、この日の試合の記憶がどんどん薄れていったのである。

 サイコの魅力が一発でわかる映像がある。

ちなみに彼は前線、中盤の選手ではなく、サイドバックの選手である。そのポジションで中央に切れ込んでくるこの動き、そこから香ってくる闘志にはしびれるばかり。

1990年のワールドカップ、彼のPK失敗もあってチームは敗退。が、1996年ユーロのPK戦でそのトラウマを吹き飛ばすPKを決める。これはそのときの様子をまとめたドキュメンタリー映像。PKを決めたあとの絶叫はいつ見ても鳥肌立ちまくりの名シーンです!


 失礼。寄り道が長くなった。話しをストラングラーズに戻そう。このMVは、映像作家ジェイミー・ワンストールが作ったものだ。ワンストール自身のコメントがどうにも見つからないので作品がどのような意図でつくられたのかまったくわからないのだが、MVを見ていてもその内容はひどく曖昧で、なにを主題にしているのかさえわからない。ストーリーがあるような、ないような、まるで撮るだけ撮ったフィルムを未編集のまま放り出したかのような映像である。途中、男はなぜかジャケットを脱ぎ捨てるが、しばらくするとそのジャケットがどこからともなくいきなり戻ってきて、男はそれをさも当たり前のように再び着る、なんてシーンもあったりして、自分がいったいなにを見ているのかわからなくなってくる。

 我々はこのMVをどう見たらいいのだろうか? シリアスで緊迫した雰囲気と、それに水を差すような謎の演出。どうにも場当たり的で、収拾のつかない、そもそも曲をまるで語っていない映像をどう見つめればいいのか。思うにこれは前もって準備して作られたものではないのではないか?

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