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リンジー・バッキンガムを許せなかった日々

 リンジー・バッキンガムを"クソ野郎"と呼んでいたことがある。彼のことを徹底的に嫌い、目の敵にし、憎悪の炎を燃やしていたのは自分が高校生のとき。ちょうどフリートウッド・マックがアルバム『Mirage』をリリースしたときだ。

 話しは『Mirage』が出る1〜2年前に遡る。いつものように音楽雑誌を夢中で読んでいた自分は一人の麗しい女性の写真を目にした。特別なにかをしているわけでなく、ポーズをとっているわけでもなく、ただこちらを見つめるだけの女性。ブロンドのロングヘアーに艶やかな衣装、魅惑的な眼差しからは大人の色香がただよっていた。それまで見たこともないその美しさに仰天した。こんな美しい女性がこの世に実在するのか? こんな理想的な女性が本当にいるのだろうか? その瞬間、自分は恋に落ちた。

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 スティーヴィー・ニックスの美しさは自分の心を鷲掴みにし、身震いさせ、けして離さなかった。彼女はあまりに遠い存在であり、けして手が届かない存在なのは当然わかっていた。けれども、単なる憧れで終わらせたくもなかったし、どうにか近づけないものかとあれこれ想像を膨らませてばかりいた。闇雲な十代の恋心は燻りつづけた。

 その後、彼女はソロ・アルバム『Bella Donna』を発表する。トム・ペティとデュエットする姿をMVで見て、さらに彼女に魅了された自分はトム・ペティのことを妬ましく思った。そしてドン・ヘンリーにはもっと苦々しい気持ちをもった。「Leather and Lace」のデュエットで、ドン・ヘンリーはトム・ペティよりもスティーヴィーに近づいている感じがしたからだ。
 しかし、そんなのぼせ上がった青二才でも、このアルバムに詰まった音楽の良さは、何度も聴くうちに、なんとなくではあったがわかったような気がした。どことなく土埃が舞い上がるようないなたさと、そこはかとない繊細な気品を併せ持っているのがスティーヴィーの曲の真骨頂だが、それらがこのアルバムには最良のかたちで溢れ出ている。
 ここにある音楽は若年者がすぐに理解できるようなわかりやすさはないが、自分はその音楽の豊かさは実感できたし、彼女の音楽の才を認識することができ、スティーヴィーにますますひき込まれていった。


 彼女に恋い焦がれていたそのタイミングでマックの『Mirage』はリリースされた。ファースト・シングル「Hold Me」はチャートを駆け上がり、アルバムも売れまくった。「Hold Me」のMVでは、妖艶でミステリアスなスティーヴィーの姿に釘付けとなった。わからないことだらけの不思議なMVで、これまた謎の存在として登場するスティーヴィーは、自分のなかの彼女のイメージとして定着した。しばらく活動停止した後の、再始動の作品ということもあってロック/ポップ界の話題ともなっていた『Mirage』。もちろんスティーヴィーの新曲を聴きたい自分にとってこのアルバムは真っ先に買わなければならないものとなった。


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