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ライヴ・エイドにボランティア参加した思い出

 35年前、ぼんやりとテレビを見ていると、ライヴ・エイドが生放送されるという告知が流れた。その数か月前、ボブ・ゲルドフが立ちあげたバンド・エイドと、そのレコード「Do They Know It's Christmas」の話題に強い関心を寄せていた自分は、それがライヴ・イベントにまで発展し、さらに日本にいながらにしてその模様を見ることにできる、そんな情報に驚くばかりだった。そしてテレビのその告知には、生放送中の電話募金を受け付けるボランティア・スタッフの募集もアナウンスされていた。それまでボランティアに関わったことがなかった自分だったが、ただ単純にこの音楽イベントに関わってみたい。自分がボランティアに応募したのはそんな気持ちからだった。

 当日、テレビ局のスタジオはピリピリとした緊張感が張りつめていた。なんでも番組スタッフはこの放送の準備のため、丸二日間寝ていないという。過去にはない規模の衛星を使った長時間の多元生中継。なにが起こるかわからない現地の状況と、それにフレキシブルに対応するための想定。まるで未知の領域であった放送にナーバスになるのも当然で、時折スタッフが怒声を張り上げる瞬間もあった。そんな物々しい雰囲気のなか、放送は始まる。
 オンエアされているスタジオと、別のスタジオでの電話応対は時間ごとの交代制。休憩時間以外ライヴの様子など見ることはできなかったが、それでも音だけはつねに聞こえてくるので、誰がなんの曲を演奏しているのかくらいは知ることができた。後日、録画しておいた映像を見てやっとテレビ中継のすべてを知ることになったが、技術的な限界ゆえに映像が途切れたり、洋楽に不慣れと思われる同時通訳がボロボロだったり、予測不能なサプライズ出演に振り回されたりと、かなりバタバタした放送だった。ただ、スケジュールらしいスケジュールのないこの放送は、出演アーティストやイベント・スタッフ、世界の放送局がひとつの目的に向かって突き進むエネルギーを強烈に感じさせる感動的なものだった。

 電話を受けていた一ボランティアとしてこのイベントから受けたものは大きい。目の当たりにしたフジテレビ・スタッフの奮闘。スタジオで見た日本人アーティストの真剣さ(一部いい加減な態度の人もいたけれど)。一緒になったボランティア・スタッフの真摯な眼差し。そして電話をかけてきてくれた視聴者の純粋な思い。

 かかってきた電話には無言電話や冷やかしもいくつかあった。が、ほとんどがきちんとした善意の電話で、こちらに労いの言葉をかけてくださる方もたくさんいた。"募金はできないんだけど頑張ってくださいと伝えたくて"といった電話はそれだけで励みになった。
 そんななか、“あのね、んと〜、募金したいです……”という緊張した小学生くらいの女の子からの電話や、“うちの子が募金したいみたいなんですけど、恥ずかしくて電話できないそうだから……”とお母さんがかけてくれた電話もあった。電話はしたけれどなにも喋ることができなくて、途中でお父さんに替わってもらう子もいた。「○○円を送ってあげるの? それでいいの?」と聞くお父さんの声しか聞こえてこない電話も。
 数百円だったり、百数十円だったりの子供たちからの募金。子供たちは、みんながみんな、外国のロックやポップのファンだったわけではないだろうし、洋楽好きのお父さんお母さんが見ているテレビをたまたま一緒に見ていただけという子も多かったはずだ。しかし、放送を見ていた子供たちには、なにを言っているのかわからない外国の人たちが発するメッセージをしっかり理解できている様子だった。

"食べ物を食べることができなくて困っている人たちを助けてあげよう"

 子供たちが募金してくれたそのお金は、その子にとって大事なお菓子代だったのかもしれない。夏休みのために用意していた大切な貯金だったのかもしれない。そんなお金を、遠くで困っている人たちへ送ってあげなくちゃと、さまざまなやり方で伝えてくれたのだ。

 ライヴ・エイドで世界から集まった募金が結果的にどうなったのかといった問題もあったが、それはともかく、募金してくれたたくさんの人たち、とりわけあのとき、ドキドキしながら電話をかけてくれた女の子や、お母さんに電話してもらった子、お父さんに電話を替わってもらった子の純粋な善意を思い出すといまも胸が熱くなる。ボブ・ゲルドフは自身の目的を完全には果たせなかったが、彼の行動が子供たちの善意を芽生えさせるきっかけとなったのはたしかなところだ。

 あれから35年。40歳を越えたであろうあのときの子供たちはいまどうしているだろう。いまの彼らはもう父親母親になっているかもしれない。いや、すでにおじいちゃんおばあちゃんになっていてもおかしくはない。
 クイーンの映画の大ヒットによって見直されているライヴ・エイド。あのときの子供たちはいま、当時の自分をどんなふうに思い出しているだろうか。35年経って、彼らは自分の子供たちとライヴ・エイドの映像を一緒に見ているかもしれない。だとしたら、映像を見ながら親子でどんな会話をしているのだろう。

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