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追悼:チャーリー・ワッツ

 数年前、雑誌でチャーリー·ワッツの特集をやるという話しをいただき、文章を書くことがあった。はて、どういった切り口で書こうかと悩んだ。ミックやキースを特集した雑誌はたくさん見てきたけれど、チャーリーについて書かれた雑誌など見たことがない。テーマに事欠かないミュージシャンである彼をどこから見つめ、どう伝えるべきか。チャーリーにクローズアップする企画は珍しく、読者にはよく目にするストーンズ評とは違う視点でバンドを見つめてもらおうといろいろ考えたことを思い出す。

 自分がテーマにしたのはストーンズというバンドのなかでのチャーリーの立ち位置だった。彼は、いわゆるロックンロール・ライフとはつねに一定の距離を保ち、その闇から隔絶したところに身を置いてきた。バンドメンバーが溺れていくドラッグ。バンド内で女を奪い合い、ツアー先でも繰り返される乱痴気騒ぎ。酒池肉林のバンドにあって、チャーリーは自分自身のライフスタイルを保ってきた。彼は結婚してから浮気をしたことがなく、その日のバンドの仕事が終わると自宅に直帰。オフのときはジャズや庭いじり、乗馬にいそしみ、家族と過ごす時間を大切にする家庭人だったという。彼がバンド活動において精神的に最も荒れたとき、アルコールに溺れて自暴自棄になるなんてこともあったが、それもその一度きり。あんなスキャンダルにまみれたバンドにいながらそんなライフスタイルを貫いてこれたのはそれだけで驚きだ。そしてそんなメンバーたちから信頼され、尊敬されてもきたのだからなかなか信じがたい御人だ。

 放蕩なバンドを後ろから見続け60年。彼の目にはなにが映り、移り変わっていくバンドがどう見えていたのだろう。バンド内の揉め事、アクシデント、スキャンダル、やって来ては去っていくメンバーやサポートメンバーなどなど、それらに対して彼が言及することはなかった。女裝したり、道化を演じたり、本人がやりたくないことまでやらされたことも少なくなかっただろうが、彼はバンドがやることを批判したり不満をもらすことはまったくなかった。彼はただただこのバンドで演奏することを楽しみ、ロックンロールを鳴らすことに邁進してきた。

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 チャーリーがロックの世界に遺したもの。それはもちろん演奏の素晴らしさであったが、それとは別に彼はミュージシャンの生き方として、ひとつの規範を示したのではないだろうか。彼がデビューしてからほどなくして、ロックミュージシャンのほとんどが放埒なライフスタイルを選んだか、あるいは周囲のそんな生き方に巻き込まれた。なかには真っ直ぐ破滅に向かっていく者もいた。ストーンズはそういったロックバンドのライフスタイルを体現してきた代表的なバンドである。メンバーには破滅に向かいながら帰還した者もいるし、実際破滅した者もいる。そんな不埒な環境に身を置きながら、彼は自らの誠実な生き方を守り抜いた。

 演奏の才も当然ながら、個人的にはチャーリーのそんな生き様にまず感嘆する。ヤクザなバンドにいながら、一般的な日常生活を送る堅気なジェントルマン。襟を正した彼が酩酊するバンドを支え、安定させ、揺り動かす。それでいながら彼はけして自分の功績を口にしない。傍らで虚栄心の塊のような男がクネクネと腰を振りながら自分の存在をひけらかすも、チャーリーはまったく気にしない。バンドの柱としての役割りを黙々と遂行するだけだ。バンドマンのなんたるかをあらわした彼の佇まいは、ストーンズのなかで自ら光ろうとしない眩い輝きであった。

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ちなみに、冒頭に書いたムック本はこれ。いまでは手に入りにくいようですが、もし古本屋さんなどで見かけることがありましたならぜひお手にとってくださいませ。

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