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オールの小部屋から⑲ 編集部員シマダの偏愛おすすめ(前編)

 みなさん、こんにちは。
 今回は、おなじみ最年少編集部員シマダさんに登場してもらい、先日、ポッドキャストで放送した【オールの小部屋】3・4月合併号編集部員のおすすめ企画はこれだ!の文字起こしをお届けしようと思います。
 ポッドキャストをふだん聞かない人にもおもしろ企画をお届けしたい(3・4月号の宣伝もしたい)というのがひとつ。
 もうひとつは、最近、AI文字起こしの性能がどんどん上がっていて、音をきれいに録りさえすれば、かなり正確な文字起こしが自動的にできるようになってきた(話者も区別してくれる!)こと。
 われわれ本の話ポッドキャストというチャンネルで、ふだんいろんな番組を放送してまして、せっかくなら記事化して、より多くの人に届けたいなと思ったわけです。
 上記番組の音声をAI文字起こしし、体裁を整えたのが今回の記事。では、どうぞ!


 石井 発売中のオール讀物3・4月合併号について、何回かにわけて紹介していくこの企画。今日は編集部員のシマダさんとふたりでお送りしていきます。よろしくお願いします。
 
 シマダ よろしくお願いします。
 
 石井 いつも「何回かにわけてお届けします」って言いながら、お届けしたためしがないんですけど……
 
 シマダ (笑)
 
 石井 いま編集部がめちゃくちゃ忙しくて、みんなそれぞれ自分の仕事をやっていて、なかなか全員が集まれないんですよね。集まれないので、集まれる人と時々話しては、こうして出していく。次の号の発売まで2か月ありますので、今度こそ何回かにわけて合併号の紹介をちゃんとお送りしていきたいという強い決意のもと、今日は、その第1回目です。
 
 シマダ はい! がんばります!

仕事中のシマダさん

 石井 シマダさんといえばもうおなじみ、オール讀物ファンの方には、最年少部員、24歳、飛びぬけて若いメンバーとしてつとに知られている存在なんですけれど、今回は新しい趣向として、シマダさんから見て、この合併号の、とくに印象に残った企画とか小説について、率直なところを聞いていきたいと思っております。いわばシマダ偏愛紹介編。
 
 シマダ 第170回直木賞決定発表ということで、河﨑秋子さんの『ともぐい』と、万城目学さんの八月の御所グラウンドが、どん、どんと並んでるわけですけれども、抄録に加えてブックガイドだったり、選評だったり、グラビアだったり、対談だったり、めちゃくちゃ豪華なんですよね。なかでも私はこの自伝エッセイが、かなりボリュームもあり、今回はどちらも抱腹絶倒系といいますか。
 
 石井 自伝エッセイって、あまり目立たないかもしれないですけど、結構な枚数があるんですよね。原稿用紙20枚ぐらい。作家が8ページにわたって人生を振り返るってなかなかないことで。
 
 シマダ すごく贅沢なエッセイで。これってオールでしか読めないんですよね。
 
 石井 10年前、直木賞150回の記念に直木賞受賞エッセイ集成という自伝エッセイを集めた本を出したことがありますが、基本的には雑誌でしか読むことのできない、このとき限りの随筆ですね。
 
 シマダ これ、絶対に読んでいただきたいと思ってまして、河﨑秋子さんは「動物(野生含む)のぞき」。河﨑さんがなぜこんなに動物を描くことができるのか、その理由が本当によくわかるといいますか、河﨑さんがどう動物と接し、どう動物を見て生きてこられたのかっていうのがもう本当に面白い。野生と対峙する中で大変なこともたくさんある一方、面白いエピソードも各行に織り込まれています。ある時、お母さんの金切り声が聞こえるんですよね。「あー…きこ…! たー…すけ…!!」と。
 
 石井 いったい何が起きたのか。「たー…すけ…!!」で言葉が途切れるわけです。怖いですよねえ。
 
 シマダ これ大丈夫かと思って、私もハラハラしながら読んでしまいました。羊飼いをされていた時の写真もグラビアに載っていたり、本当に河﨑さんの「ただものではない」感があふれているといいますか。ものすごい経歴のその一端を味わえます。
 
 石井 受賞作の『ともぐい』をお読みいただくと、明らかにただものではない作家だということがおわかりいただけると思いますが、グラビアも、エッセイも、桜木紫乃さんとの先輩後輩対談もそうなんですけど、やっぱりただものではなかったなと。

万城目学さん(左)と河﨑秋子さん(©文藝春秋)

 シマダ かたや万城目学さんの自伝エッセイは「待ち会戦記」
 
 石井 タイトルが「戦記」ですからね。万城目さん、6回も戦ってこられたってことです。みなさん「待ち会」ってご存じですか。
 
 シマダ 直木賞の候補に選ばれましたということになったら、選考の日に、候補者のみなさんそれぞれがそれぞれの場所で、いろんな方と結果を待つんですよね。
 
 石井 ご受賞と決まればすぐ記者会見がありますので、「当日はみなさん連絡のつくところにいてください」ということを、前もって日本文学振興会の事務局がお願いしてるんですね。ですので、多くの方が、都内、記者会見場のホテルからそんなに遠くないところで待機してくださってる。
 
 シマダ 万城目さんはこの17年間で、6回の待ち会を重ねてこられているんですが、その1つ1つの思い出が「ファースト待ち会」「セカンド待ち会」「サード待ち会」と、順番に紹介されていくんですよ。個人的にも、万城目さんは小学生の頃から大好きな作家さんで。
 
 石井 万城目さんのデビューは2006年ですけど、99年生まれのシマダさんは当時7歳。小学生の時に万城目作品と出会ったんですね。
 
 シマダ そうです。私の世代だと、万城目さんといえば『鹿男あをによし』だったり、みんな夢中で読んでましたね。で、第6回目の待ち会、今回の『八月の御所グラウンド』の待ち会について書かれている箇所は、こう始まるんです。「九年ぶりに候補作に選ばれた。」
 
 石井 はい。
 
 シマダ この次の1行で、その時の感想が率直な言葉で述べられてるんですけど、それを読んで、私、泣きそうになってしまいまして。
 
 石井 えっ、泣きそうに?
 
 シマダ あの万城目さんがこんなことを書かれているんだ、って……個人的にはもう胸熱といいますか、(目を潤ませて)会社のデスクでこっそり涙をこらえて。
 
 石井 僕は万城目さんとは大学の同級生で……
 
 シマダ そうなんですか!
 
 石井 学生時代はお互い知らなかったんですけど、デビュー直後からの、まあまあ長いおつきあいなんです。ただ、昔の記憶が判然としなくてですね、6回の待ち会のうち2回はおそらく一緒にいたと思うんですけど、記憶が曖昧なんですね。唯一、鮮明に憶えているのは、カレーを食べて待ち会をしたこと。
 
 シマダ ああ、カレーの話!
 
 石井 カレーの話、あったでしょ? エッセイには店名はありませんでしたが、これ「インデアンカレー」っていう大阪発祥のめちゃくちゃ美味しいカレー屋さんなんですよ。1947年創業の老舗のカレー屋さんで、最初、一口食べた時、ぱっと甘い香りが口の中に広がって「甘口カレーか?」ってみんな思うんです。ところが次の瞬間、突き上げるような香辛料の香りと辛さが襲ってくる。このインデアンカレー、万城目さんに教えてもらって大阪でも行き、丸の内のお店にも行きまして、カレーがもちろん美味しいんですけど、個人的には「インデアンスパゲッティ」という、パスタをカレーソースで絡めたメニューが好きです。
 
 で、万城目さんのエッセイを読んで一気にその時の記憶が甦ったんですが、僕はとにかくカレーが美味しかったという思い出しかなく……。万城目さんがエッセイに綴られている、その時の心境、心中がたいへん複雑で、苦い思いを抱えながらの待ち会だったということがいまになるまでわかってませんでした。万城目さんがね、あの飄々とした表情のむこうに、こんな思いを抱えていたのかということに、当時の自分は思いが至らなかった。本当に反省もするし、シマダさんが言ってたみたいに、僕もですね……このふとした1行に、万感、胸に迫るものがありました。
 
 シマダ (涙ぐんで頷く)
  
 石井 ですから、このエッセイは、本当にいまこの機会を捉えて、万城目さんが昔の思いを率直な言葉にした。ふだんだったら書くことのなかった思いであり、感情であり、シチュエーションだったかもしれない。直木賞受賞の特集号のエッセイだからこそ明かした胸の内かもしれないな、と思うと、多くの方に読んでいただきたいな、と。

「ハングマン 鵜匠殺し」を連載中の中山七里さん(©文藝春秋)

 ほかにシマダさんどうですか、今回の号では。
 
 シマダ じつはオール2月号から始まった新連載にいま、夢中になっておりまして。中山七里さんの「ハングマン 鵜匠殺し」です。
 
 石井 先月号から始まった新連載の第2回ですね。
 
 シマダ もうめちゃくちゃ面白くて、いま起きている犯罪、今日も起きているであろう犯罪が描かれています。
 
 石井 特殊詐欺がテーマなんですよね。
 
 シマダ 私たちがよくSNSで見る「お金を配ります」みたいな投稿の、裏側まで書かれていて。
 
 石井 ありますよね、SNSで、お金欲しい人に抽選でお金を配ります、みたいな変な投稿が。
 
 シマダ 日ごろ「この怪しさ一体何?」と思っていたことが小説に出てきて、すごくリアリティがありますし、若者の苦しみみたいなところも、本当に読んでいてつらくなるんです。
 
 石井 連載の第1話はおばあちゃんが騙される話、今回は若者が巻き込まれる話でした。
 
 シマダ ちゃんと生きている人が、どうしてこんなひどい目に遭わなきゃいけないんだろうってことを考えさせられるというか。前回も、今回も、別々の人物の視点から描かれてるんですけれども、これ一体どうなっちゃうのと思って、もう夢中で読んでいます。
 
 いま、この瞬間、日本のどこかで起きていること、いまの人が抱えている問題が、物語になっている。これが雑誌の新鮮さということかと、この連載で改めて感じてまして。本当に本当に読んでいただきたい小説です。
 
祝祭のハングマンっていう昨年出た本の第2シリーズなんですけど、今回また趣向が違うし、視点人物も違いますし、扱われる犯罪も違いますし、この作品から読んでいただいても大丈夫です。イチオシの注目連載ですね。この前、就活生にも「これがいまの小説です」とおすすめしました。
 
 石井 幸せな出会いですよね。雑誌に自分が好きな連載がいくつかあると、追っかけたくなる。みなさん週刊誌とか女性誌とか、好きな雑誌がある方はそうだと思うんですけど、コラムでも小説でも漫画でも、必ずそこから読み始める、というページがあると思うんです。今月はどんなことが書いてあるんだろうっていう期待があると、日々、この大変疲れる毎日の中であっても、節目節目の楽しみが湧いてくるんじゃないかと。
 
 シマダ そうですね。中山七里さんの「ハングマン 鵜匠殺し」は、雑誌ならではの、めっちゃおすすめの新連載です。


 というわけで、長くなりましたので、ここまでを【前編】として、続きは次回のお楽しみです。
 みなさん、ぜひオール3・4月号を書店で手に取ってみてください!

(オールの小部屋から⑲ 終わり)

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