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まじで走れメロス 第1話

メロスは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

メロスには政治がわからぬ。
メロスは、村の牧人である。
笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

その、ちょうど二日後。
セリヌンティウスは激怒した。

「メロスがちんたら歩きながら王都に向かっているらしい」との報が、早馬によって届けられたからである。

走れメロス。
まじで走れメロス。
お前のために、無二の友人セリヌンティウスは人質になっている。
はりつけにされ、飲まず食わずは言うに及ばず。

三日のうちにメロスが王都に戻らねば、メロスの代わりに処刑されるのは彼である。残された時間は、24時間を切っていた。

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今、城の庭には、3人の男が集まっている。

”かの邪智暴虐の王”でおなじみの、王。
十字架にはりつけにされた人質の男、セリヌンティウス。
そして、メロスの元から馬で戻ってきた、伝令の男。

王が厳かに口を開いた。

王「それで、伝令よ。メロスはどんな様子であったか」

伝「はい。メロスはフンフンと鼻歌を歌いながら、のんびりと歩いておりました」

王「鼻歌だと? どんな鼻歌だ」

伝「昔、ポンキッキーズの主題歌だった曲で、斉藤なにがしという男の歌でございます」

王「ふむ、『歩いて帰ろう』であるな」

この火急のときに、『歩いて帰ろう』とは皮肉なものである。さらに言えば、別に帰路でもない。家から王都に向かうのだから、どっちかというと往路である。『歩いていこう』である。

さて。王は博識で、文化・芸術にも明るかった。もちろん、1990年代のJ-popにも精通していた。

今でも、海辺をドライブするときは、90年代のプレイリストを好んで流す。90年代の歌には、王の心になぜか“合う”、甘美なノスタルジーがあった。ドライブにはやっぱり90年代だよな、という感じがあった。

王は若い頃、斉藤和義のアルバムはひととおり聴いていたし、カラオケでもたまに歌う。加齢に従い高音域が出にくくなってきた王にとっては、斉藤和義くらいの音域がちょうどいい。学生の頃は、スピッツやマッキーを十八番としていた王にとって、少しばかり寂しい話である。

王「寄る年波には勝てぬよ」

伝「はい?」

王「いや、よい。それで? メロスは今、どの辺におるのだ」

伝「それが、メロスは途中で引き返してしまったのです」

セ「えっ!! どうして!!!!」

セリヌンティウスは思わず叫んだ。伝令は答える。

伝「なんでも、『キッチンの電気を消し忘れた気がする』とかで」

セ「はあ!? それは今はよくない!???」

伝「私も、そう言ったのですが。メロスいわく、『こういうときの勘ってめちゃくちゃ当たるから』とのことで」

セ「そうかもしれないけどさ」

伝「それで、小一時間ばかりでメロスが戻ってきたのですが、いわく、『ちゃんと消えてた』とのことで」

セ「勘当たってないじゃん!! せめて当たっててよ!!!!」

伝「メロスいわく、『でも、これで安心できた。時間で安心を買ったと思えば安いものだろう?』とのことで」

セ「その時間って僕の命だよね? 安いかな? ねえ、安いのかな?」

伝「で、そのあと『スマホの充電器を忘れた』とかで、もう一往復ありまして」

セ「嘘でしょ!!!!」

伝「なんやかんやあって、今、メロスは家の近くの鳥貴族にいます」

セ「なんで一杯やろうとしてるの!!???? 馬鹿なの!!!?」

伝「席に着くやいなや……」

セ「着くやいなや?」

伝「とり釜飯を注文していました」

セ「よりにもよって時間がかかるやつを!!!!!!???」

伝「店員さんが『ご提供まで30分ほどいただきますが』と一言断ったところ、『オッケー、ゆっくりやってよ』と答えてました」

我慢の限界を迎えたはりつけの男セリヌンティウスは、あらん限りの声で叫んだ。

「いや、オッケーじゃないよ! 走れよ!! メロス!!!! まじで走れよメロス!!!!!!!」

その頃メロスは、たっぷり30分かけて炊きあがった釜飯をしゃもじでさっくりとかき混ぜたあと、きっちり5分間蒸らし、

「この蒸らしで、ふっくら感がかなり違ってくるんだよな~」

と、小さくつぶやいたという。

♪歩いて帰ろう 作詞作曲:斉藤和義
走る街を見下ろして のんびり雲が泳いでく
誰にも言えないことは どうすりゃいいの? おしえて
急ぐ人にあやつられ 右も左も同じ顔
寄り道なんかしてたら 置いてかれるよ すぐに
嘘でごまかして 過ごしてしまえば
たのみもしないのに 同じ様な朝が来る
走る街を見下ろして のんびり雲が泳いでく
だから歩いて帰ろう 今日は歩いて帰ろう

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