見出し画像

まじで走れメロス 第2話

セリヌンティウスは激怒した。

死刑執行まであと20時間。「メロスが鳥貴族で、とり釜飯を食っているらしい」との報が、早馬によって届けられたからである。

セ「くそ、メロス! ふざけるなよ……」

十字架にくくられたセリヌンティウスは、苦しそうにうなだれた。そのうなだれ具合といったら、気の毒で見ていられないほどであった。うなだれ中のうなだれ。首の骨が全部軟骨になっちゃったのではないかと思うくらいに頭を垂れたまま、セリヌンティウスは、スキマスイッチの「奏」のイントロよりも長いため息をついた。

王「なんか……可哀想になってきたな」

伝「ですね」

伝令も気安く相槌を打つ。

王「縄くらいはほどいてやるか」

セ「……縄はどうでもいいので、死刑のタイムリミットを延ばしてくださいよ。まさか、あんなに走らないとは思わないじゃないですか」

しかし、王は渋る。

王「え~。それはなんか違わんか? 頼んだら延ばせるタイムリミットなど、不自然であろう」

王の言うことはもっともである。
しかし、現代社会における締め切りは、きちんと頼めば結構延びるものであることを、一言申し添えておきたい。

セリヌンティウスは食い下がる。

セ「なんでダメなんです」

王「なんでって……『押せばなんとかなる』みたいに思われるのも嫌だし」

王は、“ブレないこと”こそが、最大の美徳であると信じていた。組織のリーダーがブレブレなのも大概迷惑だが、一度決めたことを頑として曲げないのも、それはそれでやりにくいものである。

セ「そうは言っても、こんなんじゃ、何のために死ぬのか分からないですよ」

伝「ていうか、セリヌンティウスさんって、なんで人質になってるんでしたっけ?」

王「ああ、ざっくり言うとだな」

王は、以下の①~⑦のように、ざっくりと説明した。

① 王が持ち前の邪智暴虐を遺憾なく発揮し、国民を殺しまくっていた。
② それを見たメロスが、「うわ、お前カスじゃん。そういうのすげー嫌い」と煽った。
③ 煽り耐性のないの王は、メロスに死刑を宣告。
④ メロスが言うには「死刑なら死刑でいいけど、三日待って。明日、妹の結婚式だから」とのこと。
⑤ 王は「いや、お前絶対逃げるだろ」と反論。
⑥ メロスは「逃げないけど、万が一、俺が逃げた場合は、代わりに友達のセリヌンティウスを殺せばいいじゃん。もちろん、俺は逃げないけど。基本的には。原則。原則として逃げない。」
⑦ セリヌンティウスは訳も分からず捕縛された。

こうして、「原則として逃げない」と豪語したメロスは、すぐに自宅に戻り、妹の結婚式に出席したのだそうだ。式は大盛り上がりで、4次会まで続き、メロスは数年ぶりにオールしてしまったらしい。

さて、そうなると問題はひとつである。問題は、悲しいかな、原則と例外が表裏一体であることである。

セ「やっぱりさ、⑥がどう考えてもおかしいだろ。僕が人質にされる意味が分からないよ」

王「余は友達を持たぬゆえ知らんが、友達とはそういうものなのだろう? 『友のためなら命も惜しくはない』的な」

セ「友達なんて、そこまでのもんじゃないですよ。こんなの、命を担保にした連帯保証人じゃん……。なんだこれ……」

セリヌンティウスが半泣きで呟くと、王は言った。

王「お前の気持ちも少しは分かる。余も散々、人に裏切られてきたゆえな。タイムリミットを伸ばすことはできぬが、メロスの今後の様子によっては、考えてやらんこともない」

王は珍しく、慈悲の心を見せた。しかし、『考えてやらんこともない』という、どっちとも取れるニュアンスには、王の老獪さがチラチラと見え隠れしていた。チラリズムである。

セリヌンティウスはぐったりしたまま、目だけ動かして王の顔を見た。2日間もはりつけにされ、チラリズム程度の希望を見せられたところで、今更、元気の出ようはずもない。

王「そういうことだから、伝令よ。メロスの様子を見てまいれ。さすがに、釜飯は食い終わったであろう」

伝「承知しました」

短く答え、伝令は、馬でメロスの元へと駆けていった。

---

しばらくの後。戻ってきた伝令がもたらした情報は、かなりひどかった。

伝「メロスですが、鳥貴族にはおらず、しかも、道ですれ違うこともありませんでした」

王「なんと」

セ「あンの野郎……」

伝「もしやと思い、メロスの家に行ってみたところ、家の電気がついていました。中に入ってみると……」

王「入ってみると?」

伝「メロスは、ジャージに着替えて、ルームランナーでジョギングをしていました」

セ「なんでだよ!!!!! 外を走れよ!!!!!!!!!!!!!!」

セリヌンティウスの絶叫が、王都に響き渡った。路地でうとうとしていた野良犬が驚いて目を覚まし、そして、あくびをひとつして、また寝た。

伝「私も同じことを言ったのですが、メロスいわく、『もうすぐamazonの荷物が届くから、今は出れない』とのことで」

セ「今それ? 配達待ち? 再配達でいいじゃん。僕、死ぬんだよ?」

伝「そう言ったのですが、メロスいわく、『自分の都合で注文したのに、不在で受け取らないのは失礼にあたる。再配達をさせないのは俺のポリシーだから、そこは分かってくれ』とのこと」

セ「じゃあなに? 僕は佐川急便のために死ぬの?」

はたして、セリヌンティウスは、佐川急便のために死ぬのか、あるいはクロネコヤマトのために死ぬのか。それとも、単純にメロスの安いポリシーに殺されるのか。答えは分からないが、いずれにせよ、スッキリと成仏するのは難しそうである。

伝「それで、私は言ったのです。家にいるのであれば、なぜ走るのですかと。体力を温存しておいた方がよくないですかと」

王「もっともであるな」

伝「するとメロスは言ったのです。『来月、健康診断だから、ちょっと体重を減らしておきたくてな』と」

セ「それ、明日死ぬ人の言うことじゃなくない? ねえ、来月って、ねえ。え、まじ? まじで……?」

王はため息まじりで呟いた。

王「なあ、セリヌンティウス。とりあえず、縄だけは解いてやる。飯も食わせよう。余は、おぬしがあまりにも不憫だ」

こうしてセリヌンティウスは、二日ぶりに地面に着地するに至った。そして、出てきた食事を何度も何度も、何度もお代わりした。なぜお代わりを? それは、ひどく空腹だったからであり、やけ食いでもしないとやってられなかったからであり、何より、体重を気にする必要がなくなったからであった。メロスと違って。

 タイムリミットまで、あと16時間を切っていた。

♪奏(作詞作曲:大橋卓弥・常田真太郎)
改札の前つなぐ手と手
いつものざわめき新しい風
明るく見送るはずだったのに
うまく笑えずに君を見ていた
君が大人になってくその季節が
悲しい歌で溢れないように
最後に何か君に伝えたくて
「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?