無償

ハリーポッターのダニエルラドクリフが水死体になって死後硬直チョップや腐敗ガスジェット噴射で大活躍をする映画を見た。ホグワーツ出てなにしてんの。


少し前の話

俺の友達のMという奴が女にこっ酷くフラれ落ち込んだ弾みで仕事をやめ、やめた弾みで薬物を売っていた。そして売りすぎた弾みで捕まっていた。捕まった弾みで連絡が来た。恋人を失い、執行猶予を得た男。地獄のフェアトレードを終えてきたそいつに最近会った。

「で、最近なにやってるの」

「マジメに働こうと思ってるよ」

「あの子とは連絡とってるの?」

「とってないけど、ネカマをしてる」

え、この人まだちょっとラリってる?

「あれから色々あったけどもう女が怖くてでも寂しくてどうしていいかわからなくてTwitterで元恋人のことずっと呟いてたんだよ。その内容があまりにも女々しかったみたいで勝手に周りが女の子だと勘違いしてさ」

真剣な眼差しに気圧される。

少し前も元カノの自撮りでTinderを始めてあまりにマッチしすぎることで逆に落ち込んで鬱病になった男の話をきいた。あまりにモンスターだと思った。それが、ここにもう一人。ネカマという言葉ってこんなにカジュアルでしたっけ?

「なんかみんな励ましたり親身になってくれるんだよ。女の子だと思ってるから。いや当たり前なんだけどさ」

「ヤマもオチもないただの弱音に返事が来たり、向こうから自然に大丈夫か?って気にかけてくれたりさ。生きててこんな無条件で人に優しくされることがなかったから嬉しくて」

「でも俺が本当は男だってバレてしまったらまた誰も俺の話に耳なんか傾けてくれなくなるから、それが怖い」

いやいま俺お前の話聞いてるじゃん。こんなドギツイ話なかなか聞けたもんじゃないよ。ハハハ、

あんまりに突拍子もない悩みに、ちょっと何言ってんだとお互いゲラゲラ笑ったけども、笑いながら「そういうことじゃなくて」と遮られた。

「無条件で、だよ。相手を笑わせてあげようとか楽しませてあげようとかそういう精神的な消費をしないで、傍若無人に、思ったことを言ってるだけで相手が話をあわせてくれるんだよ。かまってくれるんだよ。存在するだけで優しくしてもらえるんだよ。そんなこと一度でもあったか」

文章にする上で俺の言葉で要約しているけれど、Mはおおむねそんな内容のことを言った。

無条件でやさしくされたこと、なくはないと思うんだけど、Mはツイッターで女のフリがやめられないぐらい限界になるまでやさしさに渇いてしまったらしく、その気持ちも全然理解できて、俺は確か答えに困ってしまった。

「今までの人生なんだったんだろうって思うよ。人間生きててこんなに肯定されるのかって。たしかにキモいんだけどさ、気持ちが助かるんだよ」

ハハハ、

「無償の肯定は薬物だよ、やめられる気がしない」

お前が言うとシリアスだなあ、

「もう裏垢女子もしぬこもバカにできない」

ハハハ、しぬこは良いだろ別に、

「人の顔色を窺って、挙句無視されたり、もうされたくない」

「きめーこと言ってんなあ、やめろよ。笑」みたいなこと言えなかった。なんて返事したら良いのかわからなかったので俺は下北沢と軽音サークルの男子大学生の悪口に話をシフトした。心の平静を取り戻したかった。


窮した人が、限界の人が、どういう形で心を安定させようが、それを何と言えようか。冗談にして笑うことはできても本当に心根から否定したりできないもう俺は。いつからできなくなったのかわからないけど、俺も誰も彼もやたら人に厳しいナニガシも、そう変わらないと気が付いたら認めてしまったいたし、俺だけは違う!俺だけは高潔だ!みたいなのは学ランを着てるときにさんざんやって疲れてしまった。しょうもなくても綺麗でなくとも親に言えなくとも、死んだり殺したりするようになるよりマシだ。人に厳しいこと言って高潔を強要しても、自分も他人も苦しいだけだ。北朝鮮の相互監視村八分システムみたいなもんだ。最悪だ、そんなもん。

「ネカマってバレないの?」「バレないように工夫してる」「たとえば?」「ラインのスクショ載せるとき背景をかわいくするとか」「きもちわりー」「最近そっちに引っ張られて普通に無印良品とか好きになってきちゃった」「もう帰ってこれないよそれ」「だなあ」「ハハハハ」

さんざん笑った。なんかもう、とにかく笑った。11時ぐらいに帰った。


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