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【ショートショート】リレー

 玄関のインターホンが力無く鳴った。トイレ、台所共有、風呂なし四畳半、家賃1万6千円也。尾人義男おひとよしおの住むアパートは新聞はおろか宗教の勧誘すら訪れないほど貧乏人の巣窟である。義男は訝しげに扉を開けると、義男ですら哀れみの目を向けたくなるような襤褸をまとった老人が1人立っていて「貧乏神です。こちらでご厄介になります」と挨拶した。

 普通なら、勝手に部屋に上がり込む老人など警察に通報して引き取ってもらうところだが、奇妙にもそうしてはならないと思えた。それよりも、義男はアルバイトの時間が迫っていたので「じゃあ、爺さん。留守番頼んだよ」と言って部屋を後にした。
 奇妙な同居人が増えてしまい、金は貯まらなかったが義男の稼ぎで貧しいながらもギリギリ生活できた。2人で川原へ食べられる野草を摘みに行ったり、パンの耳をもらえるパン屋まで数キロ歩いたり、時には回転寿司で贅沢したりした。おじいちゃん子だった義男は祖父孝行をしているような気分になっていた。
 ある日、貧乏神と義男が銭湯に行った帰り道「アンタから奪うものは、もう何も無いよ。今まで、ありがとう」と言い残し義男のアパートとは反対方向へ歩いて夜の闇に消えてしまった。

貧乏神が去った次の日、あの日以来押されることはなかった義男の部屋のインターホンが鳴った。扉を開けると立派なスーツに身を包んだ紳士がゆっくりと頭を下げた。これは福の神に違いないと家に上げて、茶を出した。
「今日はどういった御用で?」義男はニヤけそうになるのを必死にこらえていた。貧乏神が恩返しに福の神をよこしたと思ったからだ。
「貧乏神さんから良い青年がいると聞いたもので……」
 ほらきた!義男はたまらず膝を打った。
「それで、お宅様は何の神様なんですか?」
「えぇ、私は……死神、でございますよ」紳士がそう名乗った直後、義男の部屋に大型トラックが激突した。

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