【短編小説】カワクボ
40代の男が二十歳やそこらの女子大生と付き合うことに少なからず後ろめたさを感じている。しかし、私には妻や子、家族はいない。
俺が若い女と付き合おうと勝手ではないか。
『皮久保です。河川のカワでなく皮膚のカワって書くんです』
『ステキ、ピッタリですね、私達』
街の婚活イベントで出会った剃町 由美子は俺の目を見つめそう言った。何がピッタリなのかと私は思ったが、俺は彼女の愛らしい顔と露出の多い肌を眺めるのに必死で理由なんて考える暇は無かった。
俺は浮かれる心に従い、シャンパン片手に彼女と深夜の街にくり出す約束を取り付けた。
目が覚める。そもそも寝ていたのか気絶していたのかさえ思い出せない。視界はぼやけ、耳の中で反響するような耳鳴りが続いている。
覚えているのは、仰向けの俺に跨っていた彼女の、由美子の甘い香り、そして彼女と何度もキスをしたところまでは覚えている。
ぼやけた視界がはっきりしてくるのと同時に耳鳴りが、話し声であることに気がついた。見回すと、そこにいるのはおよそ百人ほどだろうか。高級ホテルの宴会場のような場所で、俺を中心に輪をつくっている彼らは全裸だった。
老若男女、人種も様々。例にもれず全員が裸だ。
俺の足は床に打ち付けられるように固定され、手は天井から下がる鎖でピンと張られ縛られ、大の字の形で立たされていた。
口の中の痛みに気がついた。そこには苦痛、鈍痛、激痛などを訴えるべき舌が無かった。残されていた両の目を見開くと、拍手と共に人体模型を思わせる人間が現れ、口をきいた。
『どうもありがとう、カワクボさん、そろそろ40代の外見がほしかったんですよ。もう少し我慢してくださいね。まず、ソリマチから始めます』
なんと瑞々しく美しい身体をだろうか。そこには全裸の剃町 由美子がいた。彼女は俺の親指から上へ次第に舌で湿らせていった。
そうしている間、人体模型が説明を続けた。
『私達一族には、技能によって名が与えられている者達がいます。彼女はソリマチ、毛を剃ります。毛が生えていると引き抜き難いですから……』
説明の途中で剃町由美子は普通より二周りは大きいであろう剃刀で私の体毛を剃りはじめていた。
『我々はね、皮膚を持たないのですよ。もちろんこうゆう一族ですから生きてはいけるんですよ、でも生存と生活はべつでしょう。ですから成長に合わせて皮を頂戴するんですよ』
彼女は全身の体毛を剃り終えた。
『あとは、キリヤマさん、ヌキモトさんが御奉仕しますわ』
そう行って去る彼女の背中も、いとおしく思えた。
『切山です』『抜元です』
キリヤマは美容師風の長髪。ヌキモトはプロレスラー風の大柄な色黒だった。
切山がハサミで背を割き、ヌキモトが"ぐぬん"と手を中に入れて中身を抜きとった。ちょうどエビでも剥くように。
そして俺も人体模型になった。僅かな風でも剥き出しの神経に触れると激痛になる。痛みのあまり呼吸を忘れてしまいそうだ。
『あとは、縫島が私の入った後を縫合します。跡はいっさい残りません。それよりも皮膚が無いのは、お辛いでしょう。タチモトが楽にいたします』
見上げる程の大男が頭にはずだ袋を被り、斧を手にしていた。振り上げた黒い大斧には白字で"断"の字が彫りこまれていた。
俺は、沸き上がる拍手喝采を最期まで聞くことはできなかった。
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