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【連作短編】探偵物語日記①〜レントゲンには写らない〜

「いってらっしゃ~い、あなた」
俺は探偵だ。そして俺には妻がいる。愛おしい妻がいる。愛らしい妻がいる。アニメや漫画、小説なんかで探偵と言えば大抵、飄々とした独身だったり、離婚経験者だったり、でも別れた妻とはやけに仲良かったり、そして洒落たバーで洒落た夜をともにしたり。だが、簡単に小説のようにはならない。しかし、俺には甘い声で見送ってくれる妻がいる。ヒラヒラと手を振る妻の右手とは逆の左手首には、真新しい包帯が巻かれていた。三日前、買い物帰りに転んで手をついてしまい、手首にヒビが入ったらしい。さぞ痛かっただろう。今夜も早く帰って家事を手伝わなくては……。
 妻の事を考えながら通勤していると、すぐ職場に到着した。探偵事務所と言えば路地裏のジメジメした雑居ビルの一室や喫茶店の2階なんかを妄想する方も少なくないだろう。しかし、小説のようにはいかない。俺の職場は小ぢんまりした商店街の角にある築50年ビルの1階だ。因みに2階は八百屋、ふつう八百屋といえば1階でやたら開放的で店舗からはみ出しながら並べられた野菜なんかを思い浮かべるだろうが。案外、閉鎖的な八百屋も空調が整備されていて野菜の鮮度を保てるらしい。俺はビルに添えられるように存在するドアを開け、もはや形骸化した「おつかれさまでぇす」の挨拶を社長と交わして、パソコンの電源を入れた。俺は探偵という名のサラリーマンだ。小説なんかでは刑事や軍人あがりのハードボイルドな人間や古書店の店主なんかが探偵を務めたりしてキャラが濃いものだ。だが俺には個人で探偵事務所を経営するような器量は無いし、そもそも探偵とはキャラが立ってはならない職業だ。誰の記憶にも残ること無く影のように依頼を解決しなければならない。そう簡単に小説のようにはならないのだ。
 午前11時05分。客が来た。この客を素早くさばかなくては中華屋『乱蘭』の平日20食限定500円ランチに遅れてしまう。
俺が焦っているからか、依頼主がボソボソ喋るからか「私は錬金術師をしていまして……」と聞こえた。
「えっ?レンキンジュツシ?レンキンジュツシってあの錬金術師?ですか?」
 俺はわざと音を立て合掌した。
 「違いますよ!れんとげんぎし!レントゲン技師!ですよ!骨折した時に骨の写真を撮る!」
 俺は適当に頷いて手を膝の上に戻した。
 男はやたらと長く話をしたが、纏めると『交際している女性の身辺調査』という実にシンプルなな依頼だった。客には7日後を報告日とすると言ったが、実際はもっと短期で終る調査だろう。なぜなら俺は霊と会話できる霊能探偵だからだ。調査対象がよく通る場所の地縛霊と会話して目撃情報を得たり、時には本人の守護霊から事情聴取をしたりする。早ければ1日足らずで終わってしまう。しかし7日間の調査と称しておけば俺はサボれるし、会社の実入りは増えるしの一石二鳥。しかも、調査が短すぎても客は信用できないものだ。因みに俺の霊能力は会社に申告していない。それを知られれば仕事が増えるか、普通なら俺の頭を心配されて通院を薦められるだろう。客もそんな胡散臭い探偵に依頼なんてしたくいはずだ。やはり小説のようにはいかない。

 7日後の午前9時10分、俺は客に淡々と報告をする。この時間なら長引いてもランチに間に合いそうだ。報告内容は彼女の外出、食事、入浴やセックスについても報告した。はじめこそ放心状態だった客も報告内容が性的になるにつれて怒り、ついには俺の胸ぐらをつかんで罵った。なぜ止めなかったのか、と。しかし、それは探偵の職務ではない。それに怒り狂いたいのは俺の方だ。調査対象の女は俺の妻だったのだ。しかし、そこはプロ、感情を抑えて報告を続けると、客の男は嗚咽混じりで5年間付き合った彼女との思い出を聞いてもいないのに語り始めた。ゴネンカンノオモヒデ?5年間の思い出?!俺より付き合い長いだと!?もちろん今回は霊能力を使うまでもなかった。
 この場合、俺と彼女が夫婦だと露見したら俺は加害者になり得るのだろうか。俺が慰謝料を払うのだろうか、妻なのか、いや俺は妻と結婚しているのだからこの男に請求できるのか。頭の中が真っ白になりかけている。今、俺の頭をレントゲンで写したら本当に真っ白なのではないだろうか。
 不本意だが少しは小説らしくなってきた。

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