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雨と映画と久しぶりに見た夢

雨。
傘をさしても持っているものも洋服も靴も濡れてしまうし、子どもと歩くと時間がかかる。電車は混む。作物にとって恵みの雨だと言い聞かせても、なぜ今なんだと雨の降るタイミングをうらめしく感じることが多い。
けれども、降り出してしばらくして一通り全体が雨に馴染んた後は、なんとなく晴れの日より気持ちが澄んでくるような気がしてくる。灰色の空と降り続く糸のような雨、雨に濡れて色が濃くなった景色を見ていると、だんだんと視界と思考がクリアになっていくような気持ちになる。

子どもの頃、アスファルトの舗装のない道が今より多かったからか、雨が降るとすぐに水たまりが出来ていたように思う。
「長靴なんてカッコ悪!」と母の忠告を無視しはじめる小学校高学年くらいまでは、少しの雨でも長靴を履いていた。靴だとよけるのが大変な群発性の水たまりも、長靴を装着していることで何のダメージもなく通っていくことが出来る。よけるどころかわざわざ水たまりに侵入し、深さを確かめたりゴムの長靴の甲に弾かれる雨の感じを楽しんだりした。
水たまりは深く雨が落ちると次々に水面に泡が現れた。ピンポン玉くらいの大きさの、シャボン玉を半分にしたような透明の球が現れるのが不思議で、飽きずにずっと眺めていた。
身長が低く目が地面に近かったからそういうものがよく見えていたのかな。水たまりの泡も次々と広がる波紋も、髪の毛のように細いアメンボの脚が水面に作る僅かな曲線も、どこからどもなく現れブロック塀に張り付いているカタツムリも、今は目にしなくなった、目に留まらなくなったそういうものが、雨の景色としてずっとある。幼い時見たなんてことない光景なのに不思議だなといつも思う。
そして子どもたちが今見ている雨の景色はどんなだろうかと思う。私が見えなくなってしまったものがきっと見えているんだろうな、大きくなったら聞いてみようかな。

18日の土曜日、雨の降り始めは、台風の影響であることを感じさせない静かな雨だった。時間が経つと、雨は雨粒の大きさを変えずその量だけが増えていくように変わっていった。地面に落ちる強さは変わらず雨の密度が高くなっていった。暑くも涼しくもない、風もない。全てのものにしみ込んでいくように沢山の雨が落ちてくる。

その感じが先日観た映画の世界と繋がっているように思えて、ずっと雨を眺めた。
その物語には雨の場面は出てこない、けれど、なぜか強くも弱くない雨がずっと降り注いでいるような印象が残っている。
幸せも喪失も抗うことは出来なくて、一か所を抉るのではなくて全体に均一に静かに沁みこんでいく。そんな物語の情景が雨の景色と重なっている。

しばらくすると風が出てきて、雨もそれに合わせて強くなったり弱くなったりをくりかえした。
外に出なければならない人がいたり、場所によっては大きな被害をもたらす可能性がある中不謹慎だけど、私は家の中から台風や雨の様子を眺めるのが好きだ。
雲が早く流れて雨は風にあおられて時に窓ガラスに叩きつけるように降ってくる。ベランダに出てその雨にわざとあたることも、ひょいと家の中に入って窓を閉めてしまえば大丈夫と思える安心感もそのどちらも選べる自由が、なんとも言えない優越感のような感覚。
いつまで降るんだろうねぇ、と自分の力ではどうにもできないことに身を任せるしかない諦めを心地よく感じながら、雨の音を聞く。

今はバラバラと降っている雨も必ずやむ。じめじめしとしとと降り続かれるとどうしようもない重たいものに覆いかぶさられたような気持ちになってしまうけど、必ずやむ。
雨と一緒に浮遊していた色々なものが地面に落とされ空気が澄んで、植物はいきいきと勢いを増し、照らす日光で景色はきらきらと光る。そうなるために雨は必要なことだったと思えるくらいに。

先日普段はあんまり見ないのに夢を見た。現実だったら、いやもうわが人生一片の悔いなしと思えるくらい幸せな夢だった。
懐かしい歌もすぐ聴けるってすごい世界だ!と思いながらAppleMusicで聴いたからか、その夢の中で私は德永英明さんの「レイニーブルー」を口ずさんでいた。昔「あの年と今週のベストテン」みたいな番組で聴いたり、芸能人がカラオケをしたりするような番組で聴いて知っている歌。「電話ボックス」とか「かけなれたダイアル回しかけて」とか「あなたの白い車」とか、今はきっとピンとこない人が多いんだろうな。でも、こんなにくっきりと情景が伝わってくる歌ってすごい。雨で景色や思いの輪郭が濃くなっている気がすることはこういうところにも作用する。
雨が降っていて私はその歌を口ずさんでいて。どこで口ずさんでいたか、が最大の幸せの要素なんだけど、恥ずかしいから書かない。知らないだろうなと思ったことをわかってもらえていて、どうしていいかわからない思いが現れてしまうことを包んでくれて、寄り添ってくれる夢だった。
もう一回おんなじ夢を見る方法ってないのかな、とGoogle先生に聞きかけて、やっぱやめとこ、と手を止める。

外は晴れ、降っていた雨はもう止んで青空がのぞいている。
雨の18日の土曜に。

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