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2021年1月25日 痛い話

下の親知らずを抜歯した。
上の2本と反対の下の親知らずは、理由は忘れてしまったけど割と早いうちに抜歯していて、あと1本残っていることは頭の本当のすみっこにこっそりずっとあり続けていたけど、痛くなることも疼くことも虫歯になることもなかったから見ないフリをし続けてきた。


先日銀歯が取れてしまい、その治療で久しぶりに歯医者に行った。
虫歯がなくても定期的に歯医者に通いクリーニングやらなにやらしてもらうのがいいとわかっていても、なかなかその時間の優先順位をあげられず、私の中の歯医者はいまだに痛いしんどい思いをしに行くところだ。


たまにしか行かないし、治療の後半年ほどでお誘いのハガキが来ても無視してしまうから、前通ったところに行きづらくて、毎回さてどこに行こうかと迷って決める。と、自分で書いていてこれどーなの?と思ったけど、通い続けたいと思える経験をしていない、無意識のうちに歯医者さんに対する不信と不満を抱いているということなんだ(という言い訳)。


今回銀歯の治療に通うことに決めたのは、子どもの学校の近くの割と新しい歯医者さん。子どもの友達もたくさん通っていてそこから聞こえてくる評判も割と良くて、土曜日の午後も診察してくれるし、少し先生にチャラ男の香りを感じてしまう(ホームページの画像を見ての見解。手を入れすぎた眉毛がそう思わせてしまう)けどまぁよしでしょうと判断し予約を入れる。


先生はホームページで見たまんまの姿で現れ、ほんのりいい香りまでしてチャラ男要素はさらに増したけど、麻酔の注射が上手だった。
取れた銀歯を治す治療はすぐ終わり、めでたしめでたしと思っていたら

「親知らず、いつでも抜きますよ」

と先生が言った。
頭の中に浮かぶハテナマーク、親知らずってそんな自分主導のタイミングで抜くんですか?と訊ねると、

「痛くなってからだと辛いですから、何でもない時に抜いちゃった方がラクですよ」と。
 


私がこの親知らずをあたため続けてきたのは、痛くもなんともなかったから、だけではなくて、これまで歴代通った歯医者さんでずっとこう言われ続けてきたから。

「この親知らずは大変ですよ」

確かにレントゲンで見ると歯の根は不鮮明でモヤモヤとしており、神経や血管の筋ともうほぼ接している。
そーなんですねーなんてなんでもないフリをしてきたけど、言われるたびに、あぁどうかこの親知らずは抜かずに一生添い遂げられますようにと願ってきた。



チャラ男先生の誘いが軽いから、私も軽い感じでそのこれまで言われ続けてきたこととそれを受けての自分の希望を伝えてみた。
すると、チャラ男は

「この程度なら全然楽勝、なんてことないですよ、ハハハ。」

…笑うておる。これまで20年近くずっと脅かされ続けてきた私の親知らずの画像をみてこのチャラ男は笑っている。
ここでこれまでの私なら「はい、終了〜」とシャッターを下ろすところだけど、なぜか不思議なことに「じゃあ抜いてしまおうかな」と、チャラ男の言葉を信じようと思ったんだ。



そんなことで、銀歯の治療の後すぐ抜歯の予約を取った。いくら楽勝と言われてもそこは下の親知らず、当日は夫が休みで翌日仕事の休めるタイミングを選んで予約を入れた。


注射からあふれてる苦い麻酔を施され、それ人にしていいの?ってくらいガンガン力を入れてペンチで歯を引っ張りまくられ、血の味に耐え腫れる顔に耐え…。
その時間が近づくにつれ、あーやっぱやめますって言っちゃいたいなー、忘れたふりして行くのやめよかなーとネガティブ全開になる。本当に嫌だなーと心の底から思う。
でも、散々脅され続けた親知らずを楽勝と言ってくれる先生にこの先出会えなかったら後悔するかも、そして在宅勤務が続き、マスクが当たり前の今のうちに片付けてしまった方がいいに決まってる、となんとか気持ちを奮い立たせ予約の時間に歯医者に向かった。



席に通され、すぐに抗生剤と痛み止めを飲む。もうこの時点でいつもの治療と違う。
衛生士さんからの説明で、念のためにとCTを撮ることになる。これまたいつもの治療とは違う。さすが抜歯、でもチャラ男楽勝って言ってたし、とまだ気持ちは全然余裕だ。

CTの画像が目の前に映し出されると、いよいよチャラ男が登場する。
あれ?なんか雰囲気違くない?
チャラ男は相変わらず眉毛のお手入れバッチリだけど、この前とはちょっと違った様子。

「CTで見ると根と神経、血管がすごく近いので、慎重に進めていかないと、です」

おーい、楽勝って言ってたあの余裕の笑みはどこへ?
でも、もうまな板の上の鯉状態の私に選択の余地はない。
反対側の抜歯の時の遠い記憶、ペンチでのグリグリ、何かが切れるブチブチという音が蘇る…。チャラ男、もう嘘でも楽勝って言ってくれよ…。

そうこうしているうちに麻酔の注射が施される。
この程度、全然平気です、本番で心置きなく引っこ抜いてもらうためにたっぷりめにやっちゃってください、と苦い歯茎に触れないよう舌を反対側に寄せながら思う。

そこからは次々と器具を口に入れられ力を加えられる。
助手さんの吸い取る機械の吸い取り力が弱いんじゃ?と思ったり、砕けた歯のかけらが反対側の歯茎とほっぺたの内側の間に入って痛いんだけど言えないよなと思ったり、チャラ男が氷魚くんや春馬くんだったらどう?いやいや無理、口の中なんて究極のプライベート見せられる訳がない、なんて軽い現実逃避も織り交ぜながらひたすらやり過ごす。
痛くはない、でも、すごく引っ張られてる。
痛くはない、でも、これいつ終わるんだ。
顎も疲れるし、チャラ男も疲れるだろうし、休憩しないのかなと思っていると、

「おつかれさまでしたー、終わりましたよ。少し時間かかっちゃいました、慎重にやったんで。」

え?終わったの?
まだまだ終わらないと思ってたのにいつのまに抜いたんだ。しかも、そのままで抜けなくて3分割にしました、と。いつのまにー?

「割りましたけど、これ消毒して持って帰ります?割りましたけど。」

なんで割りました2回言う?持って帰りますよ。子どもたちに見せるって約束してますから。
ちょっとしてやられた感もあるけど、やっぱりチャラ男を信じた直感は正解だったんだ、と止血のガーゼを噛み締めながら思う。想像より軽く済んで嬉しいのにほんの少しだけ悔しいような気持ちで。



CTの分えらく高く感じた治療代を支払って痛み止めをもらって、めでたく解放される。
歯医者の帰りの開放感ってなかなかのものだよなと、小一時間前のどんよりした気持ちと正反対、でも抜いたところからじわじわ血も出続けるし腫れてきてる気がするし完全に気分爽快ではないから正反対ではなく170度位反対の晴れ晴れ感で病院を後にする。



帰宅後1時間程したところでスマホに着信があった。
出てみると、チャラ男からだった(歯医者の電話番号登録していなかった)。

「出血の様子どうですか?ひどくないですか?」

チャラ男、いい先生じゃないか。
出血はまだ少し続いていて、痛みも出てきたし腫れてもきてるけど、おかしいんじゃないって程ではないです、と伝えて電話を終える。


今日は晩御飯抜きだし、お風呂もやめとくし、晩酌も出来ない、抜いたところジンジンしてるし口の中は血の味だけど、なんかよかったな。
なにかあったら、眉毛が完璧に整っていてほんのりいい香りのする先生のとこに行けばいいんだという安心感(となぜかほんの少し悔しい気持ち)、やっぱりこのタイミングで正解だったんだな。

にしても、痛い、ロキソニン飲もう。


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