見出し画像

奈緒ちゃん「大好き」

2023年 7月

 「今、何時? まだ早過ぎる…」
 幼い頃、奈緒ちゃんにカメラを向けるとヒトリゴトのように呟いていたコトバ。

 もっともっと幼い頃、奈緒ちゃんには重度のてんかんと知的障がいがあり「長くは生きれない」と医者に告げられた、と私の姉である、奈緒ちゃんのお母さんから話を聞いていた。
 自分に応援できることは、映画を創ることしかない…と心に決めて、本当にカメラを回し始めたのは奈緒ちゃんが8才の冬。
 その頃にはダイブ元気になっていたけど、「長くは生きられない」というコトバは心の片隅にいつもあった。事実、何度も大きな発作を繰り返す日々が長く続いていた…。

 小学校、中学校、養護学校…撮影が進むにつれ、奈緒ちゃんはどんどん元気になっていった。「長くは生きられない」というコトバから始まったドキュメントは、奈緒ちゃんがどんどん元気になっていく成長記録へと展開し、成人を迎える奈緒ちゃんと家族の12年間のドキュメンタリー『奈緒ちゃん』として1995年に完成した。

 奈緒ちゃんが元気になれたのは、医療や薬の進歩があったからであり、言うまでもなくお母さんや家族、周りの方々の支えに助けられたからだ…。
 でも、一番力になったのは、本人の「生きる力」であったことは間違いない。
 スゴイと思う。
 さらにスゴイと思うのは、奈緒ちゃんの「生きる力」は自分だけでなく、家族や地域の人々をも育んだことだ。

 映画『奈緒ちゃん』のキャッチフレーズは「育み、育まれる 家族のしあわせ」としたのだが、そのフレーズ通り、奈緒ちゃんを育むことで奈緒ちゃんに多くの人々が育まれることになっていった。『奈緒ちゃん』に続いて創られた40年に及ぶ奈緒ちゃんシリーズで、映画を通じて何人の方々が奈緒ちゃんに育まれたことだろう。

 神奈川県相模原市で、障がい者を殺傷する事件が起きて、「障がい者は何の役にもたたない…。居ない方がいい」と犯人が言ったことが、センセーショナルに取り上げられていた頃、撮影中、カメラに背を向け「やさしくなあに…って言わなくちゃ。」と奈緒ちゃんが呟いた。
  “やさしくなあに”っていい言葉だなあ、と思って、『ぴぐれっと』『ありがとう』に続く4作目のタイトルは『やさしくなあに』とした。奈緒ちゃんからのささやかなメッセージが届くといいな…という思いで。

 撮影開始から41年、次回作はまだ撮影中なのに、タイトルのイメージが先に決まってしまった。『大好き』…。
 正式タイトルは、『大好き〜奈緒ちゃんとお母さんの50年〜』。

 お母さんは、奈緒ちゃんが大好き。
 奈緒ちゃんは、お母さんが大好き。
 奈緒ちゃんは、みんなが大好き。
 そして、
 奈緒ちゃんは奈緒ちゃんが大好き…。

 ずっと撮り続けて、奈緒ちゃんは生きることが大好きなんだ、という当たり前で大切なことに気付かせてくれた。奈緒ちゃんの「いのちの力」は生きることが大好きだから湧き上がって来るのだ。
 奈緒ちゃんが「いのち」を大好きだから「いのち」も奈緒ちゃんを大好きになったに違いない。
「いのち」は生きる方向に向かうのだから。

 「長くは生きられない」と言われ、「まだ早過ぎる…」と呟いていた奈緒ちゃんが、50年生きた。
 ヨカッタなあ…。

おめでとう!
奈緒ちゃん、「大好き」。

(かんとく・伊勢真一)


最新作『Pascals〜しあわせ のようなもの〜』全国各地での劇場上映等、その他の上映情報は、いせフィルムHPをご確認ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?