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立川寸志の伊勢ばなし⑩伊勢のシメは…

 伊勢CWで「飲む」「歩く」を実行してきたわけですが、「喋る」の特別編として、皇學館大学助教・長谷川怜先生に伊勢の近代の面白さについてお話をうかがってきました。今回のフィクサーO記者によるセッティングです。長谷川先生は植民地を中心に日本近代史を専門とされていて、「『講談社の絵本 満州見物』が伝える満州イメージ」など、一般的史料以外のビジュアルイメージなどを分析して近代日本の特質をくみ上げる気鋭の若手研究者です。
 緑豊かなキャンパスの長谷川研究室を訪ねました。うかがえば長谷川先生は、東京にいた頃は着物姿で寄席にも通ったという落語通。私は一気にリラックスしました。そう、落語好きに悪い人はいないのです。
 長谷川先生がまず広げてくださったのは、伊勢を中心とした三重の古い観光パンフレット類。写真ではなく絵地図のものです。かつて二見にあったロープウェーの運営会社のパンフレットからは往時の賑わいが見て取れます。ロープウェーから朝熊のケーブルカーの話(立川寸志の伊勢ばなし⑥参照)をしたら、先生は朝熊ケーブルカーの廃線跡をたどって上ったことがあるそうで、鉄塔の残骸があったことを教えてくださいました。うらやましい!

先生の解説付きで絵地図を。贅沢な時間!(撮影:O記者)

長谷川先生コレクションに感動!

 まず先生にうかがいたかったのは「伊勢の近代が面白い理由」でした。
 先生のおっしゃるには――
 江戸時代、伊勢御師によって組織されていた伊勢参拝は幕末まで続きました。幕末になって朝幕関係がギクシャクしてくるとその改善のために幕府は天皇陵に探索整備をし、ここは誰々天皇の御陵と、ここは…と確定する作業を行ないます。これが明治維新後宮内省に引き継がれ、天皇陵が維持されるようになると、その周囲に管理保護や周辺整備、参拝・観光案内をする団体が立ち上がるという動きが出ます。
 明治天皇は即位中伊勢に三回参拝しています。するとそれに連なる皇族、そして華族など上流層が伊勢へと向かいます。これが上記の天皇陵にまつわる動きと影響しあいながらツーリズムと結びつきます。「天皇陵はもちろん、大事な神社も参拝しよう」ということです。これが庶民層にも伊勢観光として浸透していきます。もとより天皇を中心として国家神道で国をまとめようという明治政府の意志もあり、ここに近代の伊勢観光が成立するのです。鉄道網が整理され、道路も整備されます。明治天皇の伊勢参拝に伴って遊郭のある古市街道沿いを避けるために新しく開発された道路が「御幸道路」です。
 ここで長谷川先生のコレクションから珍品が登場。昭和14(1939)年の小学校の修学旅行のしおりです。古書店の箱から見つけ出し500円で買ったというこのしおりは、群馬県安中市の小学校の伊勢参宮旅行のために製作された小冊子です。その行程がすごい! 安中を夕方に出て東京からは夜行列車で一泊、早朝から伊勢神宮を参拝して二見の宿に一泊、そのまま奈良へ出て橿原神宮などを巡って京都へ出て、そこから夜行列車で東京、安中へ戻るという…宿一泊車中二泊四日という強行軍。「体調を崩した生徒も多かったでしょうね」と先生。こんなコレクションが出てくる大学研究室って素晴らしいじゃないですか!

外宮内宮を地下鉄で結ぶ!? 大神都聖地計画。

 先生のお話で興味深かったのは、大正末から昭和初期にかけて帝国議会を巻き込んで議論された「大神都聖地計画」です。神宮のある伊勢を「神都」としてより壮大にしようという大規模都市計画でした。道路の拡幅や河川の整備のみならず、外宮と内宮を結ぶや二見浦の水陸両用飛行場などが構想されました。歩道の確保、公園の充実など、関東大震災後の帝都復興計画とも相通じるものだったそうですが、実現されていればまさに今頃伊勢の近代名所となったところでしょう。戦争期に入るとうやむやになってしまいましが、戦後になって宇治山田駅周辺を空襲被害からの復興させるにあたっては、この「聖地計画」を参考にしたと言われています。
 先生と私は趣味の一致するところが多く、「三交」の境界杭の話や河崎商人館近くの理容室のファサードの話などご報告しました。私の写真コレクションの中から御茶ノ水橋改修工事時に出てきた東京都電廃線跡線路もご覧いただきました。取材とは名ばかり、同好の士の「喋る」時間でした。
 取材の最後には先生のコレクションの古いレコードから三代目柳家小さんの「嬶天下」を蓄音機で伺いました。

蓄音器の構造を確認する寸志。老眼です。(撮影:O記者)

さよなら、伊勢。

 その日は夕刻からO記者としみじみ二人きりで送別会です。酒屋の正統派角打ち「岡田酒店」で下地をこしらえてからのこちら「千成」。茶の間のようなくつろぎ感と伊勢の酒。よい酔いをかみしめました。

赤提灯と金文字の看板と。
伊勢を発つ日の伊勢市駅の眺め。

 翌朝は開店直後の伊勢名物「虎屋ういろ」で土産を購入し、近鉄特急→新幹線で帰京しました。
 自宅に着いたとたん、もう伊勢ロスになってしまった私です。
 伊勢CWから3ヶ月たった今も、伊勢ロスです。
 またいつかこの伊勢で、歩いて、飲んで、喋りたいと思います。

(完)

立川 寸志(Tatekawa Sunshi) 落語家

https://tatekawasunshi.com/

【滞在期間】2022年11月25日〜12月1日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)