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立川寸志の伊勢ばなし⑥伊勢の廃線跡を「歩く」~朝熊登山鉄道・平岩駅~

 前の晩は強風のせいかホテルの部屋の天井がきしむ音をたて続け、なかなか寝付けずにいました。落語会の興奮が体に残っていたせいもあります。それだけ印象深い会でした。
 てるてる坊主のおかげでどんよりと曇ってはいますが雨は降っていません。四日目・五日目は徹底的に伊勢の廃線跡を歩く計画。私は鉄道趣味の中でも廃線跡探訪が好きで、旅仕事のついでに各地の廃線跡を歩いています。実は歩き稽古もさりげなく伊勢市電の廃線跡を歩いていたりしたのですが、改めて鉄系神経を研ぎ澄まして歩くことにします。
 伊勢に来てここだけは絶対行こうと決めていたのが「朝熊登山鉄道鋼索線(ケーブルカー)跡」および「平坦線跡」です。伊勢の朝熊山にはケーブルカーが走っていました。大正14(1925)年8月に開業し、戦時中の昭和19(1944)年1月に不要不急路線として営業休止するまでの間、朝熊観光の主要ルートして賑わっていたそうです。事務局Mさんにお願いしてゲットした資料『岳のケーブルカー~朝熊登山鉄道展~』『地図で見る伊勢のすがた展示図録』(ともに刊行は伊勢市立郷土資料館)を手に、いざ出発!

伊勢市立郷土資料館は閉館してしまったので貴重な図録なのです。

 伊勢市駅から3駅の朝熊駅は森閑とした山の駅です。数人の登山客とともに下車し、そのまま同じ道を歩いてゆくと登山口に着きました。そこにあった地図を見ると、たしかにケーブルカー跡が描かれているが、軽装の私には到底行けるようなところではない。地図の「登山ケーブルカー跡」の山裾の出発点を平坦線との接続駅「平岩駅跡」と睨んで登山口を背に転進します。

目指すは地図上の赤いマルの地点。

平岩駅跡で出会ったお父さんの話。

 朝熊登山鉄道は純粋なケーブルカーの路線と、市街地とケーブルカーの麓側駅を結ぶ「平坦線」とに分かれていました。「平岩駅」がその接続地点です。登山口から細い道に入ると、明らかにかつて鉄道線だったカーブが散見されて興奮が高まります。しかしかなりな急勾配。本当にここを走っていたのだろうか。たどり着いた平岩駅跡は、私邸の敷地内にありました。生い茂る雑草の中に苔むしたコンクリート製のホームが見える。十数段ある階段はまさにケーブルカーのためのホーム。その先はたしかにケーブルカーの廃線跡です。

たしかにホームの跡。向こうに急勾配のケーブルカー跡が。

 するとそのケーブルカー跡の脇道から一台の軽トラが下りてきました。「何してんの、お兄ちゃん」――軽トラから降りてきたお父さんが近づいてきます。勝手に敷地内撮ってたから怒られるか――「あのーここにあった登山鉄道のことを知りたくて取材に来てまして…」そう事情説明すると、物好きな人もいるもんだ的な笑顔で、ケーブルカーと平坦線について思い出話をしてくださった。「(平坦線の)線路の脇に畑があってな、そこから電車に石を投げて遊んでたんや」「危ないですね」「子どもやしな。何も知らんからそんなことした。そしたら、変電所の奥さんが飛び出してきて『こら~っ!』って怒られてな」「…変電所の奥さん? 電気屋さんですか?」「違う違う、電車の変電所よ。まだ残ってるよ!」「変電所が?」「蔵みたいな倉庫みたいにして使ってるはずや」「へえーっ!」資料にあった橋本鳴泉画「神都鳥瞰図」を一緒に見てくれて「これこれ、この建物が変電所」たしかにレンガ造りの大きな建物が描かれています。詳しい場所を教えていただけました。お礼を述べて、平坦線廃線跡の道路を歩きはじめます。次の目標は変電所跡です。

鉄道が走っていたことを雄弁に物語るこのカーブ!

 写真を撮りながら歩いていると、さっきのお父さんの軽トラが追い抜いていく。手を振ると急停車してまた下りて来てくださってまことに恐縮。地図を見ながらルートの確認。ああ一緒に写真を撮らせてもらうべきだった!
 

変電所と一宇田駅

山道を下り切って朝熊の集落までやってきました。旧変電所は川の向こうの洋館風の建物。近づいてみると改装されていて窓も取り付けられ、事務所のような倉庫のような使い方をされていました。手前の車の並ぶ道を朝熊登山鉄道平坦線が走っていました。

左手奥は近鉄線の高架。

 廃線跡に沿って歩いていきます。現在は整備されたバス通り。少し坂を上がった所が、旧一宇田駅。平坦線のほぼ中央に位置する交換駅で、上を渡る橋が目印。橋の片側にはお堂、反対側にはお墓がありました。

「一宇田」は「いちうだ」です。

 歩きすぎて土踏まずが痙攣しつつあります。市街地にあった始発駅・旧楠部駅の跡は大きなスーパーになっているようで跡形もないと、さっきお父さんから聞いていたので廃線跡歩きはここで終了。近鉄の朝熊駅まで引き返してホテルへ戻ります。
 夜は目星をつけていた銘酒居酒屋「酒蔵森下」へ。疲れた体に三重の地酒「酒屋八兵衛」がしみました。この日も酩酊。伊勢万歳。

カウンターは私以外全員、旅行中の女性でした。

立川 寸志(Tatekawa Sunshi) 落語家

https://tatekawasunshi.com/

【滞在期間】2022年11月25日〜12月1日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)