There will never be another you 戦時中に何度も提示された「君以外には居ない。」: リズムラボ

 "There Will Never Be Another You (ゼア・ウィル・ネバー・ビー・アナザー・ユー)" というタイトルのJazz曲は、2021年現在日本で黒本と呼ばれる「Jazz Standard Bible (ジャズ・スタンダード・バイブル)」にも収録されプロ・アマ問わず広くジャズ愛好家たちによって親しまれ続けている一曲です。
 通称名としてジャズ愛好家たちの間では「アナザー・ユー」と呼ばれています。

1942年の映画「The Iceland (アイスランド)」

 さてこの曲はいつどのようにしてリリースされたのでしょうか。
その歴史をたどってみると時は戦時中の1942年にアメリカで配給された20th FOXの映画「The Iceland (アイスランド)」の挿入歌として録音されました。
 作曲は"Harry Warren (ハリー・ウォーレン) 作詞は Mack Gordon (マック・ゴードン) 、歌手はJoan Merrill (ジョアン・メルリ)でした。
 まずは映画内のThere will never be another youを紹介します。

 ドラムセットの音はほとんど聞こえませんが、初期のビッグバンドサウンドの様に聞こえます。
 映画ならではの予算枠で録音された音源であることが伺えます。

 この映画の配給の一年前の1941年7月7日、当時のルーズベルト大統領は米国議会にアイスランドへ軍隊を上陸させたと発表しました。
 理由をドイツ軍がアイスランドの重要な海運と航空路を支配するのを防ぐ手段としています。
 また映画の内容は
 「未開の地」に赴いた文明人(=アメリカ人)の主人公が「原住民」の美女に惚れられる、つまり駐留米軍人で現地の熱烈な歓迎を受け、美女に求愛される
 というもので、軍事行動と映画の関連性を感じる事実が並んでいます。

 一方1942年の日本は昭和17年、関門トンネルが開通して貨物列車が通り、この年の流行語は「欲しがりません勝つまでは・月月火水小木金金」の二つという時代でした。

 映画の話に少々ずれますが、この映画の主演女優ソニヤ・ヘニーはノルウェー出身の元フィギュアスケートの金メダリスト。その後ハリウッド女優へ転身。この映画で披露した彼女のアイスダンスはとても素敵でした。

There will never be another youの歌詞

「This is the last dance together
これが2人で踊る最後のダンスだね
Today will be soon long ago
今日もすぐ昔話になっていくだろう
And in this moment of parting
別の道へと進んでいる今、
This is all I want you to know
あなたに伝えたい事がある。

There will be many other nights like this,
今日の様な夜はこれから何度も訪れるだろう。
And I’ll be standing here with someone new.
そのときの私は他の誰かと一緒にこの場所にいる事もあるだろう。
There will be other songs to sing,
他の曲を歌っているかもしれない。
Another fall…another spring…
時は巡り...
But there will never be another you.
でも、あなたは他にはいない。

There will be other lips that I may kiss,
あなた以外の唇とキスしたとしても、
But they won’t thrill me,Like yours used to do.
でもそれらは、あなたが私を感動させた様にはならないだろう。
Yes, I may dream a million dreams,
そう、夢ならいくらでも見られる。
But how can they come true,
しかし、その夢がかなうことはない。
If there will never, ever be another you?
それらが叶わないのは、あなたが他に代わるものではないから。」

 私個人の感性で意訳してみました。
 映画の内容や時代背景を鑑みて考えると、当時徴兵された駐留している軍属さんの感じた感情はいかほどのものだったのか。
 想像すると切なくもなりますね。

 この映画はアメリカのAmazonで購入する事が出来ます。
もし興味があればどうぞ。

Teddy Powellのスタジオ録音

 同年、オークランド出身のJazz音楽家でギタリスト・バンドリーダー・作曲家のTeddy Powell (テディ・パウエル) によってThere will never be another youが録音されて発表されました。
 とてもゆったりとしたテンポ感で、どこかグレン・ミラー・オーケストラを思わせるような音使いです。

名だたる演奏家達が参加したWoody Hermanの録音

 同じく1942年にミルウォーキ出身のサックス・クラリネット・ボーカルを担当するビッグバンドリーダーのWoody Herman (ウッディ・エルマン) の録音が発表されます。
 クレジットを見てみると、その後のJazz界で功績を残していったChat Baker (チャット・ベイカー) ・Lestre Young (レスター・ヤング) ・Frank Sinatra (フランク・シナトラ) ・Art Tatam (アート・テイタム) ・Count Basie (カウント・ベイシー) らが参加していた事が判ります。
 現代から見たらオールスターゲームの様な布陣のこのビッグ・バンド当時の事情はどうだったのか。とっても気になります。 

Tommy Tuckerの1942年の録音

 映画を含めると、同年に4種類のThere will never be another youの録音が発表されています。
 どれもがボーカル曲であり、同年にどれもがビッグバンド形式の音源の同じ曲がレーベルからリリースされた事実は、現代の感覚で見ると驚くべき事態ですよね。
 どの録音もラジオを意識して作られたのか、シンプルなアレンジで短めの録音になっています。

ヴィヴラフォンとオルガンを主にしたLionel hamptonの録音

 ケンタッキー州出身のヴィヴラフォン・ピアノ奏者のライオネルによる録音は、彼自身の鍵盤打楽器とオルガンを主としたJazzの録音を残しています。
 後にドラマーBuddy Richとも演奏をした彼のコンボでの録音をここで聞くことができます。
 この録音は1950年。戦争の前後での音楽の違いも感じられるのではないでしょうか。

最もメジャーで「原曲」とも呼ばれるChat Bakerの録音

 オクラホマ出身のトランぺッターChat Baker (チャット・ベイカー) による1954年の録音で、最初のテーマは管楽器でスタートしますが、後に歌が入るといった戦前のビッグバンド時代の録音形式を想わせる構成になっています。

Lester Young と Oscer Peterson によるバラード調の録音

 サックスのLester Young (レスター・ヤング) とピアニストの Oscer Peterson が参加するゆったりとしたテンポのバラード調の1954年の録音。
 こうして並べて聞いてみると、このテンポ感というのは戦中のビッグバンドで演奏されていたテンポ感と、とてもよく似ている事がわかりますね。

Nat King Coleによる表現豊かな歌唱

 1955年に発表されたこのスタジオ録音からは、楽曲のメロディに対して表情豊かにリズムを表現するボーカルを存分に楽しむ事ができます。

Keely Smithの女性ボーカルと派手なバンドアレンジ

 ボーカルバージョンとしては、バンドのアレンジがバッ!!と炸裂する爽快なアレンジになっています。
 歌の最後を三回繰り返して終わる録音としては彼女の録音が最初なのでしょうか。

中南米のパーカッションとスタリングアレンジが目立つNancy Wilsonの録音

 南米を代表する打楽器"ボンゴ"の音色が目立つアレンジ。
 リズムパターンを繰り返するアメリカ音楽らしさと、壮大なストリングスアレンジが特徴的な録音を聴くことができます。

サックスのStan Getzによる速いテンポの録音

 ペンシルバニア出身のサックスStan Getzによる録音。
 この中では最もテンポ感の早い録音を聴くことができます。

情熱的なギターJoe Passの録音

 スペイン、カリブ海域の音楽文化を感じるJoeの特徴あるギターが聞ける録音です。

Sadao Watanabeとジョージ川口

 日本を代表する二人のJazz音楽家、Sadao Watanabeとジョージ川口。
この録音で聞けるドラマー・ジョージ川口の演奏は正統派ビッグバンドの流れを思わせてくれます。

おわりに

 ジャズ愛好家たちによって親しまれているThere will never be another youを楽曲の歴史と時代背景をもとにしてまとめてみました。
 こうして現代史と音楽史を合わせて互いに見ることで、その時代になぜこの曲がこのアレンジレーベルから世の中に送り出されたのか。
 など事実をもとに想像を膨らませる事ができますね。

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