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マダニ記念日

もしも私が森に棲むマダニだとする。

体長は1ミリちょっと。



もうちょっと大きくなりたい。
10倍くらいにはなりたい。
だから生き物の血を吸いたいの。

犬でも来ないかなぁ。
でも、毛がもじゃってたら面倒?
イノシシなんてもっとごわごわだし、
皮膚も硬そうよね。

(そこへ、ふわふわした肌の生き物が通りかかる。)

わぁぁぁー!
いまだぁぁぁー!

と飛び移り、ガブリ。

ふふふ。
痛くないでしょう?
私、実は麻酔物質がだせるの。
だからあなたは私に気づけない。

このまましばらく
たっぷり血を吸わせてもらうわ。
じゅるるるる。
ふふふふふ。



妄想ここまで。


今週のある日、寝る前のこと
3歳息子の肌に見慣れないホクロを見つけた。

よく見たらホクロに手足が見えている。
手? 足? いくつかの記憶が重なり
そのホクロはホクロにあらず、マダニであると認知した。

1ミリちょいのマダニは
皮膚にすっかり潜りこんでみえるほど
しっかり食い込んでいるようす。

記憶によると、
素人が下手に取ろうとすると
食い込んだ部分が皮膚に残ってしまうらしく、
感染症のおそれもあるらしい。

素人が手を出さないほうがよかろうと、
21時をまわる間際、夜間救急に電話。
すぐに来てくださいとのことで、
マダニ付きの息子をつれ、病院へ出かけた。

ひとけのない夜の病院で、
看護婦さんとお医者さんはスマホでマダニを撮影。
肉眼で見るには小さいようで、
スマホの画面を拡大しながら
「マダニですね」とお墨付きをくれた。

そして、処置へ。

記憶によると、
マダニはその牙を皮膚の奥深くに
しっかりざっくり食い込ませてしまうらしい。
だから、皮膚ごと切開するとか、
おそろしい処置もあるとかないとか…….。

マダニが噛み付いた息子は3歳である。

どうするの??
切開するの????
泣きわめくよ?!!

と、びびる母に、
先生がとりだしたのはワセリン。

ワセリン?

と思う母の目の前でお医者さんは
大さじ1杯くらいのワセリンを
マダニのうえにべったりとのせて
そのまま30分放置を指示。

聞くと、
ワセリン漬けになったマダニは酸欠となり
がっちり肌に咬みついていた口を離すらしい。

へぇ。。
ワセリンってそんな使い方もできるんだ。
マダニにはワセリンなんだ。
マダニにはワセリン。
マダニにはワセリン。
マダニには……。

そしてワセリンとマダニを肩にのせた息子と
誰もいない待合室でテレビをつけて、
ぼんやり、酸欠待ちをする時間。

そのうちマダニ側の気持ちに思いが及ぶ。

マダニよ、
人間の子どものふわふわ肌に飛びつけて
幸せだったかもしれない。

でも、人間の母に見つかったのが運の尽きだったな。

イノシシにしておけば、
そのまま寄生して血を飲み、
10ミリまで成長できたかもしれない。

だから、君が1ミリ程度のままワセリン漬けにされ、
天命を終えることを少し不憫に思うが、
人間の母には子を守る義務がある。

すまない、マダニ。



そして30分が経過。

マダニは口を離したようで、
お医者さんのピンセットでひょいっと摘出され、
息子には痛みも痒みも傷も残らず、
我が家のマダニ記念日はめでたく終了した。

地球で生きる以上、
いろんな相手と共存しなくちゃならない。

「マダニ」と検索すれば、
おどろおどろしい情報がでてくるので
野にも山にも出られなくなるような気さえしてくる。

でも、それは違う。

マダニとの付き合い方を考えればいい。
感染症の恐れもあるので要注意ではあるが、
噛み付かれてすぐであれば、その危険性も低くなる。

刺されにくくすること、
もしも刺されたらすぐに適切な処置をすること。

そうすれば、
地球の生き物との共生力もあがる。

息子に咬みついたマダニちゃんが教えてくれたことを
無駄にしないよう、心に留めたい。

そうそう、人間の皆さん。
お医者さん曰く、最近マダニに噛み付かれる事例が
増えてるらしいので気をつけていきましょうね。

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