地方でSaaS導入支援会社を起業して3年、階段から降りられなくなった(前編)
私は階段から降りれなくなった。
体調が悪いわけではない。筋肉痛でもなく。
「行かなくては」
と思った。
しかし、私は階段が降りられなかった。その日の仕事は、会社のスタッフがなんとかしてくれた。
私は、
私が経営する、
私の会社に、
行けなくなった。
今となっては笑い話かもしれないが、当時は最高に死んでいた。
SaaSを愛し、中小企業を愛した
私はSaaSが心の底から好きだ。そして日本の中小企業は、もっと好きだ。
2015年から2年間、クラウド会計freeeという会社で導入支援、セールスを行ってきた。それまではNTTデータグループの企業で、大企業向けに業務システムの営業に携わった。
元をたどれば、小学校のときから経営学が好きだった。人口2000人ぽっちの小さな町では遊ぶところも無い。漫画が読みたかった私は、図書室でプロジェクトXの漫画版を読み漁った。
経営者はすごい。無から有を生み出す。
私は今でも、「経営者は、クリエイター・アーティストだ」と思っている。
大学でも迷わず経営学を学んだ。そして経営者をささえるのはこれからの時代「IT」だと考え、IT業界に飛び込んだ。今現在、自分自身もSaaSを最大限活用して会社を運営している。従業員は少ないが、SaaSがあるからこそいろんなことができている。
freee、SmartHR、G suite、kintone...あげたらきりがないが30種類ぐらい利用している。SaaSは、私ができないことを実現してくれる、私の人生を拡張してくれる素晴らしきパートナーだ。
SaaSはこのままでは地方で普及しない
しかし、freee時代、導入サポートをしていてSaaSの未来に疑問が生じた。
地方企業の導入が、進まなかったのである。
導入を無理やり行ったとしても、その後にアフターフォローしなければ、確実に運用にはまらないことが分かっていた。WEB会議を使って支援をするものの、結局地方ではFace to face がポイントになる。
「このままでは、地方でSaaSが普及しない」
そう考えた私は、東京を出て、長野県でSaaSに特化した導入・運用支援会社を起業した。「同じ釜の飯を食った人間が、地方でSaaSを普及させるべきだ」という強い信念があった。地方で必ずSaaSをサクセスさせると。
銀行口座の数字が減る恐怖と戦う
起業して最初は全く上手くいかなかった。とりあえずセミナーを繰り返した。元freeeというブランドを使っても、地方では全く認知されていない。
なんとか集客したセミナーでも、そこから契約に至ることは無かった。
貯金は、底をつきかけた。クレジットカードの支払予定額が、銀行の残金を越えた。もう無理だな、と思って、「領収書スキャン!1枚50円で行います!」みたいなことも考えた。
このころ、忘れもしない。両国屋豆腐店という、小さな豆腐屋から支援の依頼が来た。詳細はこちらが詳しいが、この事例を発端に、全国各地や官公庁からも講演依頼が入るようになり、当社のビジネスの起爆剤になった。
売上は初年度は利益はプラマイトントンまでいった。次年度で500%成長という驚異の結果になった。
素晴らしい顧客にもこの時に出会った。地方だとか都会だとか関係なく、日本を、世界を取りに行く!という経営者とも出会い、一生の財産になった。
SaaSマーケットの"違和感"
しかし、SaaSの導入支援を進める中で、全国各地を周り、様々な中小企業の現場と対面した結果、SaaSマーケットの異常性を感じるようになった。
まず、あまりに日本全体のITリテラシーが低すぎる。クラウドサービスのことを「IoT」と呼ぶ人が多いこと。手段であるにも関わらず「AI」という単語だけ飛び交うが、実態としては30年前のシステムを使っていたり、手書きやFAXが入り乱れる状態であること。
一方でメデイアではテクノロジー企業の、巨額の資金調達のニュースが目に入る。華々しいストーリーは語られていたが、まるで別世界のように思えた。
終わりなきSaaS普及の旅路を想像し、ゾッとしていた。私の目からすれば、栄養の無い土地に、延々と、種だけばらまいているように映った。
ビジネスのひずみと、社会のひずみ
地方でのSaaS普及は本当に苦しかった。このころから、違和感は具体化していった。序盤のクライアントはイノベーター層だったのだが、マジョリティ層に移行するに連れ、だんだんと困難が増してきた。
「簡単って聞いたのに、全然簡単じゃない」
iPadのOSの更新も、音量調整ですら、地方企業にとっては”難しい”のである。マウスすら操作できない人もいるくらいだ。
「地元の他の業者は、呼んだらすぐ来るのに、君は冷たい」
クラウドでリモートからリアルタイムに、丁寧に支援して、しっかりとアフターケアしたつもりだった。もちろん、対面訪問もたくさん行った。しかし、新しいやり方はなかなか伝わらず、結局電話や訪問を要求され、コストになかなか見合わなかった。
「データが漏洩した!」とクレームが入った。
よくよく聞くと、クラウドサービスから出力され、印刷された資料が漏洩したのだが、顧客は違いが分からなかった。
このあたりから、私は自分がなんのために苦労してSaaSを普及しているのか、分からなくなってきた。のれんに腕押し、といった虚無な気持ちになるようになった。
地方で、このままどれだけ頑張っても、テクノロジーは普及しないのでは。どれだけ頑張っても、自分も、企業も幸せにできないのでは。
地方でのSaaS普及というのは、到達可能なゴールなのか。もしかして幻想ではないか。つづくの存在価値は、あるのだろうか。
このころから、会社に行くのが少し怖くなっていた。
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