父の夏休みと、小鮎の唐揚げ
出産が近づいて来たので、最近せっせと冷凍庫のものを食べている。
産後の自分の為に、おかずを作り置いて冷凍しておくための、スペースを空けるためだ。
冷凍庫にはずっと食べずに置いてしまっているものがいくつかある。
夫の実家からいただいた、明太子やもつ鍋セット、実家で年末につかれたお餅、そして、父から送られてきた大量の鮎。
私の父はとにかく山奥の出身で、昔から鮎釣りが大好き。
毎年夏になると毎週せっせと出かけていたのが、5年前に母が亡くなってからは張り合いがないのか、誘ってくれる人がいると行く程度になっていた。
今年の年明け、その父から電話があった。
曰く、母もいないし、自分もいつまで元気かわからない。お金を稼いでも仕方ないし、仕事もいろいろとあって疲れた。
今年はもう定年再雇用の更新をしないで、会社を辞めたい。身体が動くうちに、一年間好きなだけ釣りがしたい、とのこと。
実家にひとりでいる父を思うと反対する理由もなく、無責任に「いいんじゃない」と言うと、
次に電話したときには「17万の釣り竿を買った」とご機嫌だった。
節約家の父にそんな思い切りがあったことにびっくりして、なんだか愉快に思った。
もちろん欲しい釣り竿だったに違いないけど、同時に、「17万くらいする釣り竿」を買って、テンションを上げたかったのかな、と思う。
5月の解禁以降、父は本当にひたすら釣り続けた。
子どもができた、と報告したときも、その話題は5分も続かず(以前は、まだかと急かしてきたくせに)、気づけば最近行った川の話になっていた。
初夏には、段ボールいっぱいの鮎が送られてきた。
何匹も入ったジップロックが5袋。袋には、釣った日付と、なぜか釣った川の名前が書かれていた。
大きいものから塩焼きにして食べていたけれど、小さいものは冷凍庫の中に持て余していた。
先日、また父から電話があり、「鮎いらんか」という。
夏先に釣ったものより、サイズがだいぶ大きくなってきた。今年はそろそろ釣り納めになるから最後だという。
まだ残っている鮎と、冷凍庫の容量などを考えてやんわり断ると、父はそうか、といって電話を切った。
あとで夫に話すと、大きな鮎も食べたかった、という。
せっかくそう言ってくれるならと、父に電話をして伝えると、そうかそうか、と嬉しそうだった。
すぐに送られてきた鮎は、今回も大量だった。
思っていたよりもさらに大きく、立派な鮎たちだった。
特に大きいものは一匹ずつ袋に包まれていて、それは多分、父が釣ったのでなくて、おとり屋から買ったものだと思う。
母が亡くなってから、父はやたらと人に物をあげるようになった。
夏には桃を、冬には蜜柑を。
そして今年釣った大量の鮎も、母の兄や、父の甥(私の従兄弟)や、いままであげなかった親戚の人たちにも配っているらしい。
母が亡くなり、会社も辞めて、新しい繋がりが欲しくなっているのだと思う。
昨夜、重い腰をあげて、冷凍庫に眠らせていた小鮎たちを唐揚げにした。
解凍して腸をとり、水気を拭きとる。
ビニール袋に小鮎と片栗粉と小麦粉を入れて衣を纏わせ、骨まで柔らかくなるようにゆっくりと揚げる。
初めて食べたけれど、大きい鮎の塩焼きに劣らないくらい、ひょっとしたら超えてしまうくらい美味しかった。
臭みも癖もない上品な味。
ほのかに清流を思わせる香りがする。
夫婦共々びっくりしながら、あっという間に食べ切った。もう少し揚げればよかったと思った。
「いいもの食べさせてもらってるよな」
と食後の夫がしみじみと言った。
「お礼に何か送ってあげないと」
と言ってくれるので、朝から何を送ってあげようかと考えるけれど、まだいいものが思い浮かばない。
何か美味しいものを送っても、「お母さんと食べたかった」としょんぼりする父が見えるようで、私までセンチメンタルな気持ちになる。