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自転車整備士

彼の手元を見ていると、自転車は『機械』であることがよくわかる。

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OPEN、とある引き戸の前でしばらく立ちすくんだあと、手動なんだと気がついて、ガラガラと店に入った。高い天井から4本のフックで吊り下げられた太いパイプに、先客の自転車がかかっている。

「はいー」

店主が、動物園の老いたライオンのように、のっそりとこちらを向く。

「パンク見て欲しいんですけど、3年くらいほとんど乗っていなくて。」

店主は、私が持ち込んだ赤いクロスバイクをパイプに吊り下げて、タイヤのチェックをはじめる。くるんとタイヤを回転し、ぱしっと止めて、しげしげと様子を眺める。くるん、ぱしっ。前輪のバルブに手をかけ、くるくるとキャップを回し、ナットを緩める。

「近所だったら、虫ゴムだけ替えて乗っていくかね。パンクじゃなくてゴムがあかんだけかもしれんし。」

店主はそう言うと、のっそりと備品棚に歩いていく。棚には何本ものスプレー缶、工具、ゴムのチューブが並び、壁面には水道屋のマグネットが何枚も貼ってある。掲げられた古い原付バイクの広告ポスターは、うっすらと色褪せている。

店主は長いホースの先についた丸い金具を前輪に押し当てて空気を入れると、のっそりと後輪に移動する。手には溝のついた、小さな円盤型の工具を持っている。両目の間にタイヤが来る位置で、くるくるとタイヤを回して歪みを確かめる。

「ここ折れてるねえ。」

円盤の溝を細いスポークにかませて、緩めたり締めたりした後、1本の折れたスポークの半ばをニッパーで切り、残った方の根元を回して外す。スポークがネジ式の構造になっていることを、私は初めて学ぶ。

一緒に行った9歳の娘は、ヘルメットを脱ぐのも忘れて店主の手元に見入っていたが、そろそろ飽きてきて、隣の新品売り場に置かれたキックボードをいじり始める。売り場には、50ccのホンダが整然と並んでいる。

新しいスポークはぐねぐねとした形で、店主がそれをタイヤの中央部に差し込んで、ペンチで曲げるのを繰り返していたら、いつの間にか真っ直ぐの線になっていた。

店主は後輪の虫ゴムを取り替えて空気を入れ、チェーンに潤滑油を吹きかけ、全体を眺めてちょいちょいと油を注して回る。土埃で薄汚れたサドルとフレームはそのままで、帰って汚れを拭き取るのは、私と娘の仕事だ。


たった1300円の仕事に、私は安堵を覚える。仕事人は別に愛想が良くなくたって、機械を整え、きちんと蘇らせることができる。

「またご相談に来ます」

私はそう言って、通りに出てペダルを漕ぎ出す。随分乗っていなかったサドルの固さを、少しずつ思い出していく。待ってよう、と追いかける娘の小さな自転車を背に、私は前を向く。

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