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思念巨神ビーク:Power Titans 外伝


Part 1

 アンタレス系、惑星ハイドロン。
 ゼノンは、公営鉄道の若手運転士だった。
 職場には労働組合があったが、ゼノンは加入していない。入社式では一応“労組に入る自由がある”と説明されるのだが、同僚たちは“違法ストで賃金をカットされ、最悪の場合は処分”という噂をまことしやかに囁き合っているのだ。ゼノン自身はそうした噂を半信半疑で聞いていたが、安くはない組合費を毎月払うメリットを感じられずにいた。

 いつものようにゼノンが列車を運転していたある日、緊急警報が鳴動した。進行方向の踏み切りに、人が閉じ込められたのだ。
 ゼノンはブレーキを掛けた——速度が下がらない。
「さっきまで効いてたのに」ゼノンは直ちに非常ブレーキを掛けようとした。すると、今度はゼノンの腕が突然硬直して動かなくなった。
——いいのかな。その停車装置を使えば、列車は木っ端微塵だぞ——
 ゼノンの意識に、謎の声が語り掛けた。
「誰だ」ゼノンは声を振り絞った。
——名乗るほどの者でもないけどね——謎の声は高笑った。——その列車には、特殊な爆弾を仕掛けさせてもらった。踏み切りの1人と、大勢の乗客。お前は、どちらの命を選ぶ——
「貴様。一体、何が狙いだ」ゼノンは声を荒げた。
——そこまでだ、フィロハイレス——
 その時、別の声がゼノンの脳裡に響いた。
「今度は、誰だ」
——説明は後だ。鉄路の青年よ、共に行こう——
 次の瞬間、走り続ける列車は神秘の光に包まれて浮かび上がり、踏み切りの上空を飛び去ってしまった。
「た、助かった?」閉じ込められた人物は、空を走る列車を見上げて呆然と立ち尽くした。
「あいつの仕業か」
 ゼノンは運転席のガラス越しに、雲の中で背中から翼を拡げた怪人を視認した。
「掟を破ったな、ビーク」迫り来る列車に向かって、怪人は責め立てた。その声は確かに、初めにゼノンに語りかけた奇怪な声だった。
——何とでも言え——ビークと呼ばれた神秘の声が一蹴した。——トラム・サクリファイス——
「これが答えだ」ゼノンは叫び、全速力を出した。列車は怪人を跳ね飛ばし、緩やかに降下して元の線路上に停まった。車内は不思議な力で衝撃から守られ、仕掛けられたという爆弾も不発に終わった。
——イデア人(びと)の習わしでな——
 神秘の声は、再びゼノンに語り掛けた。
——「狂車の生贄(トラム・サクリファイス)」というのは、決断の宣言とでもいうべき——
「いや、説明するのそこかよ」ゼノンは冷静に反応した。

Part 2

「どうやって列車を浮かせたのかは、知らないが」
 事故の翌週、ゼノンは人事の役員に呼び出された。
「オートジャイロに乗った一般人が1名、犠牲になった。これは動かぬ事実だ」
 薄暗い密室に、役員が2人と記録官が1人。ゼノンは孤立を強いられていた。
「それが、私のせいだと?」ゼノンは静かに抗議した。「爆弾が見つかったんだから、まずそれを問題にするべきでは」
「それは警察の仕事だ」
「その警察が、私のことは立件していない」
「あちらの事情は知らんよ。だが、けじめを付けなければ世間が許さない」
「何が起きたのかも分からないまま、何の“けじめ”を付けるんですか」
「現場の君が分かってないというなら、それ自体が問題だ」
「知っていても話しませんよ」ゼノンは席を立った。「そちらの判断は、変わらないんでしょう」
「弁明の機会を、放棄するということだね」役人は言質を取ろうとした。ゼノンは黙って密室を後にした。

——何故、私とフィロハイレスのことを話さなかった——
 廊下を歩くゼノンの脳裡に、ビークが問いかけた。
「いきなり言われて、誰が信じるか。“イデア人”だの、“試しの儀”だの」
——だが、この世界にも思考実験という営みはあるのだろう——
「思考実験に、本当の爆弾を使う奴があるか」
 “試しの儀”というのは、異次元世界「イデア」の民が行う実験のことだ。過去にはビークも試しの儀のために別の星を訪れたが、命の選別を強いるその営みの過ちに気づいたのだという。
「ああいう奴のことを、この次元では狂科学者(マッドサイエンティスト)というんだ」
——ならば、イデアの掟も狂っているということになるな——
「実験を邪魔したから、永久追放か」
——同胞を手に掛けた咎も併せての裁断だ——
「勝手なものだな。人殺しの実験だから止めたというのに」
——君がそう言ってくれることが、私には救いだ——
 ビークは謝意を伝えた。
——爆弾を止めるには、フィロハイレスを倒すしかなかった。だが、奴が擬態した身体は残ってしまう——
「ジャイロと操縦士のことか。俺には、羽の生えた怪人にしか見えなかったがな」
——君は私と同化したから、真の姿が見えたんだ——
「その、“同化した”というのはどういうことだ」
 ゼノンは懐から、猛禽の上嘴に似た薄い石片を取り出した。それは、事故があった日の退勤後に制服の中から見つけたものだった。
「この中にお前の意識が宿っている、というわけでもないのか」
——その方が想像しやすければ、それで構わない。再び私の力を使うには、それが必要だからな——
「使わずに済むことを祈るよ。あんな事故は、二度とごめんだ」ゼノンは溜め息を吐いた。「尤も、ハンドルもいつまで握れるか判らないが」

「ゼノン運転士、ですね」
 ゼノンを呼び止めたのは、運転職場では見覚えのない中堅の職員だった。
「私は、労組の委員長です」

Part 3

 委員長に連れられて、ゼノンは労組の事務所に赴いた。
「聞いたぜ。現場のせいにするなんて、あんまりだよな」入社1年目のリゲルという組合員が、憤りをあらわにした。「組合の反対を押し切って始発前の点検を簡素化したのは、当局だっていうのに」
「それは本当か」ゼノンは耳を疑った。
「はい。あなたが入社する、少し前のことです」委員長は答えた。
「ブレーキの故障は、起こるべくして起きたというのか」
「その通り。例の超常現象が起きなければ、命を奪われるのはあなたと乗客だった」そう指摘したジャガーという組合員も、今年入社したばかりだった。「俺たち労組は賃上げのために活動していると思われがちだが、それは一面に過ぎない。命のために闘っているからこそ、当局のどんな横暴にも立ち向かえるんだ」
「今日、来ていただいたのは、あなたの処分を止めるためです」委員長は切り出した。「これは、あなただけの問題ではありません。私は、労組として処分阻止のストライキに立つべきだと考えています」
「そのために、まず労組に入ってくれというわけか」ゼノンは尋ねた。「答えは、いつまでに出せばいい」
「ゆっくり考えてください。リスクがあるのも事実ですし」委員長は答えた。「とはいえ、処分が決まる前には行動を起こしたいわけですが」

「命のために首を懸けて闘う、か」
 自宅に向かって歩みを進めながら、ゼノンは溜め息を吐いた。
「厳しい時代になったものだ」
——フィロハイレスが見落としていたものの一つは、その現実だ——ビークの声が響いた。
「ブレーキを壊したのは、あの怪人じゃないのか」
——組合員(かれら)が言う通り、点検の不足だ。踏み切りの方には、フィロハイレスが通行人を押し込んだのだが——
「やっぱり、とんでもない奴だな」
——もう一つ、奴が理解しなかったのは——ビークは続けた。——生を営む民たちは、命の選別など命に代えても拒むものだということだ——

 その頃、事務所ではリゲルとジャガーが怒号を飛び交わせていた。
「待遇相談窓口って、あるだろ。そこで言われたんだよ」リゲルは打ち明けた。「“列車の運行が安定すれば、ボーナスもうんと上げやすくなる”って」
 組合員たちに動揺が走った。
「要するに、褒賞が欲しければストライキなんて自粛しろってことですね」書記を務める組合員が言った。
「脅されて職場の同僚を売るなら、何のための組合だ」ジャガーはリゲルを一喝した。「そもそも、なんで組合を切り崩すための窓口なんかに」
「親父が病気なの、お前も知ってるだろ」リゲルは怒鳴り返した。
「お前こそ、基本給を上げてきたのは組合の闘いだってことを——」
「まず、リゲルが当局(あいて)の策動を隠さず教えてくれた」
 委員長が遮った。
「これ自体が当たり前ではない、一つの決起です。その上で、組合の考え方はジャガーが言ってくれた通り」
「——で、どういうストをやるんだ」リゲルはきまり悪そうに尋ねた。「部分なのか全面なのか、時限なのか全日なのか」
「その話は、明日にしませんか」委員長は提案した。「今日はもう、遅いですし。確かに戦術次第でハードルも変わってきますが、まずは【組合として処分阻止の行動をとる】ということ。その方針を固めなければ、何も始まりません」

Part 4

 ゼノンもリゲルも腹を決め、組合は終日の全面ストを決断した。
 ゼノンが日々、出勤する営業所の前には、スト破りの行く手を阻むためにスト期日の前夜から組合員たちが陣取っていた。
 案の定、未明に数名の職員たちが制服姿でやって来た。
「全員、見ない顔だ」ゼノンは組合員(なかま)たちに告げた。「間違いない。スト破りが来たぞ」
「そこをどきなさい」スト破りの職員らは委員長やジャガーに迫り、声を荒げた。「君たちには、インフラを任されている自覚があるのか」
「自覚があるから、立ち上がっている」ジャガーは訴えた。「処分は見せしめだ。お前たちにも、他人事じゃないんだぞ」
 程なくして、スト破りの後方に控えていたリーダー格の職員が口笛を吹いた。次の瞬間、厳めしい身なりの男たちがぞろぞろと押し問答の現場に割り込んできた。
「近所の者(もん)なんだがな。ちっと、静かにしてくれんか」その一言から間髪を入れずに、男たちは組合員たちに殴り掛かった。組合員たちは額や口から血を流しながら、ゼノンを全力で庇った。
「お前。チンピラどもに、合図しただろ」リゲルは奥に控える職員を指弾した。「これが、鉄道当局のやり方か。おい、何とか言え」

 乱闘のどさくさに紛れて、ゼノンは営業所の中に隠れ、懐から石片を取り出した。
「これは、どう使うんだ」ゼノンは掌中の石片に問い掛けた。
 すると、声の代わりに映像がゼノンの意識に流れ込んできた。ゼノンは見せられた映像に倣って、湾曲した石片を口元に当てた。
 ゼノンの体は鮮烈な光に包まれ、やがて営業所の玄関から移動(テレポート)した。

 激闘が続く営業所の敷地を、未明の空から眩い閃光が照らした。光の中から銀色の巨人が現れ、その場にいた全員の視線を引き付けた。
 巨人は組合員と襲撃者たちを見下ろし、輝く両目から念波を放った。襲撃者たちはたちまち浮かび上がり、巨人が斜め上に首を振った瞬間、空の彼方へ放り出されてしまった。
「あれ、『ビーク』じゃないですか」スト破りの職員の一人が、震え声で上司に話しかけた。「ほら、フォルティチュード神話の」
「どこの星だ、それ」上司も顔面蒼白で、既にスト破りどころではなかった。
 早朝の空が明るみ始めた頃、巨人は暁光に溶け込むかのように姿を消した。
《街宣隊、そろそろ小休止に入ります》駅前の広場に展開していた仲間から、委員長の端末に連絡が入った。《通勤客の反応は、上々ですよ》
「お疲れ様です」額の汗を拭いながら、委員長は応じた。「此方も、ひと段落しました。交代が必要なら、いつでも言ってください」

 かくして、ストライキは貫徹された。
 ゼノンには、1か月の減給処分が下された。死亡事故の“けじめ”としては異例の軽さであることから、組合はストライキの勝利として総括した。一方、スト破りに失敗した職員たちは、“反社会的勢力との交際”——もちろん、実際には彼らの独断ではない——を理由に停職処分を受けた。
「あれが、ビークの真の姿か」
 組合事務所の屋上で、ゼノンは石片を握りしめた。
「とんでもない覆面(マスク)を、手に入れてしまった」

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