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私たちは、“変革者 - CHANGERS -”:Socio Changers #2

《ピピッ》
 上映装置(プロジェクター)のロックボタンが押されると、空中に映し出された像はその位置に固定された。
「前進!」
 “コバルト”と“ビリジアン”——2人の学生は、固定された映像に向かって駆け出した。映像をくぐった2人の体は、瞬時にヘルメットや胸当てといった装備を纏った。
「へ、変身?」守衛は仰天した。「今、“変身”、つったのか」
「今から起きることは、我々(こっち)の落ち度じゃない」ビリジアン色の装甲に身を包んだ学生が守衛に告げると、コバルトブルーを纏った女子学生が棍棒を振りかざして閉ざされた門に突進した。「守衛(あんた)が、学生の命を優先しなかった結果だ」

「死にたく……ない」
 “マゼンタ”——締め上げられた学生は、食いしばる歯を鋭く伸ばし、やがて青年と同じように全身を変化させた。
「ま、マゼンタ?」“シアン”——もう1人の学生は、相方までもが変身してしまった空前の事態に呆然とした。
「何」青年が見せた一瞬の隙を突いて、学生は青年の鳩尾に蹴りを入れ、首を絞めていた手を振り払って着地した。
「え?」
「まさか」
 武装した2人が門を破壊して広場に駆け付けた頃には、彼らの知る“マゼンタ”の姿はなく、2体の怪異が睨み合っていた。
「シアン!」“ビリジアン”は腰を抜かした仲間に駆け寄った。「あれは、マゼンタなのか」
“シアン”は口も利けず、ただ何度も頷いた。
「とにかく、離脱しなきゃ」“コバルト”は叫んだ。「公安や機動隊だけで済むわけない。マゼンタの防衛が最優先」
 “コバルト”は“マゼンタ”を、“ビリジアン”は“シアン”を脇に抱え、先ほど破った門の方へ急いだ。
「待て。逃がすか」青年は変わり果てた姿のまま、4人の後を追った。
「何。今の」
「街宣の演出……では、ないよね」
 広場に居合わせた学生や教職員は、見たこともない怪物やパワードスーツが繰り広げた一幕に混乱するばかりだった。

「さすがに、撒けたかな」
 4人が路地裏に逃げ込んだ頃には、“マゼンタ”の姿は元に戻っていた——但し、八つ裂きになった上衣までは戻らなかったが。
「しつこかったな。身体能力も、上がっているようだったし」
 装備を纏った2人は、息を切らしながら装置(デバイス)のボタンを押した。
《Eject》それぞれの装備は、まるで映像がズームアウトするかのように消え、“コバルト”と“ビリジアン”の2人は汗にまみれた素顔をあらわにした。
「2人も、あるのか。あんな風に、なったこと」“シアン”が震え声で尋ねた。
「まさか」“コバルト”は首を横に振った。「装備(ギア)は“変異”体質に依存してるっていうけど、生身で変身なんて聞いたこともない」
「まずは、瀧川先生に報告だな」“ビリジアン”は言った。「マゼンタの体も、診てもらわないと」
「マゼンタ、気分はどう?」“シアン”は声をかけた。
「疲れた……」“マゼンタ”は掠れ声で答えた。「ひたすら、疲れた」

「俺は、何をしていたんだ」
 4人を追う青年も、豹変する前の肉体で街中をふらついていた。
「うそ。露出狂?」
「しっ。声が大きいよ」
 すれ違う人々は、虚ろな目で彷徨う上裸の青年を一様に気味悪がった。
 俄かに、激しい雨が降り出した。
「確か、大学で街宣してる連中がいて……」それまでの酷暑と、浴びせ掛けられる雨水に体力を奪われ、青年は道端に倒れ込んだ。
 横たわって気を失った青年に、傘を差した背広姿の男が駆け寄った。
「もしもし、大丈夫ですか——」男は青年の顔を覗き込むと、その額が“変異”していることに気付いた。

「火元将征(ひのもと・まさゆき)内閣総理大臣より激励のお言葉を頂きます」
 警察庁舎に大勢の記者を集めて開催されているのは、警視庁公安部が新たに発足させた精鋭部隊の任命式だ。
「一方では“変異体”に対するヘイトクライムが、他方では彼らの“人権”を標榜する過激派が活発化していることは、周知の通りであります」火元は力説した。「すでに国民の間でも、治安の悪化に対する不安が拡大しております。ゆえに、この未曽有の国難に立ち向かう諸君には、いかなる制約も課せられてはならないのです」
——総理の仰る通りだ——
 身の引き締まる——人民抑圧の尖兵なりに——思いで首相の演説(アジテーション)に傾聴しているのは、赤いラインの入ったユニフォームに身を包んだ男だ。
「また、左翼の新聞なんかは“税金の無駄遣い”とかって書くんだろうな」
「そのくせ、テロが起きた途端に“暴力は許されない”ですからね」
囁き合う2人のユニフォームは、それぞれ山吹色と青緑色のラインで彩られていた。
「おい。私語は慎め」赤いラインの男に窘められて、2人は口を閉ざした。

 本郷大学附属病院。4人の学生は、駐車場に停まっている白いワゴンに向かった。“コバルト”がシリンダーキーで後部ドアを解錠すると、学生たちは順に中へ入っていった。
 ありふれた車体はカモフラージュで、扉の奥にあるのは秘密の地下道だ。その隠し通路は、病院の地下室——これまた隠し部屋——に繋がっている。
 鉄の扉の前にたどり着くと、“ビリジアン”は小さなボタンを押して呼び鈴を鳴らした。
「はい、はい。今日は、忙しいな」呼び鈴を聞いて、白衣の男は防犯カメラの映像を確認した。
 室内には数台の病床(ベッド)があり、その一つで“変異体”の青年が眠っていた。白衣の男は、雨の中で行き倒れた青年を助けた人物だった。

「先生。そいつは、一体」
 学生たちは隠し部屋に入るなり、驚愕した。“マゼンタ”を襲った張本人が、ベッドに横たわっていたのだから。
「ほっとくわけにもいかないでしょう」“先生”と呼ばれた男——瀧川秀樹(たきがわ・ひでき)は大らかに答えた。「それより、どうしたの。マゼンタは」
「そいつが、俺を……」“マゼンタ”は“シアン”の肩を借りてぐったりしたまま、右腕を持ち上げて青年を指差した。
「ええ?」瀧川も驚いた。「とにかく、容態を診せて。話はそれからだ」

「変身、か。にわかには信じがたいが……」
 学生たちと瀧川の話し声で、ベッドに横たわった青年は目を覚ました。
「しかし、倒れていた彼に比べてもマゼンタの消耗は激しいな」
「変身の影響には、個人差があるんでしょうか」“コバルト”は言った。
「そういえば、ギアの負荷もマゼンタには高すぎるって」“ビリジアン”は想起した。
「おい。何だ、ここは」
 青年は目をこすりながら体を起こし、無愛想に尋ねた。
「こいつ」“シアン”は憤った。「人を襲った上に、助けられた身で」
「襲った?」青年は眉を顰めた。「お前ら、あの不届き者の仲間か」
「言わせておけば……」青年の隣のベッドで寝ていた“マゼンタ”が、憎悪の声を振り絞った。
「落ち着け。君は絶対安静だ」瀧川は“マゼンタ”を窘めた。「それに、シアンの話を聞く限り、君が失礼なことを言ったのは否定できない」
「また、そうやって梯子を外すのか」“マゼンタ”は“シアン”を睨み付けた。
「色で呼び合ってるのか」青年は訝った。「不気味な奴らだ」
「権力から仲間を守るためのコードネーム」“コバルト”は説明した。「私たちは、“変革者 - CHANGERS -”。治安維持法や暴処法なんかで、真っ先に狙い撃ちにされる存在だから」

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