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一所懸命の力

これは約7年前の話。

前職が渋谷のクロスタワーというビルに入っていたので
現在ヒカリエのある場所を通って通勤していた。

その周辺に居酒屋さんが並んでいて、
よく仕事終わりに「一杯行こうか」と
誰かしらと飲みに行っていた。
串カツ屋もあったし、たこ焼き屋もあった。
中華のお店では、ガソリンのようなレモンサワーが出てくる
非常に面白い界隈だった。

その中の一つの海鮮居酒屋。

「ごチューもんはナニにされますか?」

ある日、同僚、先輩、上司12,3人と一緒にその居酒屋へ行くと、
片言の日本語で注文をとりにやってきたのがサンデーだった。
胸ポケットの上に名札がついていた。

何曜日にその源氏名が決まったかは聞かなかったが、
のちにフィリピン出身と聞く。

笑顔が素敵で、真面目な印象を受けた。
その日が働き始めてすぐだったらしいがもろに緊張感が伝わってきた。
これから受け取る注文というサーブを絶対レシーブするぞという意気込みを
メモを持つ手から感じる。

その日は全員男子で悪乗りも手伝って、がやがやして注文が決まらない。

サンデー「さンマのシオやきはいカガですか?」

きっとおすすめのメニューとして
勧めることを教わったのだろう。
別紙の限定メニューをぎこちなく取り出した。
その気持ちは汲んでみんなに訊いてみた。

がやがや陣A(あんぼ)「いいねーさんまの塩焼き。どうよーみんな?」
がやがや陣B「あ、いんじゃないですか。季節的に、さんまの塩焼き」
がやがや陣C「さんまの塩焼きかー、久しぶりだな」
がやがや陣D「あんぼさんがさんまの塩焼き要るかって訊いてるぞー」
がやがや陣E「あ、僕はいいです、さんまの塩焼き」
がやがや陣F「さんまの塩焼き、、、あ、すみません、私もいいです」
         ・
         ・
         ・
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一通り、聞き終わって「じゃあ、さんまの塩焼き、いっちゃいましょう」
と曖昧に言った私が罪を犯していたことをのちに知ることになる。
注文したかったのは私を含めて4人。

「ありがトウございマース!」

サンデーのとびっきりの笑顔。

その他、卵焼きや焼き鳥の盛り合わせなど料理を注文して
再度、宴会席はがやがや雰囲気に飲まれた。

しばらくして

「おマタセしましたー」

と、元気よくサンデーが戻ってきた。
別のスタッフ2名と一緒に。

なんと3人の両手のお盆の上はさんまの塩焼きがぎっしり。

『ん?なんか多いな』

数えてみたら15皿あった。
一同はにかむような不思議な笑い。

「あれ?こんなに頼みましたっけ?」とがやがや陣Dが訊くと

「ハイ、ここにめモしてあります。」

とオーダーを取った伝票を見せてくれた。

✔マークがSanmaと書かれた文字の横に
これでもかというくらいついていた。

気づいてしまった。

『そうか、一所懸命にメモしていたのは誰かが「さんまの塩焼き」と発言した度に✔マークを入れていたのか。。。』

店長さんが「もし間違っていたら下げます」と謝罪してきたが、
私が数を言わなかったのも悪い。

さらに言うと、みんな初対面のサンデーの熱意に負けて

「面白い!!全員で食べよう!」

となった。

どっとみんなで笑えて楽しかったので
常識破りの注文になってしまったことなどどうでもよかった。

ちゃんと注文をとるぞ!というサンデーの心意気
その一所懸命さ、誠実さに全員が胸を打たれた。

都市開発が進み、様変わりが激しい渋谷だが
私にとってはその居酒屋とサンデーの存在が一番気になる渋谷である。

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