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SS【懇談会】


冷たい雨の降る師走の朝、ぼくは懇談会に出席するため、娘と高校へやってきた。

三年生ということもあり、毎度おなじみになった成績表を見ての反省会は手みじかにして、進路の話がメインである。


方向音痴のぼくは、何度来ても生徒用の玄関から教室までのルートに違和感を覚える。

教室にたどり着くまでに通る広めの中庭が原因かもしれない。


玄関でスリッパに履き替え、脱いだ靴をどこに置こうか迷っているうちに、スタスタと足早で先に行く娘。

靴を下駄箱の上に乗せてから、見る見る遠くなっていく娘の背中を追いかける。

陽の当たる中庭を抜けると、その先は薄暗くなっていて娘は左に曲がったように見えた。

後を追って左に曲がると通路は二手に分かれている。

一方は長い廊下が真っすぐと伸び、もう一方は階段になっている。階段は下にも上にも伸びていた。

廊下に娘の姿が見えなかったので、ぼくは階段を昇り始めた。

しかし踊り場の少し前くらいに、養生テープで簡易的な柵がしてあり、(この先立ち入り禁止)の張り紙がしてある。


ぼくは不思議に思いつつも地下への階段を降りていった。

先ほどまで感じていた肌寒さが和らぎ、代わりに生暖かい空気が身体を包む。


どこかから獣の雄叫びが聞こえてきた。

おそらく生徒がふざけているのだろう。

階段を降りた先は照明も窓もなく異常に暗い。

ぼくはポーチから、仕事で使っている手のひらに収まる小さなライトを取り出し、通路の先を照らした。

すると前方で「遅い遅い」とでも言うように笑顔で手招きしている娘の姿が照らし出された。

途中、いくつもの真っ暗な教室を通り過ぎた。

ぼくは気になって教室の方にライトを向けると、中から「ガタッ」と音がして「アアアアアアア」という呻き声が聞こえてきた。

ぼくは足早に通路を進んだ。

しかし、その声に共鳴するかのように、あちらこちらから呻き声が聞こえ始める。

恐怖で立ちすくむぼくに背後から何かが迫ってくる。

ライトを照らすと呻き声は威嚇するような叫び声に変わった。

地獄の蓋を開けてしまったかのようなおぞましい声を発しながら、人型の何かがゆっくりと近づいてくる。

ある者はちぎれかけた足を引きずり、ある者は目玉とハラワタをぶら下げ歩いてくる。

気がつけば退路を断たれ、ぼくはライトを照らしながら通路の先へと急いだ。


通路の突き当たりの教室だけ照明が点いており、中に娘と担任の女の先生の姿が見えた。前には黒板、後ろにはロッカーがあり、廊下側にしか窓は無い。

ぼくは教室に入り「ここは、いや、あの者たちは一体なんなんですか?」と先生に問うと、先生は真顔でこう答えた。

「問題を起こした生徒とその親の成れの果てですよ」

先生はそう言うと見る見るうちに姿を変えた。元々背の高い先生ではあったが、今やもう少しで天井に頭が届きそうになり、目は真っ赤に充血し、皮膚はみずみずしさを失った。

娘は動揺した様子もなく、巨大化した先生を見てゲラゲラと笑っている。

「狂ってる」

ぼくは思った。

先生は壁にかかっていた百キロはありそうな巨大な斧を手に取り、ぼくに向かって横から大きく振り回した。

「ウワアアアアアーー!!」と悲鳴を上げ逃げ出すぼくの身体に計り知れない衝撃が襲う。

ぼくの上半身と下半身は完全に分離され目の前は真っ暗になっていく。




暗闇のどこか遠くから声が聞こえてきて、その声は徐々に近くなってくる。



「小林さん!! 終わりましたよ。起きてください」

そこでぼくは目が覚めた。

「次の方も待たれていますので、もう帰って休まれてください。何か心配事などありましたらいつでもご連絡くださいね。お疲れ様でした」


風邪気味なのと仕事の疲れがたまっている所に睡眠不足も重なって、懇談会中にぐっすりと眠ってしまっていた。そういえば椅子に座ってから記憶が無い。暖房の効いた暖かい教室に入り、一気に眠気が襲ってきたようだ。


廊下に出ると急に気温が下がった。先生は「ありがとうございました」と言って深々と頭を下げられていた。

それは今年最後の懇談会だったからなのか、あるいは二度と来ないで下さいという願いからなのか、ぼくには分からなかった。



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