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n回目の自分の日記の始まり

 今回は私の体験による、かなり主観的な内容です。うろ覚えなところもあるので、時代背景が違うよって方は心の中で異を唱えて下さい(すみません……)

 私が初めて自分の日記を書いて公開したのは、まだ個人サイトを持っていた頃です。もう20年以上前の記憶であやふやなところもあるのですが、2003年にはHTMLで日記を書いて、マメにホームページを更新していたように思います。
 インターネットが普及してきた2000年〜2003年ぐらいは、個人の日記というwebコンテンツはあまり歓迎されなかった。その頃の日本のインターネットは主に情報の共有や、何かしらのファン同士がイラストを発表したり掲示板でおしゃべりをして楽しむ場所だった。
 それに対して、日記という個人の生活や心の中から抽出された純度100%の壁打ちは見慣れなさもあって、不快な生々しさを覚える人も少なくなかった。
 よく見かけた内容は、恋人ができた、仕事で疲れた、買い物をした、恋人と別れた、夜に虚しさを感じる、他のサイトがムカつく、などなど…………。感情だけがひたすら書き連ねられるインターネット上の日記は、まるで誰の得にもならない感情のゴミ箱のように、敬遠されることもあった。人気があるコンテンツは掲示板とイラストだった。日記とはまた別に、テキストサイトというのもあってとても人気がありました。『侍魂』『ちゆ12歳』などが有名です。これらは現代の概念で誰にでも分かるようにざっくりと言うと、ブログやnoteのようなサイトということになるのかな。
 閑話休題。そんな風に、個人の心の中で渦巻く思いがアウトプットされていたインターネット上の日記は、ある時を境に明るい社交的なものとなりました。
 mixiというSNSのサービスが始まった。初期のmixiユーザーはオタクがほとんどで、思っていること・自分が見つけた面白い物事・その日の出来事を、誰でも楽しめるような文章で書き始めました。当時のmixiは、コミュニティ機能という掲示板のようなものと日記がメインコンテンツなので、他のユーザーに自分がどういう者なのかをわかってもらうためには、日記に力を入れる必要がありました。もちろん、日記に関心ないユーザーや日記を書くのが苦手なユーザーもいますが、一人ひとりが自分の日記を書くのが当たり前という環境になったわけです。
 その影響なのか、薄暗かった個人サイトの日記は急に減っていきました。ないことはないのですが、SNSの面白さを知った人が急増し、他のサイトを見なくなりがちでした。やがてブログサービスが始まると、インターネットの日記はいよいよ個人の中で完結するものではなくなりました。
 私もかつては個人サイトを持っていて、HTMLで編集して日記を書いていました。あまり覚えてないのですが、旅行記やゲームの感想、初雪が降ったことなどを書いた。そのうちHTMLで日記を書くことに限界を感じて忍者ブログを始めて、blogspotなどを経て、ついに今年からnoteを始めました。
 note自体は6〜7年ぐらい前に著名人のツイートで知ったのですが、途中から有料にしているのを見て「素人にはハードルが高いな……」と感じました。例えるなら、無料のコンテンツがほぼ無いFanboxのような印象を受けたんです。課金用かな……と思っていました。
 ところがいつの間にかnoteのユーザーは増えて、つぶやきや動画など幅広いコンテンツが発信できるようになっていた。これは非常に面白そう、いや面白い!blogspotで(北米基準だからなのか)ゲームやアニメの感想を書いただけなのに度々警告を受けた傷心にnoteが効いています。ここでなら、またやっていけるかもしれない!

 私は自分が面白い記事ばかり書けるとは思っていないけれど、少しでも誰かの何かのためになれれば最高に嬉しいです。自分のためにも書いていきたい。
 そう思いながら、かつての自分のブログの一部をヘッダー画像にして、つれづれなるままに日記を書いた夜でした。あまり推敲してない。