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僕と祖父

僕の祖父に対する記憶は薄いものでした。ただ酷く僕の事を労わっていたのは覚えています。心配性な祖父は僕が少しでも高い所へ登れば降りてくれ。という程でした。
父は東京に出てきたので祖父の実家とは遠かったのであまり会えていませんでした。僕の祖父に関する記憶は前述と祖父の死についてのみでした。
眠るように死んでいる祖父を見て子供ながらに死を意識しました。
葬式の業者が儀式として僕ら遺族に少し縄で唇をさすってあげて欲しいといわれました。
正直な所僕は拒否してしまいたかった。死に対する恐怖があり遺骸に近づくその行為が死に近づくと思ったからです。しかし僕はそこで断るのは無礼だと思い。縄を受け取りそっと祖父の遺骸の唇に縄をさすりました。
何とも言えない感情が襲ってきました。ふと立ち上がって僕を驚かすんじゃないか?ひょっとして生きているんじゃないか?そんなあるはずもない直感は触覚により消し飛びました。そこにあるのは祖父の亡骸以外の何物でもなかったからです。
それ以外の事は覚えていません。
ただ勿論祖父を思い出すことはあります。それは最近頻繁にです。祖父はニューギニアに行きました。二十万人もの人々が死んだ過酷な戦場です。
幼い僕はそんな統計は知りもせずただ戦争について聞きたいとずっと思っていました。ただの好奇心かもしれませんが軽い気持ちではなくそこでは何が起き、何が結果になったか、どう生きたか?それが知りたかったのです。
戦争体験について聞くほど僕も失礼な子供ではありませんでした。今でも聞けないと思います。
人間の不幸は測れないと思います。
今この瞬間にもどこかの誰かは殺され犯されあるいは飢餓にあえぎ拷問されているかもしれません。
そんな人々にとって僕の苦しみは微々たるものかもしれませんがそれを比較しようとは思いません。それは苦しんでいる人々への侮辱だと思っているからです。
恐らくは死ぬまでわからないでしょう。
ただ僕は戦争というある種、究極の受難に対して祖父はどう生き、抗ったか?又は受け入れたのか?事の顛末が知りたいのです。
それは僕が今苦しんでいる受難についても少しは通ずる所があると思うからです。

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