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金色の旅路~「黄金旅程」感想

最近、小説を読んでいない、という作家志望としてあるまじき所業に反省し、一冊の本を買った。
その本が、「黄金旅程」だ。

わくわくしながら読み、あっという間に読みきってしまった。
以下、ネタバレを含みつつ感想を述べていきたい。


馬とともに生きる人たち、その喜びと葛藤


本作の主人公は装蹄師、馬の蹄の管理をする仕事をしている。それ以外にも、生産牧場、馬主、調教師、騎手、獣医――――――と競走馬にかかわる人たちが物語を彩っている。
サラブレッドが生まれ、無事競走馬となるまでにどれだけの人がかかわり、そしてそこに至る過程で命を落とすこともある、という現実を淡々と、けれども目を背けず描いている。そしてその先、競走馬としての生涯を終えた馬の、多くの馬の行き先も。過去には、重賞、GIまで勝ったにもかかわらず、行方知れずとなってしまった馬も少なくない。
現在でこそ引退馬協会などが平穏な余生を送れるよう尽力しているが、それでも救えるのはほんの一握りだ。
わたしも微力ながら、ナイスネイチャのバースデードネーションに寄付した。来年以降も継続して行っていくつもりである。
本作の主人公も、装蹄師をしながらひょんなことから継いだ牧場で、引退馬を繋養している。頑張ってきた馬たちの、たった一頭でも平穏な余生が送れるようにと。
そんなほの暗い事情と同時に、そのサラブレッドに夢を乗せる人たち、夢かない喜ぶ姿もまた描かれている。
レースに勝つ、重賞に勝つ、GIに勝つ――――――どれも簡単なことではない。だからこそ、かなった時その喜びは大きいのだ。
そういう人の感情もまた、黄金旅程を彩るのだろう。

輝いたままで

この本に興味を持ったのは、本作が「ステイゴールドをモデルにした競走馬にかかわる人々を描く」というふうに宣伝されていた、というのが大きい。
ステイゴールドは、昨今ではオルフェーヴルやゴールドシップの父、としての方が有名かもしれない。
わたしはウマ娘から競馬の世界に興味を持ったので、当然彼の現役時代を知らない。存在を知った時、彼はすでに虹の橋を渡っていた。
だが、彼を知ろうと調べていくと、そんなことある!?と笑いたくなるものもあれば、嘘だろ……と真顔になりかけた話がぽろぽろとネットの海に漂っている。しかしそういうところも含めてJRAのヒーロー列伝の言葉を借りれば、「愛さずにはいられない」馬だったのは間違いないだろう。
エゴンウレアは、毛色こそ黒鹿毛だったステイゴールドと異なる尾花栗毛だが(ビジュアルのモデルは伯父のサッカーボーイだろうか)「肉をやったら喰うのでは」と言わしめるほどの気性の粗さ、斜行癖、牡馬としては小柄な体躯など、ある程度競馬に詳しい人なら「ああ、ステイゴールドだわ」と思うであろう。
また、某社の運営する牧場で生産されたステイゴールドと異なり、日高の牧場生まれという出生は、産駒のゴールドシップを彷彿させる。ただ、舞台となる年代はステイゴールドが活躍した90年代後半~00年代ではなく、現代(2017年ごろ)となっている。そのため、彼のライバル馬だった馬はほとんど出てこない。※話の舞台が北海道浦河の馬産地メインなので、仕方のないことであるが。
とはいえ、ステイゴールドにもこうやってたくさんの人がかかわり、彼を愛し彼を信じた人が大勢いたのだろう。そう思いをはせた。
エゴンウレアの行く先については、ぜひ本編を読んでいただきたい。事前に、ステイゴールドの簡単な経歴を踏まえたうえで。

時代の証言

本作では、北海道胆振東部地震についても触れられている。
農家の人たちの状況は、本作を読む前に荒川弘氏作の百姓貴族でも
触れられていたので、おおよそ大変であろうことは推測できた。

その時代の北海道をかく以上、避けては通れぬことなのだが、わたしは「よくぞ書いてくれた」と思った。
話が若干それるが、ドラマで主人公が東日本大震災での被災経験がある(ないしは東日本大震災を体験する)という描写が出た際に、「震災を軽んじている」という批判を目にしたことがある。
わたしはどちらの地震でも「当事者」ではない。遠く離れた地で、ニュースを見てひっくり返った「傍観者」の立場だ。
なので、軽んじてるかどうかについては判断できない。ただ、こういった震災の事例を、軽く扱う創作者は居ないと思う。そんなことが冒涜であることは、扱う当人がよくわかっているだろう。
そして創作物できちんとそういった災害を描くのは、後世で21世紀初頭の状況を調べるのに、大いに役立つことになると思っている。
わたしが、はだしのゲンで原爆の恐ろしさを知ったように。
歴史は乾いてから語るべき、という論もわかるが、乾いてからでは遅いこともある。リアルを書き残すこと、それものちに生きる人たちの教訓となると思う。
本作に関しては、この地震を描く必要性はそこまでなかったはずだ。(例えばステイゴールドが活躍した時代にすれば、そのあたりは描く理由がない)
だが、平成末期の日本、北海道をリアルに描くには、その地震は避けられなかった。その意気込みが筆致から感じられた。

Their journey will continue.

競馬とは、ある種人間の業を詰め込んだようなものだ。
だが、その業を塗り替えるほど、ターフをかける競走馬は美しい。その美しさに、人はどうしても夢を見る。
モデルとなったステイゴールドはすでに亡くなっている。だが彼はドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル、ゴールドシップ、オジュウチョウサンなど、数々の個性的なチャンピオンホースを輩出した。
そしてその多くは種牡馬、繁殖牝馬となってその血を伝えている。
特に今年のオークスではゴールドシップ産駒のユーバーレーベンが純白の桜花賞馬・ソダシを破り、樫の女王に輝いた。
ユーバーレーベンの馬名は、ドイツ語で「生き残る」という意味。どういう意図で名付けられたかはわからないが、ステイゴールドが英語で「輝いたままで」であることを踏まえたネーミングなのでは、と推測される。
孫世代が現役で活躍し、さらにひ孫世代も生まれている。ステイゴールドの名を刻む競走馬は、これからも増えていくのだろう。
輝いたままで、と名付けられた馬の旅路は、その子、孫へと繋がってゆく。そして競走馬にかかわる人たちの挑戦もまた、血や縁で続いてゆく。
その旅路は金色のまま、どこまでも続いてゆくのだ。
その夢を託された、エゴンウレアもまた同じように。

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