【劇場版『冴えない彼女の育てかた Fine』】取り返すことのできない未来

何かを選択するとは、ほかのものを捨て去るということだ。
自販機のジュースや週末の過ごし方、学校や職場、結婚相手すら、一つとして例外はない。
たとえ、次々と選び取り続けたとしても、もれなく候補を自分の手にはできない。

紅坂朱音は、かなり強引な手段で「blessing software」から英梨々と詩羽を引き抜く。
人気シリーズのゲーム『フィールズ・クロニクル』の最新作の制作に、彼女達をたずさわせるためだ。
二人は、それぞれイラストレーターとシナリオライターとして朱音の下で働くことになった。
ここまでは、アニメ第二期の終盤での出来事である。

本作において、その朱音が脳梗塞で倒れる。
そのとき、偶然にも倫也の名刺を持っていたことから、彼のもとに連絡が入る。

英梨々と詩羽の『フィールズ・クロニクル』に関する作業は、朱音がいっさいの管理をおこなっていた。
すでに、朱音は自身の漫画家としての知名度と実力とをたてにして、納期を複数回にわたり引き延ばしていた。
それは創作に対する彼女のこだわりだった。
スケジュールは遅延を重ね、いつ破綻してもおかしくないところまできていた。

朱音の信頼の篤かった伊織が制作会社と交渉する。
けっきょく、当初の内容を変更し、提出された作品だけで『フィールズ・クロニクル』を仕上げることで決着した。
それは、英梨々や詩羽にとっては有利な結果である。
元々の契約通り、彼女達はゲームに必要な素材を十分に提供した。
報酬も満額が支払われる。

しかし、その結論は単なる妥協にすぎなかった。
クリエーターとして、英梨々と詩羽は満足できない。
自身で納得できるものを完成させるには、さらに締め切りを延ばしてもらうほかない。
だが、彼女達には朱音ほどのスキルも知名度もなかった。
これまでの延長は、朱音だからこそ実現できたことであった。

そこで、二人は思いつく。
自分達の才能を、もっとも理解し信頼している人物に、制作会社に掛け合ってもらう。
彼の熱意であれば、先方をも説き伏せることができる。
その人こそが倫也だった。

ところが、彼は「blessing software」の主催として、新作を鋭意制作中である。
英梨々と詩羽のためには、そこからいったん離れてこちらを担当してもらわなければならない。
詩羽は勘づく。
そうなれば、自分と英利梨の想いは決して叶わなくなってしまう。

すでにアニメ第二期の時点で、恵の中には倫也に対する好意が芽生えていた。
ゲームでいえば、フラグが立っていた。
一時でも彼が「blessing software」を抜ければ、二人の距離は遠ざかる。
恵は制作会社のある大阪へと向かう倫也の目の前で、受け入れられないと涙を流す。

この離別は、むしろ倫也にとって重要なきっかけとなる。
恵と会えない彼は、朱音に持ち味だと評された、読み上げるのも恥ずかしいオタク丸出しの怪文書を作ってしまう。
そして、その内容をメインヒロインのシナリオに組みこむことをひらめく。

倫也には、あまりにも斬新で驚愕の発想だった。
恵への想いは、恋愛ゲームの主人公がヒロインに抱くものと等しかった。
つまり、倫也は恵を好きだったのである。

このシリーズの物語は、全編を通じてかなり親切だ。
劇場版の終盤では、「ふつう」という単語をよく耳にするようになる。
まず、詩羽が恵のことを表現するときに登場する。
それから告白の際、倫也が恵の印象として持ち出してくる。
彼女本人も、英梨々との一緒の入浴で、倫也の言葉を借りる形で発する。

そのことが本当かどうかは別に問題でない。
気持ち悪い発言を聞いてドン引きすることはあっても、それで倫也を見限ることは一度もなかった。
アニメ第二期ですれ違ったが、なんだかんだで寄り添ってくれた。
そういった自分を、恵は「ふつうじゃない女の子」と英梨々に話す。

大事なのは、倫也からして”ふつう”だったという点だ。
幼馴染や先輩、委員長、親戚、妹といった属性は何もなかった。
ツンデレでもなければ、積極的に誘惑してくるわけでもなかった。
何らかの素質や特技を持ち合わせている様子もない。
英梨々と詩羽は、その真逆に位置していた。

オタクの価値観における恋愛は、実は一般の意味とはちょっとずれている。
とあるアイドルや声優の熱烈なファンがいたとする。
CDを必ず買い、プロフィールもくまなく暗記している。
テレビやラジオの番組もすべてチェックし、ライブにも通い詰める。
知識の量も、つぎこんだお金も莫大なものだ。
それでも、ファンが知るのは、あくまでアイドルとして、声優としての彼女でしかない。
プライベートでは、まったく別の振る舞いをするのかもしれない。
仮にアイドルとしての言動がその本性からだとしても、ファンの側から事実を確かめるすべはない。

ガチ恋であっても、二次元であってもそれは同じだ。
二次元ならば、その設定や描写に惹かれて好感を抱くようになる。
そこに制作者の意図は関係ない。
ファンでもオタクでも呼び方はどちらでもよい。
彼らはアイドルとして、声優として、キャラクターとしての相手に恋をしているのである。

ときおりアイドルや声優の交際が発覚して、おびただしい非難が殺到する。
公式の設定が認められずに、すさまじく叩かれもする。
その怒りの本質は、彼女達に抱いたイメージから、実像が逸脱してしまったところにある。
アイドルや声優として仕事をする以上、誰かだけの特別な存在となってはならない。
家族にしろ、男性とのかかわりが意識されることは許されない。
そういった幻想を打ち壊されたからこそ、いきどおり、ネット上に罵詈雑言を書き散らす。

だから、よく見かける「本気で結ばれると信じているのか」との煽りは適当でない。
結婚が目的なのではなく、そのきらめきに魅せられて追っかけをしているのだ。
もちろんできるならするだろうが、一種の究極のおまけにすぎない。

倫也と英梨々や詩羽との間は、オタク達とアイドルや声優とのものよりも、もっと近い。
けれども、その結びつきは変わらない。
詩羽が口にしたように、たしかに彼は二人に恋をしていた。
が、その目には映っていたのは、柏木エリと霞詩子だった。
倫也のオタクとしての感覚が、自身の大好きなものを具現する彼女達の能力に鈍いはずがなかった。

「blessing software」を立ち上げた段階で、英梨々も詩羽もクリエイターとして彼の先をいっていた。
倫也も歩きはじめたが、進み続ける彼女達との差は開いたままだった。
もし、もう少しの時間と彼の協力があれば、二人は全力をそそぎこんで、必ず最高の作品を創ることができる。
英梨々と詩羽、倫也とのへだたりはますます広がっていく。

過去、詩羽には経験があった。
『恋するメトロノーム』の最終巻にありったけの個人の感情を盛りこんで、誰よりも早く倫也に読ませた。
作家と読者の立場を超えて、彼の中にいっそう深く踏み入りたかった。
だが、倫也はそれを拒んだ。
詩羽と付き合うことで、霞詩子への恋を諦めたくはなかった。

英梨々と詩羽の決断は、その再現にちがいなかった。
詩羽の説明を聞いた英梨々にも、分かってしまう。
二人は創作と恋、両方の未来の可能性を天秤にかけていた。
ゲームでも現実でも、選ばなかったほうは、取り返すことができなくなる。

私が本作を観たその日、ほぼ二時間を他のものについやすことを放棄した。
しかし、英梨々と詩羽の場合は、その何百倍も重大だった。
二人の覚悟は朱音にも匹敵する。
いざとなれば恋すらも振り切る柏木エリと霞詩子の情熱に、倫也は魅了されていた。

オタクとはそういったものだ。
これは、自身もそうである私がいうのだから、まちがえない。

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