奄美の村留学が教えてくれたこと/たいちゃんのLife Story
たいちゃんこと、林泰輝くん(22)は今年4月、大学を卒業して社会人になった。3月、周囲が学生生活の最後を楽しむなか、彼は卒業旅行ではなく「村留学」に行くことを決めた。
たいちゃんが村留学を終えた後、主催者であるひろさんに宛てて送られた1通のメッセージ。そこに綴られた言葉の力強さに、偶然、インスタグラムの投稿で目にした喜多桜子さんは感動した。そして、知りたくなった。
「たった9日間で、どうしたらこんなにも人が変われるのか?」
たいちゃんの村留学9日間の変化を、軌跡を、桜子さんと筆者(廣田彩乃)、2人が取材した。
まだ知らない「自分」と出会いに、村留学へ
桜子:たいちゃんは、なんで公務員に就職が決まっている3月のタイミングで村留学をしようと思ったの?
たいちゃん:僕は、ずっと両親から言われていたこともあって「将来は公務員になる」って高3の段階で決めていて。
桜子:そんな早くに進路を!?すごい、歌舞伎役者みたいだね。
たいちゃん:(笑)でも、実際に決まって就活から解放された時、本当にこれでよかったのかなって思ったんです。
それまでは「社会に出たらみんなと一緒の行動をする、社会の歯車になっていく」って、ずっと思ってたんですけど、もっと違う道もあるのかなって。今後、自分がどう生きていきたいのか改めて考えた時に、自分って視野が狭かったんじゃないかって感じたんです。
そしたら、今年の1月くらいに友達から村留学の話を聞いて、その時「就職する前に経験してみたい」ってワクワクして。調べたら、ちょうど3月に奄美大島であるって知って。それで、奄美に行くことに決めました。
桜子:そもそも、村留学のどこに惹かれたの?
たいちゃん:みんなが経験しないことだなって思ったんです。3月って卒業旅行とかで観光地に行く子も多いけど、そっちよりも普段できないことをしたいって思ったから。その時初めて、自分が“自分にない価値観とか人に出会いたい“っていう想いがあることに気付いたんです。
これまでは、自分で興味を持って選択するってあんまりしてこなくて。こんなにワクワクしかしなかったの、今回が初めてだったんです。普段は優柔不断で、心配ごととか不安を先に考えるんですけど、村留学はそういう不安もほどんどなくて「そんなの関係なく、行きたい!」って思って。
桜子:親御さんには?驚かれたでしょう?
たいちゃん:親には絶対心配されると思ったし、でも怒られたとしても行ってやる!って思ってたから、3日前くらいに言いました(笑)「もうちょっとで就職なのに何かあったらどうするの」って心配されたし、「なんでこのタイミング?!」って。でも、もう行くんでって言いきりました(笑)
彩乃:それって、これまでのたいちゃんの姿を考えるとすごく大きな一歩だよね!それくらい心が動いたんだ?
たいちゃん:そうですね。エントリーフォームに、村留学を主催されたひろさんの言葉で「これまで経験したことがないことができる」とか「本来の自分に気付ける空間」と書かれていて。そこに一番惹かれたかもしれないですね。
桜子:実際、行くって申し込んだ後に不安とかはなかったの?
たいちゃん:知らない人との共同生活で、ちゃんと自分はやっていけるのかとか…くらいですかね。コミュニケーションには自信がなかったので。行く直前だけ、いよいよって実感が湧いてきて「本当に大丈夫かな?」ってちょっと不安にはなりましたね(笑)
桜子:分かる!私も旅する前日はドキドキしてる!当日は?楽しみにしてた初日は、どんな1日だったの?
たいちゃん:当日は関西空港まで電車で行って、そこから飛行機で。ひろさんが空港まで迎えに来てくれて、車で家に行って参加者のみんなと初めて会ったんです。
自分を肯定してくれる奄美という場所
彩乃:参加するきかっけになった言葉を書かれていた、ひろさんと会ってみた第一印象は?
たいちゃん:なんか、イケ男だなって思いました。かっこいいなって。あと、すごく言葉が素敵というか。もらった言葉全てが自分にとって貴重すぎるし、勉強になったというか。
桜子:この言葉大事にしたいなとか、特に印象に残っている言葉はある?
たいちゃん:自分の嫌な部分が出た時に「それ、そう思ってても良いんだよ。それ含めて、たいちゃんだから良いんだよ」って肯定してくれたことが嬉しかったし、そんな大人の人がいたんだって、すごく救われましたね。僕のこれからの人生において、すごく大きい財産だなって思ったんです。
桜子:たいちゃんは、これまで自分のことをあまり人に話してこれなかったって言っていたけど、ひろさん達に自己開示できるようになったのはいつからなの?
たいちゃん:初日からだったと思います。礼儀とか思いやりの心はもちろん持ってはいたけど、ここで気を遣ったら自分を遠慮することになるし、本当の自分を出せなくなるなって。そう思える環境をつくってくれたので。
彩乃:慣れてない環境にいると、自分を出すのが怖くて様子見しちゃうけど、そうならなかったのってすごい!
たいちゃん:奄美で過ごした時間って、奄美のいろんな場所に行ったというよりも、ひろさんの家とかで話す時間がすごく長くて。それが1番有難かったし、自分の価値観とか話すと「その感性すごくいいよ」って言ってくれて。じゃあ、全部話したいなって思ったんです。そんな人との出会いは初めてでした。
今までは、自分の気持ちが昨日と今日で変わることも多いのを知っていたから、わざわざ誰かに心の内を話そうとか、言う必要ないなって思ってて。
桜子:きっと、たいちゃんは優しいから「言ったからには責任をとらないと」って、相手がどう思うかを優先して生きてきたんだね。
たいちゃん:確かに、どちらかというと「自分がこうしたい」って言うよりも、相手から良い評価をもらえるだろうなってことを選択してきたし、その方が相手が幸せなら自分は我慢しようって、その繰り返しで。
でも、奄美は違って。自分が幸せでいることを、相手も幸せに感じてくれるというか、自分を犠牲にするのとは違うなって。それをひろさん達と暮らすなかで教えてもらったし、村のみんなからもそう感じて。
桜子:確かに。私も何度か奄美に行ってるけど、ここはすべてが愛で溢れてるよね。空気感とか雰囲気に。そこに嘘がないって感じたから「自分が幸せでいることが、他人の幸せ」って思えたんだね。
たいちゃん:そうなんです。自分に正直というか、嘘がないなって感じたんですよね。例えば、集落の方が「これ見て!可愛いでしょう!」ってその日着ていた服を見せてくれて。その姿が可愛いなって(笑)変な謙遜とかないし、これがしたい!っていうのを我儘ではなく言い合えているっていうか。
人への接し方もそうだし、どんな話も自分の存在を褒めてくれて、肯定してくれて「失敗なんてないよ」ってずっと言ってもらったので、”あ、いいんだ”って思えました。
桜子:それって、すごく大きな気付きだったよね!そうやって体感できたのが本当にすごいよ。
社会の歯車の一部になると思ってた
桜子:奄美でのひろさん達の生活は、たいちゃんにとって”こんな生き方してる大人もいるんだ”って、伝説のポケ◯ンに出会った気分だったよね(笑)
たいちゃん:そうですね。本とかテレビを見て、旅をしたり、ゆったりとした暮らしをしている人がいることは知ってたけど「本当に実在した…!」って思いましたね。
社会に出たら満員電車乗って仕事に行って、自分のプライベートな時間を犠牲にして働く、みたいなことが一般的だし、当然って思ってたんですけど、奄美は全然違って。
桜子:お昼からみんなで一緒に、味噌汁をだしからとって、丁寧に昼食たべたり、庭の手入れしてたりとかね!(笑)たいちゃんにとって、新たな選択肢ができたんじゃない?
たいちゃん:そうですね。結婚とか仕事してたら、自分が本当にしたいことはできなくなるって思ってたけど、両方できるんだって新しい視点ができました。例えば珈琲も。それまでは、珈琲を飲む側だけだったのが、淹れる体験をさせてもらったのが楽しくて。
僕は「自分で作るってことに興味があるんだな」って気付いたり。あと、言葉を書くのも良いなって思ったのでひろさんに想いを綴ったんですけど、あれも自分の中では衝撃で。
彩乃:衝撃?
たいちゃん:今までは、頭で考えるのは好きだったけど、表現するとか興味はなくて。でも、ひろさんが「僕の言葉が良い」って言ってくれて、見たいって言ってくれて。書いてみたら、本心が書けて。その自分にもビックリしたし、もっと自分を知りたいなって思ったんです。
言葉に裏がない“想いのキャッチボール“
彩乃:ひろさんがたいちゃんを「もっと見たい」と言ってくれて、たいちゃんも書きたいと思った。そのお互いが気持ちを受け止めあって、そこから湧いてきた純粋な気持ちが繋がったんだね。
たいちゃん:そうですね。純粋に言ってくれたって分かったから書けたんだと思います。
桜子:やっぱり、伝わるよね。その気持ちって。一緒に過ごしたひろさんだけじゃなくて、私までそれを感じたもん。自分のカッコ悪ささえも見せられるって、強さだと思うんだ。だから余計に感動したんだよね。
でも、今まで”よく思われたい自分”だったら言えなかったことが、なんでこんなにも赤裸々に言えたの?
たいちゃん:下手くそでも自分の想いが伝われば良いなと思って。ひろさんには、自分の本心を知って欲しい、言いたいなって。
だから、伝えて、ひろさんが感動してくれたことが嬉しかったんです。それがあったから、今は、世間体を気にして良い言葉を書くんじゃなくて、自分が幸せになって欲しいなとか、伝えたい人には正直に伝えていきたいな、書いて行きたいなって思いになりました。
自分を見つめられた、奄美の静かな海
桜子:奄美での時間が、今まで出会ったことのなかった自分と出会うきっかけになっていったんだね。
たいちゃん:本当にそう思います。奄美の海って、音がないんです。車の音とか建物の音とかがなくて、本当に自然で。
珈琲持って行って、みんなとはちょっと離れて座って、それぞれが綺麗な海に感動しながら自分がその日思ったことを考えたり。自然のなかにいる「自分」を、すごく感じられました。
島に住んでる同年代の子との出会いも良くて。こういう店を出したいから珈琲を勉強したいんだとか、そのためにカフェでアルバイトしたり、空き家問題を行政に提案したり。自分のこうしたいを純粋にやってて。
自分は、公務員っていう安定してる職業のなかで”選択式で絞った先の結果”だから、真っ直ぐに“これがしたい“っていうのをやってるのが嫉妬したし、自分もそういう世界に生きたいって刺激を受けて。自分でやりたいことをやってみようっていうハードルも低くなった気がします。
桜子:実際に今、純粋にやってみたいこととか、こうしたいって想いとかある?
たいちゃん:それこそ、言葉を書くとかの仕事も憧れますし、場所に捉われない働き方も良いなって。そしたら奄美でも仕事ができるしなって。
彩乃:もともと「自分のやりたいことがない状態」から、村留学に興味を持って行動した先に、また新しい「やりたい」が見つかって。それがどんどん湧いてきやすくなったのも大きな変化だよね!
たいちゃん:本当にそう思います。奄美での経験を通して、新しい世界を知ったのは本当に良かったし、これまでは「知ることで十分」って思ってたけど、今度は自分が挑戦していきたいなって。
桜子:私、挑戦してみたってことが大切だなって思うんだよね。結果が出なくても「向いてなかった」って、自分を知ることができるから、上手くいっても行かなくてもどっちでも良いんだよね。そういうことの繰り返しで、いつかそれが線になってるからさ。
たいちゃん:確かに。これまでは、逃げることがダメだと思ってたけど、ひろさんに「いつでも帰ってきて良いよ」って言ってもらえたんです。失敗してもそこで終了とかじゃなくて、新しいことを初めても良いんだって逃げ道を知れたのも、僕はすごく大きい財産なりましたね。
彩乃:たいちゃんにとって、奄美は安心できる場所なんだね。
たいちゃん:それもあるし、本当の自分を知れる場所にもなりましたね。しんどくなったら、自分がどう生きたいのか迷ったら奄美に帰ってきたら大丈夫って思います。
桜子:まさに、村留学に行く前、最初に惹かれたものをちゃんと持ち帰ってきたね!?
たいちゃん:本当ですね!自分を知ることで、自分の人生が楽しみって言えるようになったのって幸せだなって思います。また奄美に帰ってくるために仕事も頑張れるし、これからの人生においても、ここでの時間が支えになっていく気がしてます。
やっぱり憧れはひろさん
桜子:今、具体的にどんな生き方がしたいとかってある?
たいちゃん:それはやっぱり、ひろさんみたいな生き方ですね。自分に正直なところとか、世間の声じゃなくて自分の声を貫き通すのがすごいし、それで周りの人を幸せにしてるから、本当に自分の理想だなって思います。
桜子:自分の人生を「これが私の人生だ!」って堂々と言えてる人ってやっぱりかっこいいよね!私は何年もかけて世界を二周してようやく気づいたけど、たいちゃんは奄美でのたった9日間でそんな本質を体験できたのってすごい…!
たいちゃん:確かに、行く前と全然変わったと思うし、今はいろんな人に会いたいなとも思っています。いろんなところに行って、いろんな価値観を吸収したいなって。
桜子:“今いる世界が全てじゃないんだ“って、新しい扉が開いたね!本当に、この選択した自分に拍手だね!
たいちゃん:選択した先にひろさんがいて、奄美の人と出会えて、良かったなって思います。10年後の姿を思い描くのも大事だけど、今この瞬間でどうしていきたいのか、その時の直感に従って生きていくのも悪くないなって思ってます。
桜子、彩乃:たいちゃんのこれからが楽しみだね!
エピローグ/一緒に過ごしたふーちゃんの物語
もうお一人、9日間を一緒に過ごした村越風歌さん(21)にもお話を伺いました。
━━たいちゃんの変化を、ふーちゃんはどう感じてたの?
ふーちゃん:たいちゃんはすごく変わったなって。最初から良い人で優しい人だったけど、素直に言葉を受け取って、すぐに自分の言葉で表現するようになったなって感じていました。
━━ふーちゃん自身にも変化があったんじゃない?
ふーちゃん:ありましたね。私が奄美で一番良かったなって思うことは、人との会話で。特に、ひろさんからもらった沢山の言葉のなかでも「いつでも帰ってきて良いからね」って言ってくれたことに感動したんですよね。
数日前まで他人だった人が、私のことを受け入れてくれて、いつでも帰ってきても良いんだって思える自分の居場所ができたんだなって嬉しくて。
村留学に行くまでの私は、自分の行動が一方通行だったら怖いなって思って、自分の気持ちを言うのを遠慮しちゃうことが多かったんです。それを、ひろさんや村のみんなが受け入れてくれたんですよね。
みんな、自分の暮らしとか幸せとか、愛とかに対して自分の考えを持っていて、それを聞かせてくれる大人の人ばかりだったんです。今まで会った大人の人と全然違うなぁって。
普段、友達や家族とそんなに深い会話ってしないし、自分も想いを言葉にするのって不得意なんですけど。話したい話、深めたい話を深められる時間が、朝ごはんとか、日常のふとした瞬間に沢山あったんですよね。自分の言葉を受けれ入れてくれる人と出会えたって経験が、特別なものになったんだなって思います。
9日間という日数は、短いのかもしれません。けれど、ひろさんや奄美のみんなと共に過ごした時間や重ねた対話、築かれた関係性は、2人の人生を大きく変えました。間違いなく、ここで生まれた繋がりが、想い出が、これからも2人の人生の支えになっていく。そう、おふたりのお話から感じます。
奄美に行かれる方はぜひ、そこで暮らす方々の生き方にも触れてみて頂きたいです。
- 人生の節目に想いを遺す corelight interview -
詳細、お問い合せはこちら