『わたしはプロのサポーターだ』と胸を張っていいんだ。
『よしこさんはサポーターなんじゃないかな』
信頼する人にそう伝えられて、ギクっとした。
『違います!』と抵抗したい自分がいた。
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ちょうど最近、わたしはあるジレンマに陥っていた。
誰かのために何かをしようとすると
自分が疲弊してしまう・・・・。
かといって自分のために何かやることも
シックリこない。
『よしこさんは何がしたい?』と聞かれると、
言葉に詰まってしまう。
形容する言葉がみつからないのだ。
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さて、話をギクっとした瞬間にもどそう。
正直に言うと、『サポーター』と聞いて、うわ、地味だな。。。
なんかもっとパアッと華やかさのある感じがいいな。。。と思った。
いままで、いろんなことを試しながら自分の役割を
探しているような気がしていた。
けど、どこに行っても私はいなかった。
もしかしたら、、そこなの?
恐る恐る自分の行動を一つ一つ振りかえってみた。
・・・・・・・・・・・・・・。
誰かの・何かの実現へのサポートをしているとき、
頭より体が先に動いていることを感じる。
自分でもうっとりするようなw高いパフォーマンスを発揮している時、
大抵は誰かの・何かの実現へのサポートをしている。
誰かが熱を持って理想を語る時、どうやってそれが実現するかと
私の頭の中には、あっという間に繋がりやアイデアが溢れ出す。
そうか、これか。。。
誰かの・何かのサポートをすることは
私にとって当たり前すぎて、自分の特徴だと気づいていなかったのだ。
おおーーー、そうだったのか。
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私には、この数年大切にしてきたライフパーパスがある。
それは『世界を一枚の美しい織物に』というものなのだけど
最後のピースがたりない気がしていた。
動詞というか、その世界に対して自分の貢献する役割が浮かんでこなかった。
最後のピースは『サポーター』だったんだ。
『世界を一枚の美しい織物へとガイドするプロフェッショナルサポーター』
これが数年がかりで気づいた今のリアルなライフパーパス。
言葉がハマってから、自分の内側で流れがゆらりと大きく変わった。
不思議なもので、過去の人生の出来事ひとつひとつが ゆっくりと肯定的なものに書き換えられている。
そういえば最近誰かが『未来から過去は作られる』て言ってたっけ。
45年目にして生まれて初めて自分の人生にワクワクしている。
読んでくださってありがとうございます。 みなさんのお役に立てる記事を心がけていきたいと思います。