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【漫画原作】大海獣のあとしまつ【すこしふしぎ】

読切用の漫画原作です。
長野県・佐久地域のとある町(をモジった架空の村)が舞台で、その周辺に伝わる昔話や歴史をオマージュしています。
某映画のような題名ですが、一切関係ございません。

複製、自作発言、無断転載、許可なき作画はNGです。


ジャンル

すこしふしぎ。コメディ成分多めで、ほんのちょっぴりほっこりパートも。

あらすじ

山間の村に住む青年・翔一は、シェフである事を理由に、父で村長の嘉彦から、突如現れたクジラの死骸の後始末をするよう頼まれる。更に、同級生で公務員の真魚が死骸で村おこしをしようと持ち掛ける。最初は乗り気でなかった翔一だが、ある出来事が切っ掛けとなり、ユニークな方法の後始末を思い付く。

登場人物

・津神 翔一(つがみ しょういち)
二十代半ばの青年。背が高く筋肉質、生真面目そうな雰囲気。
東京のレストランで修業し、故郷の小ノ海(このうみ)村に自分の店を出している。
・風谷 真魚(かざや まな)
翔一の同級生。明るく、はきはきとした印象。
小ノ海村の観光課に勤めており、村を有名にするのが夢。
・津神 嘉彦(つがみ よしひこ)
翔一の父親で、小ノ海村の村長。翔一と対照的で背が低く、腹が出ている。
翔一に対しては傲慢な感じだが、誰よりも息子の事を想っている。

本編

〇某県・小ノ海村(春頃・早朝)
 静かな山間の村。
 村内を流れる大きな川。堤防の歩道を歩く二人の男性。
 気怠そうな翔一。翔一の前を歩くスーツ姿の嘉彦。
翔一「ったく何だよ、こんな朝っぱらに。釣りでもしようってか…、っ!?」
 悪臭に鼻と口を押える翔一。
 川原に打ち上げられた子供クジラの死骸。切り傷や〈カメの手〉のような甲殻類が付着している。
翔一「あの死骸、まさかクジラ!? 何でこんなトコに…」
嘉彦「そりゃ引っ越しに決まってるだろ。小ノ海村には<海>が付く。だから海があると思って遥々やって来た。だが、長旅で疲れて命を落とした」
翔一「ンな訳あるかよ…。で、オレと何の関係が?」
嘉彦「何って。やるんだよ、後始末」
翔一「ハァ?? 何で!?」
嘉彦「毎日捌いてるだろ」
翔一「ジビエをな! こう言うのは業者に頼めよ。素人が手ぇ出して、何かあったらどうすんだ!」
嘉彦「翔一、お前素人だったのか? 東京の調理学校通って、三ツ星レストランで修行して、自分の店持ってるのに?」
翔一「……」
 やらしい態度での嘉彦。
 言い返せない翔一。
 少し離れた橋の上、大声を出す男性。
男性「兄さーん! そろそろ行かないとー」
嘉彦「やり方はお前に任せる、煮るなり焼くなり好きにしろ。俺は暫く留守にする。母さん頼んだぞ」

〇レストラン(午前中)
 山小屋風の建物で、テラスを併設。店内にはシカやイノシシの剥製。開店したばかりで、お祝いの花が飾られている(送り主は〈翔一が修行していた店〉〈小ノ海村観光課〉〈小ノ海村村長・津神嘉彦〉)。
 メニューはジビエや地元の食材を使ったイタリアン料理(山菜のパスタ、シカ肉のステーキ等)。営業時間は昼(ランチ)と夜(ディナー)。
 厨房で仕込みをする翔一。腹の虫が収まらず、野菜を乱暴に切る。
翔一「ったく、何が任せるだ。言い出しっぺのテメェがやれや。工事会社とか漁業組合とか、ツテあンだろ、村長なら」
 カランと鳴るドアベル。入店する真魚。背中にバッグパック、両肩にショルダーバッグ、両手には紙袋。首にぶら下がる〈小ノ海村観光課〉の職員証。
真魚「おっはよ~、翔ち~ん」
翔一「おう、真魚。…何だよ、その荷物」
真魚「商売道具。やりたいコトあってさ、翔ちんがクジラちゃん片付けちゃう前に」
翔一「片付けって。何で知ってんだ?」
真魚「ほいっ」
 スマホを見せる真魚。顔が引き攣る翔一。
翔一「〈小ノ海村のみなさまへ〉。広報メールだと…」
真魚「見れない人にも、ちゃんとお知らせするよ」
 店の近く、無線のスピーカーが付いた鉄塔。村内に響き渡る行政無線。
無線『―――こちらは、小ノ海役場です。千位川(ちいかわ)に漂着したクジラの死骸は、津神翔一さんが責任を持って―――』
 無線を聞き、顔が引き攣る翔一。
翔一「クソ村長…」
 紙袋を翔一に渡す真魚。
真魚「じゃぁコレ、よろしく!」
翔一「よろしくって。何すんだ?」
真魚「ふっふっふ~、決まってんじゃない~」
 不気味に笑う真魚。

〇川辺
 堤防に立つ人影。
 白い長髪とヒゲ、外套を身に付けた仙人風の翔一。杖を川に向ける。
翔一「(呪文のような言葉)」
 以下、特撮番組のようなカット。
 杖のアップ。川面に降り注ぐ小石、水飛沫。砂煙が舞う。頭に王冠を乗せ、腐敗部分にリボンやレースの飾りを付けた死骸。仙人の顔のアップ。
翔一「おぉ…! 麗しいお顔、屈強なお体、神々しいオーラ。伝説の大海獣、コノウミ様の降臨だぁあぁ!」
真魚「……、ハァイ、カットぉ! 最っ高! アカデミー賞総ナメねっ!」
 少し離れた場所、タブレットで撮影する真魚。
 呆れ気味の翔一。
翔一「マジでやんの? 死骸(コレ)で村おこしって。普通はゆるキャラとかヒーローじゃね?」
真魚「バズりっこないじゃん、みんなと同じコトやっても」
翔一「別の方法あンだろ。これじゃ炎上するわ」
真魚「ヘーキヘーキ。CGって言えば絶対バレないって!」
翔一「……」
 呆れる翔一。
 台本を読む真魚。
真魚「次は、長老がコノウミ様にお祈りするシーン。クジラちゃんの四隅に柱を建てて…」
 上空を飛び交うカラス。
 カラスを見つめながら、独り言のように呟く翔一。
翔一「後始末、アイツらにやらせるか。時間は掛かるが、残さず食ってくれる」
真魚「それ、スゴくイイ! グッドアイディア!」
 目を輝かせる真魚。
真魚「クジラちゃんが土に還るまで生配信! ダイオウグソクムシの脱皮中継より人気出そう! やるなら定点カメラが要るわね、予算下りるかなぁ」
翔一「何でそうなる…」
 呆れる翔一。
 少し離れた橋の上。大声を出す中年男性。
中年「おーい、翔一くーん」

〇レストラン(昼前)
 厨房。マリトッツォを作る翔一。
 店内。テーブル席に座る中年男性と真魚。
中年「悪いね、翔一君。ジィさんがどうしてもって言うから」
翔一「構いませんよ、どうせヒマなんで。ところで太一は? 大学出たら戻って来るって」
中年「そのつもりだったけどね…」

〇テラス
 テーブルにドリンクとマリトッツオ。食べながら川を眺める二人。遠目に見える死骸、群がるカラス。
真魚「ビックリしたよ、翔ちんが戻って来て。てっきり、東京でお店出すって思ってたから」
翔一「ガキの頃からの夢なんだ。料理人(シェフ)になったら、故郷(こっち)で店開くって。オーナーに言われたよ、〈津神君はイケメンで腕も良いから、直ぐ人気店になる〉って」
真魚「確かに!(笑)」
翔一「真魚は? 公務員にもなって、やりたい事でもあンのか?」
真魚「勿論! 私がやりたい事、それは、小ノ海村を日本一有名な村にするっ!」
 立ち上がる真魚、川に向かって両手を広げる。
真魚「私は小ノ海村が好き! 空も山も川も、歴史に伝説も、村に住んでる人や虫や魚や動物も。だから、みんなにも好きになって欲しい! 〈小ノ海村ってスゴいよね〉って言ってもらいたい! それで作ったの! 小ノ海村を好きになれる場所! それが、こちらっ!」
 対岸を指さす真魚。見晴らしの良い場所に立つ真新しい建物。
真魚「このうみミュージアムゥ~! 村の全てが詰まった宝箱! 大人も子供も楽しめるテーマパーク! 絶対バズる! 我ながらそう思った。…なのに、だぁ~れも来ないのっ! SNSに上げても〈いいね〉の一つも付きゃしない! 議員さんには〈税金のムダ遣い〉って言われるし! てか、博物館がムダとか意味分かんなくない? 村の事を伝えるって、スゴく大切な…」
翔一「…確かに、ムダだよな」
真魚「ヒドイッ! 翔ちんまで! みんなして私の頑張りを…」
 翔一を睨む真魚。翔一の顔を見て、ハッとする。
 自虐的な翔一。馬鹿にした感じだか、目は笑っていない。
翔一「こんな山奥に作って、誰が食べに来てぇって思うかな。特別な食材使ってるワケでもねぇし、世界的に有名なシェフですら無ぇ。顔と腕が良い料理人なんか、今時珍しくもねぇ。無ぇんだよな、自慢出来るモン…」
真魚「……」
翔一「ここでしか味わえない何か。それが無きゃ、来るだけムダじゃねぇか…」
真魚「……」
 どう答えたら良いか分からず、言葉に詰まる真魚。
 項垂れる翔一。悔しさが滲む顔。
翔一「…ヤダよ、ずっと、このままなんて…」

*****
〈翌日〉
〇川原
 ブルーシートが掛けられた死骸。

〇レストラン
 入口に〈臨時休業〉の貼り紙。

〇村内
 点在する民家。田圃や畑。〈通学路・とびだしちゅうい〉と書かれた看板。
 川沿いの歩道。プラプラと歩く翔一。
翔一「自販機は無ぇ、コンビニも無ぇ、電車だって通って無ぇ。そりゃ戻りたくなくなるわ」

 村の中心地。役場と病院。ロータリーのベンチに座る翔一。
翔一「人が集まるのは役場と病院、それと日帰り温泉。後は、村の夏祭りぐらいか。有名俳優が村出身とか、人気アニメの舞台だったら、聖地巡礼って賑わうだろうにな」

 商店街。個人店の〈金物屋〉〈電気屋〉〈服屋〉。猫を膝に乗せ、ぼーっとする店主や、知人同士集まって談笑する姿。
翔一「どこも暇してンなぁ。そりゃ、客が居なけりゃ、仕事にならねぇモンな」
 溜息を吐き、落ち込む。
翔一「…東京戻るか。毎日こんな状態なら、向こうで皿洗いしてた方がマシだ。…さて、午後はどうすっかな。帰ってもやる事ねぇし…」
 ふと何かを思い出す。

〇ミュージアム
 三階建て。一階は観光案内所・無料休憩所・学習(講義)スペース。二、三階が展示室。
 職員は真魚一人。受付に座り、布切れで何かを作る。カウンターに手のひらサイズのクジラの人形が数体。
真魚「クジラちゃんをグッズにして売り込む作戦! ぬいぐるみでしょ、バッグにTシャツ、アクキーもイイわね。東京のアンテナショップに置いとけば、買ってくれるわよ」
 自動ドアが開く。
真魚「いらっしゃいませ~。あっ! 翔ちん! どしたの?」
翔一「見学。真魚が頑張って作ったんだ、観といて損は無ぇよなって」
真魚「ありがと。じゃあ大人三百円」
翔一「カネ取んの!?」
真魚「当然じゃん。電気代やら清掃費やら諸々掛かってんだから!」

 館内を歩く二人。
翔一「意外に面白ぇな。展示物は沢山あるし、説明だって分かりやすい」
真魚「でしょ~。なのに人来ないのよ~」
翔一「地味なんだよ、土器の破片とか古い農機具とか。もっと派手なモンがありゃ」
真魚「あるじゃない、クジラちゃんが」
翔一「飾るのか? どうやって」
真魚「標本にするの。博物館の定番でしょ」
翔一「でもヘンじゃね? 海が無ぇのにクジラって」
真魚「今はね。でも、昔はあったのよ。総合学習で教わったじゃない」
 展示室に入る二人。〈小ノ海村のむかし〉のコーナー。紹介パネルや当時の地形を再現したジオラマ。
 説明文を読む翔一。
翔一「〈昔々、浅縞山(あさしまやま)の噴火で大きな窪みが出来ました。そこに雨水が溜まり、湖になりました。ある日、旅のお坊さんが湖を見て、『山の中に小さい海がありますね』と言いました。それが小ノ海の名前の由来です。残念ながら、千年以上前に起きた地震で、窪地が壊れて、水が流れ、湖は無くなってしまいました〉。…どこが海なんだよ」
真魚「海でしょ、海を知らない人にとっては。海に住んでそうな生物の化石だって見つかるのよ」
 硝子ケースに貝や魚の化石。
 化石を見つめる翔一。
翔一「貝に魚、やっぱ地味だな。ティラノザウルスだったら、盛り上がるんだが」
真魚「そうよね~。カイジュウのがウケるわね~」
翔一「カイジュウじゃねぇ、キョウリュウだ。小学生に笑われるぜ、そんな説明したら…」
 ハッとする翔一、何かを閃く。
翔一「海…獣…」
急いで休憩所を飛び出す翔一。
真魚「翔ちん!?」

〇川原
 ブルーシートを剥ぐ翔一。身体の一部から骨が見え始めている死骸。真剣な様子で死骸を見つめる。
 息を切らしてやって来る真魚。
真魚「きゅっ…、急に…、どっ…、どうしたの…」
翔一「使えるか? 広報メールと防災無線」
真魚「担当者に聞けば。何するの?」
翔一「決まってんだろ、後始末だ!」
 ニッと笑う翔一。

*****
〇東京・銀座
 某県のアンテナショップ。山や高原をテーマにしたフェアを開催中で、小ノ海村を含む幾つかの市町村がコーナーを設けている。またPRの為スタッフを派遣しており、小ノ海村は嘉彦と男性(弟・村の職員)の二人。法被を着て、手製のチラシ配る二人。
 明るくはきはきと対応する嘉彦。
 元気が無い男性。
嘉彦「小ノ海、小ノ海、小ノ海村。どうです、奥さん。日本一美味しいイタリアンレストランに、日本一面白い博物館。どっちも出来たばかりなんですよ。是非、小ノ海に足を運んで、食べて、見て下さいね!」
 スルーする客。
 溜息を吐く男性。翔一の店と博物館の写真が表紙を飾るチラシを見る。
男性「やっぱり無理だよ、レストランと博物館で村おこしって。翔一君の腕前や展示物には文句無い。でも、わざわざ村に来てまで、体験したいものかと言われると。それに…」
 余所の市町村コーナーに目を向ける男性。お菓子やジュース等の飲食物、藁細工や木材の玩具等の特産品が並んだり、ゆるキャラが居たりと賑わっている。
男性「特産品やキャラクターに比べたら、インパクトだって薄い。村をアピール出来る、独創性(オリジナリティ)や斬新さが無いと…」
嘉彦「そんな事は分かってる!」
 怒鳴る嘉彦。
 不思議そうに視線を送る周囲の人達。
嘉彦「分かってる…。だが、やらなきゃいけないだろ! 東京に残れと説得された、それを断って戻って来た翔一。絶対に村を有名にすると、職員の前で語った真魚ちゃん。村の子供達が、夢の為に、村の為に、一生懸命頑張っている! それを応援しないでどうする!」
男性「……」
嘉彦「料理を食べに人が来る、展示を見に人が来る、人が来れば村が賑わう。良い事尽くしじゃないか」
男性「そうは言うけど、それはいつになるのさ」
嘉彦「……」
男性「三ヶ月後、半年後、一年、五年、十年。そんな先まで待てる? 合併に廃村、村だってずっと存在してる保障は無いんだよ。兄さんは良くたって、二人がどう思うか」
嘉彦「……」
 言葉に詰まる嘉彦、悔しそうな顔を浮かべる。
 二人に近付くおたく風の客。
客 「あの、コノウミンのグッズ、ありますか?」
嘉彦「このうみ…、んっ? えっと、何でしょう?」
客 「海獣ですよ、ネットで話題になってる」
嘉彦「かい…」
男性「じゅう…?」
 不思議そうに顔を見合わせる嘉彦と男性。

*****
〇村(晴れ・死骸の漂着から一週間ほど)
 村の入口。〈大海獣のいる村・小ノ海村〉の看板。
 歩道に怪獣らしき巨大な足跡や、爪跡のようなものが付いた岩が並ぶ。(怪獣が暴れた後を、自然物を使う等して再現している)。

〇商店街
 お祭りさながら賑わう通りや店。土産袋を持ったり、顔出しパネルで写真を撮る観光客。
 通りを飾るクジラのオブジェや、クジラグッズを出す個人店が目に付く。
 呆然とする嘉彦と男性。
嘉彦「なっ…、何だ…。この騒ぎは…。祭りでも無いのに…」
男性「兄さん! アレ!」
 職員に先導され、通りを歩く着ぐるみ(二足歩行で可愛らしい顔。開閉可能な口と大きめの頭。ゴジラとクジラを足して二で割ったようなデザイン)。
嘉彦「まさか、こっ…、コノウミン…」
 立ち止まる着ぐるみ。大きく口を開ける。
職員「コノウミンが、みんなに挨拶したいって。じゃあ、お願い」
 着ぐるみの中の人が操作をする。口から覗くカスバーナーの先端、火が付き、火炎放射をしているように見える。
職員「〈ようこそ小ノ海村へ。今日は思いっきり楽しんでね〉だって!」
 喜ぶ観光客。
 呆然とした様子で職員に尋ねる嘉彦。
嘉彦「こっ…、これは一体、どうしたんだ?」
職員「観光課の風谷さんですよ。村を有名にするモノを思い付いたって」

〇博物館
 駐車場に特設テント。ブルーシートが敷かれ、子供や保護者達が座っている。
 スクリーンに映し出された絵。悪い怪獣とコノウミンが戦う話。紙芝居風に抑揚を付けて語る真魚。遠くで様子を見つめる嘉彦と男性。
真魚『グッヘッヘー。小ノ海村を乗っ取ってやるぞー』
  『そうはさせるか!』
  『ムッ! その声は!』
  『小ノ海村の平和を守る、大海獣コノウミン! くらえ! コノウミンビームッ!』
  『ウギャーッ!』
  「こうして小ノ海村の平和が、またしても守られたのです。ちなみに、コノウミンビームの跡が今の千位川になった、と言う伝説が残っています。そこの展望台から見てね」
 呆然とする男性。
男性「そんな伝説、聞いた事ないけど…」
 建物の傍。供養塔と石の祠。注連縄が掛かる台に乗ったクジラの頭骨。その前に賽銭箱。写真を撮ったり、お参りする観光客の列。
 険しい顔で、その様子を伺う嘉彦。
嘉彦「村を知り尽くしているとはいえ、真魚ちゃん一人のアイディアとは思えん。それに、この規模の事業、どうやって…。まさか…!」

〇翔一の店
 接客する翔一の母親。カートに乗せた料理を客席に運ぶ。(料理は限定のランチ。スパゲティ、サラダ、ジビエステーキのワンプレート。クジラ型のマリトッツォか、クジラ型の麩が入ったスープが付く)。
母親「ハイ。このうみプレートです。熱いから気を付けて下さい」
 ドアベルが鳴る。来店する嘉彦。
母親「いらっしゃいませ、あら、お父さん。お帰りなさい」
 厨房に向かう嘉彦。
 手際よく料理を作る翔一、嘉彦には目を向けていない。
嘉彦「翔一! 何でこんな事を!」
翔一「好きにしろって言ったろ。だから村の顔(シンボル)になってもらった、小ノ海村を宣伝するためにな」
嘉彦「!」
翔一「村のみんなが力貸してくれた。村を元気にしたい、賑わう村を見たいって。お陰でこの通り、祭り以上の賑わいだ。オレも休む暇無ぇよ」
 村おこしの準備をする様子。土木関係者が重機で足跡を作る。婦人会がグッズを作る。飾り付けを作る小中学生。誰もが嬉しそう(楽しそう)に作業している。
翔一「言っとくが、死骸使うってのは真魚のアイディアだ。オレはそれに乗っただけで…」
嘉彦「翔一!」
 手を止める翔一、嘉彦に目を向ける。
 目頭を押さえ、肩を震わせる嘉彦。翔一からは死角になり、嘉彦の顔(表情)は見えない。
嘉彦「…ありがとな…」
 嘉彦の心情を察する翔一、ふっ、と笑みがこぼれる。
翔一「どういたしまして」

                    『大海獣のあとしまつ』  終

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