【漫画原作】『君の○○○○を食べたい』【すこしふしぎ】
読切用の漫画原作です。
昔話「猿の生き肝」をオマージュしています。
複製、自作発言、無断転載、許可なき作画はNGです。
ジャンル
すこしふしぎ。
あらすじ
たい焼き屋で働く青年・海月は、日本一のたい焼きを作り、店を継ぐ夢を持っていた。ある日、店主・龍深の娘が原因不明の病で倒れ、「サルノキモ」という食べ物が食べたいと口にする。弟子の亀と共に「サルノキモ」を探す海月だが、ある祭りの会場で、猿という八百屋の青年と出会う。猿は乙姫が倒れた現場にいたとされ「サルノキモ」と関係があるのでは海月は疑う。そして、猿に近付く為、業務提携の話を持ち掛ける。
登場人物・設定
・海月(みづき)
20代後半の青年。ヤンキー風の外見。明るい性格。
・猿
20代後半の青年。インテリ風の外見。どこか裏がありそう。
・亀
海月より年下。巨漢。マイペースな感じ。
・龍深(たつみ)
40代の男性。たつみ屋の当主(店長)。強面だが、とても優しい。
・乙姫(おとひめ)
高校生の少女。龍深の娘。黒髪で色白。
・従業員達
たつみ屋で働いている。全員が強面。
●たつみ屋
海月達が働いているお店で、たい焼きやたこ焼きなどを作っている。祭りにも度々出店しており、その際は専用のキッチンカーを使っている。龍深をはじめ従業員全員が、そっち系を思わせる風貌だが、そっち系の仕事は一切していない。
本編
〇たつみ屋・住居(夏頃)
居間。
サンゴの置物、サメの骨格、龍の屏風など、《海》にちなんだ飾り物が並ぶ。任侠映画のような物々しい雰囲気。
中央に敷かれた布団。熱を出し、寝込む乙姫。
枕元に龍深。布団を囲むように座る従業員達。全員が深刻そうな様子で乙姫を見つめる。(龍深は胡坐をかき、従業員達は正座している)
従業員「姫様まだ良くならねぇか」
「高校の友達と行った祭りで、だったよな」
「医者に診せても分からねぇってよ。ったく、どうなってんだ」
乙姫 「……、お父…、さん…」
龍深 「乙姫!」
乙姫の手を握り、口元に耳を近づける龍深。
掠れた声で呟く乙姫。
乙姫 「…さ…、…き、も…、たべ…」
龍深 「さる、の、きも…、ソイツが食べてぇんだな!? 分かった! お父さん達が見つけてやるからな!」
従業員「ですがお頭、サルノキモってのは一体…」
「外国の食べモンじゃねぇか?」
「検索しても出ねぇぞ」
スマホを弄ったり、各々話し合う従業員達。
海月 「オレが取って来てやるよ」
一同の目が部屋の隅に向く。
襖に寄り掛かり、膝を立てて座る海月。自信ありげに笑う。
海月 「たつみ屋次期当主、海月健次郎がなァ!」
*****
〇地域の夏祭り(昼頃)
賑わう会場。飲食エリアに並ぶキッチンカーやテント。
たつみ屋のキッチンカー。《たつみ屋》の暖簾と、可愛らしいたい焼きのぬいぐるみが目を惹く。注文待ちの行列(客層は親子連れとお年寄りが多め)。メニューはあんこ、チョコ、カスタードの三種類。受け取り口に、子供用の台(脚立や階段のようなもの)が付いており、そこに乗ると調理の様子が見えるようになっている。
車内で調理する海月。外で接客する亀。二人は法被(屋台用の制服)を着ており、それぞれの苗字の生き物(クラゲとカメ)の帽子を被っている。また亀は、おつり用のがま口財布を首から下げている。
注文のメモを読み上げる亀。
亀 「兄貴~。あんこ5、チョコ3、カスタード4追加です~」
海月 「はいよォ!」
受け取り口から覗く子供達。
子供達に目を向け、優し気に微笑む海月。
海月 「これからお兄さんが、日本一うンめぇたい焼き作るからな」
生地を型に流し込む、ヘラであんこを入れる、型を引っ繰り返すなど、手際よく調理する海月。興味深げに、その様子を見つめる子供達。
たい焼きの完成。紙に包み、子供達に手渡す。
海月 「お待たせェ! 熱ぃから、食べる前にフーフーするんだぞ」
子供達「いただきます」
フーフーと、たい焼きに息を吹きかける子供達。パクリ、と一口齧りつく。もぐもぐと噛む。美味しさに、満面の笑みを浮かべる子供達。
子供達の笑顔を見て、嬉しそうに微笑む海月。
海月 「なっ! 日本一うンめぇだろ!」
午後。ピークを過ぎ、暇になる。車内から祭りの様子を伺う海月と亀。
亀 「兄貴~。何だろうね~、《サルノキモ》って」
海月 「サルって付くぐれぇだ、《猿》に似てるモンだろ。毛深い、顔が赤い、シッポが長い…」
亀 「お猿さんの肝、だったりして~」
海月 「ンなモン、姫コが食いたがるかよ」
亀 「でも~、肝料理よく作ってくれるよ~。あん肝、ウナギの肝煮、かわはぎの肝ポンは美味しかったなぁ。兄貴のたい焼きと同じぐらい~。だけど~、何処にあるのかなぁ?」
海月 「姫コの状況から考えりゃ、《祭り》だろ。今は夏休みで、毎日どこでもやってる。屋台出して見張ってりゃ見つかるに違ぇねぇ」
たつみ屋のキッチンカーにやって来る女子高生数人。
亀 「いらっしゃ~い。あっ、姫サマのお友達」
女子 「乙ちゃん、どう?」
亀 「全然ダメっす~。ずっと寝てばっかりで~」
海月 「倒れた時って、どんなだった?」
女子 「屋台に並んでたの。私達の番になって、注文しようとしたら…」
「今日も出てるよ、そのお店。猿ナントカって言う」
海月 「猿!?」
ピンと来る海月。表情が変わる。
女子 「ほら、あそこのテント」
指をさす女子。休憩場のテント。テント内にも飲食店が入っており、その一つから長い行列が伸びている(客層は若者中心。写真を撮ってSNSに上げるタイプ)
亀 「はぇ~。昼時過ぎたのに、行列すごぉい~」
女子 「実家が八百屋でね、きゅうり漬けとかフルーツ飴売ってるの」
きゅうりの一本漬けやフルーツ飴を見せる女子(きゅうりとフルーツ飴、共にハートや星などに型抜きされ、串焼きのように一本の串に何個か付いている)
亀 「うわぁ~。きゃわわ~」
女子 「店長もイケメンでさ。それ目当てで来てたりね」
亀 「たつみ屋にも来るよぉ、ボクに会いたいって、遥々海の向こうから…」
女子達「ないない」
和気あいあいの亀達を余所に、真剣な眼差しでテントを見つめる海月。
客やテントの隙間から猿の店が見える。オシャレなお品書き(メニューは、フルーツ飴・冷やし漬物・何か。何かに《売り切れ》の札が付いており、文字が見えない)。笑顔で接客する猿(注文を受け、クーラーボックスから商品を出す。その場では調理しない。なお手伝いはおらず、猿一人)。
猿の様子を観察する海月。何かを思い付き、ニヤリと笑う。
祭りが終わる時間。後片付けするスタッフ達。
テーブルを拭いたり、ディスプレイを片付ける猿。
近付く海月と亀。亀の手にたい焼きの紙袋。
海月 「お疲れ様っす、猿の八百屋さん」
猿 「…!」
一瞬、眉を顰める猿(海月と亀は気付かない)。
亀 「コレ~、差し入れです~」
猿 「たつみ屋さん、でしたね。わざわざすみません。こちらもご用意出来れば良いのですが…」
海月 「持ち込み型でしたな。会場じゃ調理せず、作ったモン持って来る。なら数に限りがありましょうよ。そもそもあの見た目、カットだけでも相当手間暇掛かってる。そう多くは作れねぇはずだ」
猿 「ええ。そのせいで、折角並んだのに買えなかったと、悲しい思いをさせてしまう事もありましてね。人を雇おうにも、食べ物を扱う仕事ですから、知識や経験が必要です。キッチンカーがあれば楽でしょうが、何せ始めたばかりですから、そんな資金は…」
しめた、という顔でニヤリと笑う海月。
海月 「なら、やりましょうや。オレらと一緒に」
猿 「!」
亀 「ええっ? それって業務提携? どうしてそんなぁ」
海月 「勘だよ。猿さんと組みゃ、もっともっと売れるって」
猿 「……」
疑うような目で海月を見る猿。
真剣な様子で語る海月。
海月 「屋台業界も厳しいンすよ。安いくてウマいは当たり前。今は目ェ惹くモンが無けりゃ買ってもらえねぇ。幸い、オレらにゃ安さとウマさがある。猿さんにゃ目ェ惹くモンがある。互いに手ェ組みゃウィンウィンだ」
右手を伸ばし、人差し指を立てる海月。
海月 「ただし! オレらが欲しいモンくれンならな」
亀 「欲しい物…?」
暫しの沈黙。口に手を当て、思案する猿(どこか裏がありそうな様子)。
猿 「確かに。たつみ屋さんの力があれば…」
海月に笑顔を向ける猿。
猿 「分かりました。喜んでお受けいたします」
海月 「ヨッシャ! よろしく頼むぜ、猿さんよぉ」
亀 「……」
困惑気味の亀。
〇コンビニ(夜)
仕事帰りの亀。おつまみコーナーで商品を見る。どこか納得いかない顔。
亀 「兄貴ってばぁ、勝手な事言って。たつみ屋は兄貴だけの物じゃないのにさぁ。一緒にお店やるって、乗っ取られたらどうするんだよぉ」
《砂肝のおつまみ》を手に取る。
亀 「また食べたいなぁ、姫サマが作ったかわはぎの肝ポン…。…!」
《肝》という言葉にハッとする。亀の顔つきが変わる。
亀 「肝…。欲しい物って…」
*****
〇たつみ屋・店舗
商店街の一角に行列。味のある《たつみ屋》の暖簾。カウンターにはクラゲや亀など、海洋生物のぬいぐるみが置いてある。キッチンカーのように子供が乗れる台があり、ガラス越しに調理の様子が見える。たい焼きを焼く龍深と、たこ焼きを焼く・接客(レジ打ちなど)する従業員が二人。三人はエプロン(店舗用の制服)を身につけており、それぞれの苗字(龍、タコ、サンゴ)の帽子を被っている。
ガラス越しに龍深の調理を熱心に見る子供(前述の祭りで、海月のたい焼きを食べた子供)。付き添いの母親が父親と会話する。
母親 「今日もすみません。どうしても見たいって言うものですから」
龍深 「構いませんよ、見られて困るモン作っちゃいねぇんでね。ほら、焼けたぞ。熱ぃから、食う前にゃフーフーしろな」
紙に包んだたい焼きを渡す龍深。受け取る子供。
子供 「いただきます」
フーフーと、たい焼きに息を吹きかける子供。パクリ、と一口齧りつく。もぐもぐと噛む。満面の笑みを浮かべる。
子供 「おいしい! にほんでにばんめに!」
母親 「一番でしょ! もう、この子ってば」
レジの固定電話が鳴る。受話器を取る接客係。
接客係「どうも! うみやま商店街たつみ屋でございます! あぁ、甲斐か。どうした。……、分かった」
電話を切る接客係。真剣な様子で龍深に近付き、耳打ちする。
接客係「お頭」
龍深 「……、何ッ!?」
龍深の顔色が変わる。
〇広場(同時刻)
マルシェ。キッチンカーのエリアに、一段と長い行列。《たつみ屋》の暖簾に《with 猿の八百屋》と書かれた紙が貼ってある。車内で調理する海月と猿、接客する亀。海月と亀は法被と帽子、猿はバンダナとエプロンをそれぞれ着用。メニューはたい焼き(あんこ・チョコ・カスタード)、フルーツ飴、果物のソース(ジャムのようなもの)をサイダーで割った飲み物。
亀 「あんこ15、チョコ12、イチゴ飴8、イチゴとリンゴとマンゴーのサイダー5追加です~」
海月 「はいよォ!」
猿 「分かりました」
たい焼きを焼く海月。
カットフルーツを串につけ、沸騰した砂糖水につける猿。飴を冷やしている間に、プラスチックのカップにサイダーとソースを入れ、ジュースを作る。お互い、手際よく調理をする。
首に巻いたタオルで汗を拭う亀。
亀 「ふぅ~。初めてだぁ、こんなに忙しいの~」
海月 「亀! タマゴ切れそうだ、そこのスーパーで買って来てくれ!」
亀 「はぁ~い」
法被と帽子を脱ぎ、ショルダーバッグを提げ、買い出しに行く亀。
猿 「亀と書いて《ひさし》。珍しい苗字ですね」
海月 「初対面じゃ100パー間違えられるってよ。知らなきゃ分かんねぇよなぁ」
買い物袋を提げ、スーパーから出てくる亀。
亀 「これだけあれば足りるかなぁ~」
近付く強面の男二人(たつみ屋の従業員で店舗に居ないメンバー。スーパーの入口でキッチンカーを開いており、法被と帽子(貝とワカメ)を着ている)。
従業員「おい」
広場。調理と接客をする海月と猿。
海月 「遅ぇなァ、亀のヤツ。猿さん、ちょいと見て来てくンねぇか」
猿 「分かりました。飴のストックはこちらに。ソーダは7:3で割って下さい」
海月 「はいよぉ」
バンダナとエプロンを外し、キッチンカーを後にする猿。
一人残る海月。ジュースを作ったり、飴を用意しながら、猿の調理場を観察する。クーラーボックスや、カップが入った箱を見るなど何かを探している。
海月 「キモってのはアイツが作る何かだ。どこだ…、キモは…」
スーパーに着く猿、何かを見つける。入口にキッチンカー。受け取り口に《ただいま休憩中》の案内板。車の背後に亀と従業員二人。近付く猿。
猿 「亀さん、海月さんがお待ちで…」
従業員「成程。サルノキモってのは、猿っていう野郎の肝の事だったのか」
猿 「!?」
車の影に隠れ、盗み聞きする猿。
猿 「(僕の肝…? どういう意味だ?)」
亀 「それで手を組むって近づいたんだよ~。隙を見て取るつもりでね~」
従業員「然し、どうしてソイツなんだ?」
亀 「恨みだよぉ。猿さんのせいで、具合が悪くなったんだもの。だから肝を食べて、恨みを晴らすつもりなんだよぉ」
従業員「オンナの恨みは怖ぇなぁ~」
眉を顰め、思案する猿。
猿 「(祭り、僕のせい、キモ…。まさか、あの時の)」
何かに気付く猿。
*****
〇たつみ屋・店舗(数日後)
シャッターが閉まっており、《臨時休業のお知らせ》と紙が貼られている。
〇たつみ屋・住居
居間。
中央に敷かれた布団、やせ細った乙姫が眠る。枕元に座り、腕を組んで目をつぶる龍深。傍には皿に乗ったたい焼き(微かに齧った跡がある)。冒頭より物々しく、陰鬱な空気が流れる。襖を開ける従業員。
龍深 「どうだ?」
従業員「隣町も探しちゃいるんですけどね…。例の八百屋にも居ませんでした。全員揃って海の向こうにでも行っちまったんじゃないっすか」
龍深 「……、そうか…」
溜息を吐く龍深。目を開ける。虚ろな目で呟く乙姫の顔が目に入る。
乙姫 「さ…、きも…、さ、る…、き……」
顔を上げる龍深。視線の先、額に入った写真。十年以上前のもので、小学四年生の海月、龍深・妻の三人が店の前に立っている(乙姫は生まれる前なので居ない)。過去を思い出す龍深。
【過去】店でたい焼きを食べる小学生の海月。両手にたい焼きを持ち、美味しそうに頬張る。
海月 『おいちゃん! このたい焼き、日本一うんめぇよ! 決めた! オレも日本一のたい焼き作る! いっぱい作って、この店継ぐんだ!』
どこか悲し気な龍深。
龍深 「骨のあるヤツだと思ってたんだがな…」
〇寂れた公園
駐車場の隅に停まるキッチンカー。段ボールやガムテープを車体に貼っている(《なんでも屋》などと書いて偽装している)。
車内。厨房の床に段ボールを敷き、仰向けになる海月。隅っこで膝を抱えて座る亀。カウンターに《都合によりお休みします。猿》と書かれた一枚の紙。
亀 「兄貴ぃ、ボク達これからどうなるの?」
海月 「破門だな。約束守れねぇヤツに、たつみ屋名乗る視覚は無ぇ」
亀 「それって、兄貴のたい焼き、二度と食べられないって事!? そんなのイヤだぁ!」
あんご用のヘラを掴む亀。腹部を出し、切腹するかのようにヘラを腹に当てる。
海月 「亀! 何のつもりだ!」
亀 「ボクの肝、代わりに食べさせるんだぁ! あんなヒョロガリより、ぽっちゃりの肝の方が美味しいよぉ」
ガンギマリの亀。ヘラの先を腹に突き刺す。
亀を取り押さえようとする海月。
海月 「やめろ! キモってのはなぁ…」
受け取り口のガラス戸をコンコンと叩く音。
猿 「海月さん、亀さん。いらっしゃいますか?」
海月 「! その声!」
ガラス戸を開ける海月。
クーラーボックスを携えた猿。冷や汗をかき、やや顔色が悪い。
猿 「キモを…、お持ちしました…」
海月 「!? 何で知ってんだ」
猿 「小耳に挟みましてね…。お休みを頂いたのは、コレを作る為です。お陰で美味しく出来ました…。お嬢さんが待っています…、たつみ屋へ行きましょう…」
〇たつみ屋・居間
中央に敷かれた布団。亀に支えられ、上半身を起こす乙姫。
布団を囲むように座る従業員達。全員が心配そうな様子で乙姫を見つめる。
襖に寄り掛かり、腕を組んで座る龍深。睨むように海月と猿を見る。
枕元に海月と猿。猿の手には、内臓のようなものが乗った皿。物体は赤黒い表面で、皺や凹凸が見られる。正体は冷やし焼き芋。
猿 「どうぞ。乙姫さんが食べたがっていた、キモです」
焼き芋を手に取る乙姫。半分に割る。赤黒い皮から、滑らかでしっとりとした黄色い芋が覗く。甘い匂いが立ち込める。乙姫の顔が、ぱぁっと明るくなる。
乙姫 「…いただきます…」
小さく口を開け、齧る。もぐもぐと噛み、飲み込む。二口、三口と続けて齧る。ゆっくりと噛んで飲み込む。病人なので、ガツガツと勢いよく食べない。噛む度に笑みがこぼれ、嬉し涙を流す。
その様子を見守る一同。乙姫の笑顔を見て、安堵する。
従業員「キモってのは、冷やし焼き芋の事だったのか」
「食べようとしたら、自分の前で売り切れて、ショックで寝込んじまったんだな」
「にしても、姫様が元気になって良かったなぁ!」
亀 「やったね、兄貴ぃ。これで二代目になれるよぉ」
喜ぶ一同をよそに、表情が暗い海月。
亀 「…兄貴?」
立ち上がる猿。不敵な笑みを浮かべている。
猿 「では、龍深様。今後の経営についてご相談させて頂きましょうか」
従業員「!?」
猿 「海月さんとお約束致しましてね。たつみ屋様と業務提携させて頂く事になっております。改めて、現当主の龍深様と提携を結ばせて頂きたく」
龍深 「……」
腕を組み、目を閉じる龍深。眉間に皺を寄せ、険しい表情。
亀 「だっ、ダメだよぉ! 契約書が無くちゃ、そんなの…。あっ!」
龍深の方を向き、土下座する海月。拳を固く握り、悔しそうに唇を嚙みしめている。
無言で様子を見守る乙姫や従業員。悲し気な亀。
亀 「兄貴ぃ…」
腕を組み、目を閉じたままの父親。
龍深 「悪ぃな。当主なら三日前に変わったぞ」
猿 「! では、誰が…」
亀や乙姫、従業員達の視線が海月に向く。
一同の視線が海月に向いているのを感じ、猿も海月を見る。
視線を感じ、顔を上げる海月。
目を開ける龍深。優し気な目で、海月を見つめる。
龍深 「頼むぞ、当主」
海月に向かって頭を下げる亀、乙姫、従業員。
俯く海月。拳で目元を擦り、涙を拭く。顔を上げる。全てを背負い、今まで見せた事の無い真剣な表情で龍深を見る。
海月 「……ハイ」
*****
〇祭り(後日)
賑わう会場。飲食エリアに並ぶキッチンカーやテント。
たつみ屋のキッチンカー。《たつみ屋》の暖簾と、魚系のぬいぐるみが目を惹く。キッチンカーに並ぶ行列。親子連れやお年寄りの他に、若い女性客の姿も。メニューはたい焼きのみで、あんこ・チョコ・カスタードに加え、《今日のテイスト》と題して、モモ・マンゴー・ブルーベリーなど夏が旬の果物を使ったものが数種類ある。メニュー表には《猿の八百屋・猿佳正監修》と書かれたポップ。
車内でたい焼きを焼く海月と亀。外で接客する猿。(海月と亀の恰好は前述の通り。ただし海月の帽子が龍になっている。猿も前述の恰好で、それぞれのエプロンにローマ字で店の名前《TATSUMIYA+MASUNOYAOYA》のロゴが入っている)。
猿 「モモ5、マンゴー6、ベリーとメロン3ずつ追加です」
海月 「はいよォ!」
亀 「はぁ~い」
調理しながら話をする二人。
海月 「祭りで野菜や果物売るにゃどうすりゃいいか考えてた。そこにオレらが店やろうと声掛けた。漬物やフルーツ飴は準備に手間掛かる、だがたい焼きなら超簡単。具を作りゃイイだけだし、なんせ自分で焼かなくて済む、ってか。《猿》なだけあって、知恵が働くぜ」
亀 「それにしてもぉ、珍しい苗字だよねぇ。猿って書いて《ます》ってさぁ」
海月 「お前が言うかぁ?」
子供 「たいやきのおにいちゃん!」
受け取り口に例の子供。たい焼き型の着ぐるみ帽子を被っている。
子供 「ぼくね、おにいちゃんみたいに、にほんいちのたいやきつくりたいんだ! おおきくなったらでしいりさせてね!」
嬉しそうに微笑む海月。
海月 「あぁ、教えてやるよ! たつみ屋当主、海月健次郎がな!」
『君の○○○○を食べたい』 終
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?