17 パートナーシップで目標を達成しよう

 暑い。木陰に涼がない。夏の暑さはこんな感じだっただろうか。地区の放送が外出を控えるようにと言う。気づくと口が開いている。汗が背中を垂れる。それでも無職の私には散歩しかないのである。影から影へと歩く。熱射を避けて山の中を歩く。足休めにアスファルト道路を歩く。脳みそが空気や風景を受け入れることができない。足を前に進め、暑い、暑いと口に出す。

 私のSDGsも最後の一つである。別に目標を達成したわけではないが、個人で活動してきた一区切りだ。最後の一つは文化祭のスローガンのようである。”目標を達成しよう”という目標、英語だと”ゴールに向けたパートナーシップ”。つくづく日本語版のセンスを疑いたくなる。

 駅前にパラソルが並んでいた。スイーツ女子たちの声が聞こえる。若者には夏の日陰が似合う。肌の露出に目を奪われた。妻はいなかった。
 スイーツ女子たちの今日の騒ぎの話題は金だった。パン宅配事業が彼女たちに収入をもたらしていた。その使い道で揉めていた。国に送る、服を買う、貯める、投資する、バッグを買う、本物の寿司を食べに行く、ディズニーランドに行く、フードトラックを買って商売をはじめる。笑顔が弾けていた。
 クーラーボックスを開けると大量のワサビが入っていた。地元では見かけない太さのワサビだった。首都圏への流通が停止して上物が残っている、農家が困っているので、この町一番の流通業者となったパン宅配業者が買い取った。刺身だけでなく、焼き魚、肉、野菜、白米に食パンと何にでも合う。暑さを吹き飛ばすと、また笑顔が弾けた。
 日本や世界の経済の中心の状況は知らない。しかし今この地域の経済は活性化していた。コンビニの深夜営業がなく、駅前には自動販売機の他に一軒の店もなく、農業で稼ぐほどの畑すらないこの町。いくら時代が進んでも、きっと自動運転も宅配アプリもこの町には整備されない。経済成長の蚊帳の外のはずが、絵に描いたような成功である。褒めてあげたかった。

 駅からの帰り道、犬が吠えた。何度か吠えてもらったのだが、姿は見えなかった。妻が小屋にいて煙草を吸えなかった。煙草を吸いに小川まで散歩に行って戻ってくると、焚火の火が消えていた。追火したものの間に合わず、遅れて火力が強くなったせいでセロリのパエリアがカラカラになった。煎餅的見た目だったので、酒を飲むことにした。宮の字の焼酎を自作のレモングラス水で割った。飲みすぎた。翌朝、二日酔い。朝食用にシジミを取りに行き、帰りに滑って転んだ。シジミを半分ほどこぼした。拾わず、残りも沢に戻した。転んだときに地面についた方の手首が痛んだ。水を大量に飲み、そのまま吐いた。また水を飲み、また吐いた。酒が抜けた。焚火に水をかけて火の始末をした。
 妻が出かけるのを待ち、テントをたたみ、小屋にしまった。中を見回した。外に出て全裸になり体を洗った。濡れたまま小屋に入った。足跡がついた。タオルで体を拭き、襟付きの白シャツとチノパンに着替えた。ベルトをして、ハンカチと財布をポケットに入れた。リュックからスニーカーと靴下を取り出し、履いた。ほとんど空のリュックを背負い、駅に向かって走り出した。上りでも下りでも構わなかった。先に来た方の電車に乗るつもりだ。経済が止まっているなら、東京だって悪くはない。何でも東京では道路に犬のフンが放置されることが増えているらしい。それだけ街に人がいないのだ。昔見た写真集を思い出した。

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