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スーパーヒーロー

6月末コロナに感染した

2週間ほど副鼻腔炎が治らない夫が発熱し耳鼻科に行くとやはり副鼻腔炎と言われた

40度近くの熱が4日下がらなかった

看病していた私が発熱したのは夫が解熱した日だった

体中が痛い
寒気がする

翌日、病院に行きインフルとコロナの検査をしてもらったらコロナ陽性だった

恐らく夫もコロナだったんだろうと気づいた時には遅かった

家族内で感染は広がっていた

娘はすこぶる元気だった

だから夫は仕事に行くと言うし

娘の面倒を見られないと悟った娘自信が自ら
「かーちゃんを助ける為にじーちゃんちへ1人で行く」と言った

両親が夜遅くに迎えにきて娘は1人でお泊まりに行った

私はロキソニンを使って1日半で解熱

体の痛みも無くなり眠れるようになった

ところが今度は実家で娘が発熱した

夫がすぐに迎えに行き小児科へ連れていくと、やはりコロナ陽性だった

私は病み上がりの体にムチをうって一晩中娘の看病をした

翌日も熱は続き下痢が止まらなくなった娘

トイレに行きたい!という娘を抱っこして体を支えてまたベッドに寝かせる

16キロの娘をフラフラになりながら抱っこしてまた寝かせる作業を50回ほど繰り返した

夫は仕事

娘は出すものを出したら回復し驚くほどに元気になった頃

私の体が悲鳴をあげた

夜中1時
汗をかいたから着替えたいと娘に起こされた

体が動かない

息が苦しい

少しだけ娘に待ってもらって

石のように重たくて動かない体を起こして必死に着替えさせた

その直後

息が出来ない

耳が聞こえない

吐き気

両手足が痺れて次第に硬直し始めた

声を振り絞って

「タスケテ」と叫んだ

夫が救急車を呼んで私は担架で運ばれた

意識はあった

すみません

これくらいのことで救急車を呼んでしまって…

幸い、肺も心臓も貧血も脱水もなく自宅に戻る事は許されたけど

膝から下と肘から先が殆ど動かなかった

夫が車椅子を借りてきて自家用車に移動して夫と娘に両脇を支えられて足を引きずりながら帰宅した

その後も痺れは続き呼吸困難、胸の圧迫感、吐き気との闘い

低血糖状態になった事がわかりラムネをかじり続けた

翌日、気力だけで体を動かしている私を見て大丈夫だと勝手に判断した夫が仕事に行こうとしているのがわかった

私はまた体が動かなくなったらと思うと恐怖で気付けば両親に電話をしていた

父が言った

「わかった!今から迎えに行ったるからな!待ってろ!」

父の声を聞いて涙が溢れた

時刻は21時

70代の両親にコロナをうつすまいと頼る事を避けていたはずなのに

私はズルい

電話をかけてしまったら両親が必ず助けてくれるとわかっていた

5歳の娘と2人で自宅にいることが不安でどうしようもなく恐かった

片道1時間半の道のりを両親が車でかけつけてくれた

それから約1週間ほど実家休ませてもらった

動けなかったのは1日くらいで

自分達の食事や洗濯、娘の入浴から寝かしつけは勿論私がした

ところが父が発熱した

父はかかりつけの病院に行きコロナだとわかった

私達は両親の負担にならないよう自宅に戻った

父は発熱が5日続き今は咳と食欲不振の後遺症に苦しんでいる

母は軽症だったのか発熱はしなかったものの看病疲れも重なり毎日息苦しさがあると言う

私は自分を責めた

夫を看病するときにもっと気をつければ良かった

自分が解熱した後も夫に強く言って仕事を休んでもらえば良かった

夫は今も倦怠感
私は毎日頭痛に悩まされている

それでも日常生活を取り戻しつつある

70代の両親に毎日様子を聞くと本当に辛そうで言葉を失う

代わりに
「ごめん、ごめんなさい」しか言えない

それでも両親は一言も恨み言を言わず
「元気なら良かった」
「今は助けてやれないから体を大事にしなさい」
「私達は大丈夫だから」

という

私に出来る事はなんでもするからと言っても

「何にもないよ」という

それがまた辛い

助けてもらったのに何も返せないことが

父があのとき
「今から行ったるからな」と言わなかったら

私はどうなっていたかわからない

自分達がコロナで苦しむかもしれないのに

70代なのに

1ミリの迷いもなく私達を助けてくれた父はスーパーヒーローだと思った

今そのスーパーヒーローがピンチの時

助けてもらった恩は絶対に忘れない

そして必ず倍返しすると誓った

今度は私が助ける番

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