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『フレンチ・ディスパッチ(略)』の話 

ウェス・アンダーソン監督の最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』を鑑賞しました。

これはある視点から見れば、ここ数年で最も素晴らしいと思える映画でした。

ウェス・アンダーソン監督は、アメリカの映画監督で『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』(2001)『ダージリン急行』(2007)『ムーンライズ・キングダム』(2012)『グランド・ブタペスト・ホテル』(2014)『犬ヶ島』(2018)などの作品で知られています。


計算されたシンメトリーの構図

今作の(というか結構いつもそうなのですが)特徴は計算され尽くした構図でしょう。映画のどの部分で一時停止をかけても絵画になるような構図で、それだけでかなり映画館で観る価値があります。

特に構図に関して強いこだわりを感じるのは、シンメトリー(左右対称性)ですね。あらゆるシーンでシンメトリーが多様されています。

意識的にシンメトリーを取り入れていて、観ていて心地よい画作りになっています。シンメトリーを取り入れると、基本的にその画はアーティフィシャル(人工的)になり、予定されていないオブジェクトの一切は排除されます。
作品からリアリズムが無くなるという欠点はありますが、この映画は序盤から明らかにファンタジーというか、妄想的な作風を貫いているので、視聴者はリアリティの欠如に違和感を感じません。
これがリアリティ命の戦争映画などであれば気持ち悪いのですが。

シンメトリーによって計算され尽くしているので、この映画のポスターってすごい部屋に飾りたくなる感じなんですよ!

構図を意識していて、カメラは基本的にフィックス(固定されたカメラ)で、フィックスの画カットを繋いでいく編集です。手持ちカメラはほとんど使われていません。

ほとんどフィックスなのですが、カメラが動いた時の圧倒的な臨場感は印象に残ります。カメラを動かすことに対しても計算されており、意味がなければカメラを動かさないと言った強い意志みたいなものを感じます。

豪華な役者陣の素晴らしい演技

ウェス・アンダーソンと言えば、常連の俳優を使うことでお馴染みです。
例えば『ゴースト・バスターズ』などで知られる名優ビル・マーレイ。ウェス・アンダーソン作品には9回目の出演らしいです。いつもやる気なさそうな感じですが、それでいて圧倒的な存在感を持つ唯一無二の俳優です。

ビル・マーレイ

そして、アカデミー賞、エミー賞、トニー賞の演技の三冠王を受賞しているフランシス・マクドーマンド。

フランシス・マクドーマンド

イケメン俳優からしっかりベテランの域になってきたオーウェン・ウィルソン。彼もウェス作品は8作目なんだとか。

オーウェン・ウィルソン


この他にも、ベニチオ・デルトロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、マチュー・アマルリック、ジェフリー・ライト、と言った名優が揃い、更にティモシー・シャラメやレア・セドゥ、シアーシャ・ローナンなどの人気と実力を兼ね揃えた若手まで、よくこんな揃えたなというレベルで出演しています。
さらに、端役でエドワード・ノートンやウィレム・デフォー、リーブ・シュライバー、クリストフ・ヴァルツなども出演していて、観ていて「うぉ!」となる豪華なキャスティングでした。

オマージュとフランス愛が溢れ出す

この映画は

受刑者の画家と看守
学生の革命
警察署長の息子誘拐事件


という大きく3つの話から成り立っています。

どれもウェス・アンダーソンらしい、毒気とコミカルさが混ざり合った面白い話なのですが、一見すると要領の得ない話が多い印象です。言い換えるなら観ている側がどういう気持ちで観ていいか分からないのです。この映画の欠点となり得るとすれば恐らくここだと思います。

なぜ分かりづらくなっているかと言えば、それはウェス・アンダーソンがやりたい事をやっているからに尽きます。
もっと端的に言うなら、ウェス・アンダーソンが愛したものをウェス・アンダーソンの表現の仕方で再構築したのが今作だからです。

一章のベニチオ・デルトロ演じる刑務所の画家の設定は『素晴らしき浮浪者』(1932)という映画が下敷きになっていると思われます。この映画はフランスの印象派の巨匠ピエール=オーギュスト・ルノワールの息子で映画監督として知られるジャン・ルノワールが監督した作品です。かなり古い映画なのでよっぽどの映画オタクしか観ていないかもしれません。

『素晴らしき浮浪者』(1932)

第二章はパリの五月革命を描いています。五月革命はベトナム戦争の泥沼化などで世界的に隆盛したカウンターカルチャーが背後にあります。学生運動が盛んになったフランスでシャルル・ド・ゴール政権の右派的(父権主義、植民地主義)政策に対抗して起こりました。結果的にド・ゴール政権は求心力を失い、翌年ド・ゴールは辞任します。
この革命に影響を与えた映画がヌーヴェルヴァーグを代表する生きる伝説ジャン=リュック・ゴダールの『中国女』(1967)です。第二章はこの映画からの影響も見て取れます。

『中国女』(1967)

この他にも、ジャック・タチのオマージュなど含めて、フランス愛に溢れた映画です。


これは観る雑誌なので

この映画を観るときに「よく分からない」と思って楽しめなかった人もいるかもしれません。しかし、「分かる」必要はありません。なぜならこれは観る“雑誌”なのですから。

皆さんは雑誌を読む時に理解しようとしていますか?
僕はしません。そもそも理解しようと本を読む事というのは哲学書や教科書を読む時くらいではないでしょうか?
雑誌というのは大抵役立つ情報や面白いコラムが載っていて、デカデカと写真が載っているものです。書いてあることが理解できないならば写真を楽しみましょう。特にこの映画は写真に強いこだわりがある“雑誌”です。

この“雑誌”の文章=物語はいわば添え物。映画オタク向けの小難しいことが書いてあるので分からなければ写真=構図だけ楽しみましょう。写真に集中すると新しい面白さが見つかるかもしれません。どうしても文章が気になるなら僕が書いた上記の映画を観てみてください。レンタル店にあるはずです。

どう楽しむのも自由!これはウェス・アンダーソンという人が好きなものを詰め込んだ愛の溢れる“雑誌”なのですから!!

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