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【第12話の⑧/⑯】レモン亭 /小説

 「あっ、武田君じゃん。そこ座っていいかな」食堂で朝ご飯を食べていた時に声をかけてきたのはサークルの同期の平井さんだ。
「いいよ、今日サークル行く?」
「行くけど、武田君は?最近あんまり顔ださないね」
「ちょっと最近忙しくてあんまり将棋をやる時間がなくて。今日はどうしようかな、行けないかもしれない」そう、今日はとても緊張の日になるかもしれない。
「ふーん、でも今日はモモは来ないよ、バイトあるから」モモとは川村さんのことだ。なんでこいつ川村さんの話を出してきたんだ。眠気が一気に吹き飛ぶ。
「そうなの」と無関心を装うも何かあるのか気になって仕方がない。
「そうなの、じゃないんじゃないの。最近、モモとよく会っているらしいじゃない。」何か言いたそうな顔をしながら続ける。


「いいこと教えてあげようか」もったいぶった言い方だ。
「別にいいけど」本当は、川村さんのことは些細なコトでも知りたかったけど、何かを悟られることが嫌だったこと以上にこいつの手のひらで踊らされるのが何より気に食わない。不適な笑いをうっすらと浮かべながらじーっと顔を見られる。
「あっそ、私さぁ税理士事務所でバイト始めたのよ。偶然でびっくりしたんだけど、道挟んだ喫茶店でモモがバイトしてるのよ。ウェイトレスの制服着たモモが超可愛いのなんの」
「ふーん、すごい偶然やね」興味が全然ありませんという空気をしっかりと出す。そっけない対応に見えただろう。ばーか、こちとらじっくり見たことあるんだよ、レモン亭だろ。お前のバイト先もおおよそ検討つくんだよ。弱みにつけこんで優越感に浸りたかったのか知らないけど残念だったな。
「教えてあげようか喫茶店の場所」とさらに餌をまいてきやがる。
「いいよ、別に。川村がどこでバイトしようとしったことじゃないし」
「ふーん」かなり物足りなそうだが、一先ずこの話はひと段落ついた感じだ。こいつどこで嗅ぎつけたのか探っておかないと、余裕で変な噂を立てかねない。注意しておかないと。まさか、小森とかとつながっているということはないと思うが、要注意だ。


「ところで、この前言っていた高友八段の棋譜みたよ」この機を逃さず別の話題に変える。平井さんは誰とでも仲良くなるタイプなので、必然的に川村さんより話す時間は多く、少し面倒くさい所はあるけれど仲は良いほうである。よくいるただ自分の話したいことをテンション高く一方的に話すことはせず、ちゃんとこちらの話を最後まで聞ける子だからだろう。おい俺よ、ちょっと待てよ、こいつがバイトを始めたのは十中八九斉藤税理士事務所だろう。うまく利用すれば、三井さんの謎の解明のためにいい働きをしてくれるかもしれない。


斉藤税理士事務所は、俺たちなんかより遥かに多くのことを掴んでいる可能性はある。きっとそうだろう。こいつの話に乗ったふりをして、肉を切らせ骨を断つではないが、しっかり動いてもらい最後に笑おうじゃないか。ある意味かけだが、こいつを利用しない手はないんじゃないかという気持ちは芽生えるや否やどんどん強くなってきた。将棋の話がひと段落したときに、話を戻すことにした。これは戦略的話題転換だ。
「そういえば、さっき言っていた喫茶店、あれやっぱり教えてくれる?」平井さんの顔がパッと明るくなるのが分かった。耐えろ俺、今から来る面倒くささを乗り越えるんだ。


 (続く)


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