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忘れられる権利


私は昔から日記を書くのが好きで、オンオフ期間もありますが、25年ほど続けています。

そのうち15年ほどは紙で、その後デジタルに移行しました。今、デジタルデータをNotionに一元化しようとしており、紙データをどうするかふと迷ったのですが、「忘れられる権利」について思い浮かびました。

10年日記のメリット

ここ数年は10年日記アプリを使っています。これは文字通り、10年用の日記帳であり、簡単に去年や一昨年の同日の日記が見られるようになっています。

過去の自分の思考に触れるのはとても面白いです。昨年の自分からの成長を感じたり、昨年疑問に思っていたことに今の自分が答えたり、毎日の振り返りになります。

しかし私が10年日記で一番有用だと思うのは、悩みの捉え方に新しい視点を与えてくれたことです。

今、ものすごく心を思い悩ませることがあっても、来年の今頃はその時の気持ちを全く覚えていません。その問題はどうでもいいことになっていることがほとんどです。
失恋しても、仕事を失っても、一年経てば状況はまた変わっています。

去年の同日に私が思い悩んでいた事は、今の私を煩わせてはいません。一年経てばほとんどの悩みがどうでも良くなるのです。

このことが身をもって実感できるのが、10年日記の最大のメリットだと思っています。

忘れられる権利

10年日記アプリは、10年経つと11年前の日記が消えてしまう仕様です。そのため今後どうしようか迷っていたのですが、Notionで一元化してしまえば、11年後もデータは消失しません。

その時ふと頭に浮かんだのが、最初の15年の紙の日記のことでした。もしこれらがデジタルデータだったらそれも簡単に移行できたのになと思ったことでした。

しかし、10年前の自分のデータを見て何か得るものはあるのでしょうか?
その時々で真剣に人間関係やキャリアに悩んだ一方で、恥ずかしいこと、思い出したくないこともたくさんあります。

10年前の私は、もう思い出して欲しくないかもしれません。
データはいつまででも残るけど、記憶を無理やりほじくりだすようなことは果たして意味があるのでしょうか?検索すれば、陳腐化したたくさんの過去の情報が出てきますが、それは時として、不確かな情報として害を与えることすらあります。

データ移行して、色んな思い出を回帰させるよりも、忘れられる権利を行使したほうがいいのかもしれません。そうは言っても懐かしさが上回る気もするのですが。

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