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十三機兵防衛圏をクリアしたのでクソ長い感想と覚書と、あとエンタメSFのすばらしさについて。

※本編ネタバレ注意




神谷盛治氏、天才????

 いきなり神谷盛治氏が天才なのではないかと疑ってしまった。

 なにが天才的なのかというと、様々なレビューで散々言われているように、単純なシナリオの面白さやエンタメ性の高さのみならず、群像劇をアドベンチャーゲームでやろうという際に骨が折れるはずの情報の取り出しが異常に上手いのである。どういう制作方法でシナリオを組んだらこういう見せ方ができるのか想像できないというレベルで。

 はじめに一本筋のシナリオをこさえてから各登場人物ごとにソートして分けたのだろうか? まあ、その辺の元となる作り方自体が違うということはないだろう。とはいえ、各パートでそれぞれ魅力的な引きを用意している緻密な構造を考えると通常想定されるシナリオの作り方がそのままうまく作用するとは到底思えない。

 わからない……

 何をどうしたらこういうシナリオの見せ方ができるのか……

 まあ悩んでもわからないものはわからないから早々に考えるのはやめることにするけど、この域までくると正直いって少し不気味である。どんな脳みそをしているのだろう? ひょっとしてAIの方なのだろうか?


プレイした理由

 最近、インプット強化月間に突入した。ある日ふと、昔得た知識だけで物を話している自分に気がついたので、それではよくないと思って新しいコンテンツをたくさん取りこもうとしているわけである。映画・小説・漫画・アニメ・ゲームを問わず、興味があってメモしていたものを片っ端から潰そうとしている。まあ、勉強といえば勉強である。

 ぼくはアトラス社のゲームもヴァニラウェア社のゲームも好きなので、十三機兵はやらない理由がなかった。単に重い腰が上がらずに一年近く放置していたのだが、上記のインプット強化月間にあたって着手したというわけだ。

 ところでぼくは最近、優れたクリエイターの存在域がゲームにあるな~と頻繁に実感する。あるシナリオや世界観を組んで商業作品に仕上げるという一連の仕事に優れる人材が、小説家よりもゲームディレクターやシナリオライターに集まっているように思えてならない。実際、蓋を開けてみれば今年ぼくが特に感心した話は大体全部がゲーム作品だ。まあ、旧世紀とは違って、話を考えるのが生き甲斐の人間が必ずしも文章に固執する必要はなくなっているのだろう。今さらな話ではあるが。


以下、各キャラごとに早口オタク芸


鞍部十郎

 主人公だけど後半の柴久太の回収から話が盛り上がる尻上がりタイプ。「二重人格というか、過去の記憶が消されているのに加えて柴久太みたいなイマジナリーフレンドもいるってすごい設定の爆盛りだなぁ」と浅い読みをしていたら、イマジナリーフレンドである柴くんがもう一人の人格を担っていたという美しい回収をしてくるので非常に関心した。すごい。

 ラストパートおよびエピローグの柴久太との会話は技の妙があった。薬師寺恵としっぽの関係もそうだけど、途中で相手を疑う展開から急転直下して、最後には一番はじめの関係性に戻るという描写が王道ですばらしい。

 十三機兵は王道の人間関係を正面から書く名作だが、十郎はその代表格だと思った。

 元ネタはファイト・クラブだろうか。でもそれ以外にも諸々あるような気がする。


冬坂五十里

 序盤で森村先生と同一人物であることが明かされたり、その森村先生が1945年の三浦慶太郎の妹であることが明かされたり、クローン設定の仄めかしと同時にタイムトラベルのミスリードを招いたり、本作の根柢となるSF的要素を一身に受けた印象がある冬坂さん。

 ただし当人があずかり知らぬことが多く、本人はあくまで運命的な出会いをしたミステリアスなイケメンとの恋愛にしか興味がないあたりがコメディ空気を強めていて非常によかった。女子高生は無敵なので細かいことは気にしないのである。かつ、関ケ原瑛との恋愛に夢中の冬坂さんを書くことで、「この子と同じ遺伝子を持つ存在=森村先生も行動動機は恋愛(情)なのではないか?」と疑わせてからの種明かしなどは文句なしの演出だった。蓋を開けてみれば幼児森村先生も情にほだされるタイプの人だったわけで。

 これも後述するが、本作中でも言われていた通り、人は環境によって変化する。DNAよりも生後環境のほうが性格形成に影響するわけだ。とはいえ、根の部分が似通うように作られるのもまた事実で、その意味で「1985年の一般家庭に育った冬坂さん」は、それ以外の様々な異質な環境下にいた森村千尋たちの光の部分を示す希望的な存在として象徴されているように思う。

 元ネタはなんだろう。ミステリアスで危ない空気をまとうイケメンとの恋愛をばりばり書くあたり、ひと昔前の古き良き少女漫画の雰囲気が強かったが、いまいちわからない。

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 無敵の女子高生は…今どきロボットだって乗っちゃうんだから!

 いいセリフだよな~~~と素直に思いました。


網口愁

 プロローグの引き込みが特に上手いと思ったキャラその一。かつ話が最も読みにくいタイプでもあった。井田鉄也周りの話が難しいのもあるけど、ループ後の井田鉄也の見た目がどちらかというと郷登くんにしか見えなかったので変な読み方をしてしまったというのもある。

 バイク乗り回したり、スケ番を追いかけまわしたり、夜にテレビに映るアイドルから話しかけられたり、なんとなく古き良きSFアニメの王道ストーリーをやっている気がしたが、元ネタはわからなかった。調べてみたらメガゾーン23というOVAと類似点が多いとか。戦場にアイドルの歌が響き渡るのは言わずと知れたマクロス。やっぱり王道に求められることをちゃんとやっているな~という印象だった。

 個別に書くつもりがないので井田鉄也についてもここに覚書。わかりやすいマッドサイエンティストキャラを様々な角度から書いてくれたおかげで、彼が如月兎美ちゃんに執着するのも納得が……いくかと思えば普通にキモいなという感想を引き出されるのでスゴイなと感心した。あれだけエモーショナルに描かれようともウサミちゃんに執着する姿がキモいと思わせる井田鉄也はスゴイ。でも十三機兵は愛の話だし、因幡うさぎとの終着をどう描くのだろう…? と首を傾げていたらスタッフロールエピローグでめっちゃくちゃに感心した。自分で電子の世界に会いに行く選択を取る、成長でいいじゃないかと思った。といっても井田鉄也がいる世界そのものが仮想現実なのだから、このへん微妙な話でもあるのだが。

完璧な導入だったな~

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薬師寺恵

薬師寺恵は最高の女

一番好き

薬師寺恵が幸せになって本当によかったと思っている

 一番好きなキャラだった………

 パートとしても一番好きだったので大事に進めていました。薬師寺恵は最高の女。

 十三機兵は各キャラのパートでジャンルをがらりと変えるのが特徴で、しかも「このキャラにこのジャンルをやらせるのか~!」と感心させる意外な組み合わせを選んでくるのだが、薬師寺恵がまさかの魔法少女モノだったことが判明したときは爆笑のあまりコンタクトレンズが落ちてしまった。薬師寺恵は最高の女。

 記憶喪失の彼氏の思い出を取り戻すために怪しい猫からもらった魔法の銃でガンガン顔見知りを撃っていく薬師寺恵。親友のトミちゃん以外はさして悩むことがなく、なんなら親友のトミちゃんですらあまり悩まずに撃ち、とっとと家に帰って記憶喪失かれぴの胃袋を掴むためにハンバーグ作りに勤しむ薬師寺恵。自分のことを頭がいいと鼻にかけていてお高く止まっている魔法少女の薬師寺恵。全部が最高で構成されている最高のキャラクターである。薬師寺恵は最高の女。

 薬師寺恵があまりにも最高すぎたため、途中からSFとしての大仕掛けよりも薬師寺恵とかいうヤバい女が幸福に終われるかどうかという点にのみ興味が移ってしまった。なので薬師寺恵だけ撮ったスクショが異常に多い。ぼくのPS4をパンクさせる気か。

最高

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最&高

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薬師寺恵に分別があるわけねーだろ

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 公式CPである鞍部十郎とはCPなだけあって重ねるところが多く、互いに和泉十郎というトリックスターに惑わされていたというのは関係性の重複が素晴らしかったと思う。同時にしっぽが最後に尻尾を振るのも十郎パートの柴久太と同じで、これもまたよかった。

泣かせる

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よかったな~~~薬師寺~~~~~~~

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薬師寺恵は最高の女

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薬師寺恵は最高の女 というか普通に可愛いんだよな

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本当によかったな~~~~!!薬師寺ィ~~~~~~!!

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 薬師寺恵は最高の女。


比治山隆俊

 エピローグで焼きそばパンを食べないから驚いた。

 比治山のパートの作り方は全編通してものすごく感心した。沖野司という超重要人物と繋がっているから郷登蓮也に並んで重要性が高く、終盤までロックされる作りにも関わらず、徹頭徹尾きっちりとギャグ時空で生きていくから話のバランスの取り方が非常に上手い。技だなと思った。

 比治山×沖野は最初から最後まで最萌CPをやってくれたと思う。特に沖野司の描き方はうますぎてずるいなと思った。三浦慶太郎と南奈津乃以外は全キャラクターが育った環境の違いで前世と違う相手とくっつくのにこの二人だけは一貫してCPを組んでいるし、それも比治山→沖野かと思いきや沖野→比治山という関係性まで保っているから素晴らしい。というか沖野とかいう最萌キャラはいったいなんなのだぜ。

 ところでエピローグで焼きそばパン食べない理由、比治山が1985年に来てからというもの焼きそばパンしか食べていないという設定を生かして、仮想現実を抜けたあとで薬師寺恵が作ったハンバァグやら鯖の塩焼きやらを食べた結果、焼きそばパン以外にも旨いものがあるということに気づいて焼きそばパンの呪縛から解けたという妄想もできるなと思った。つまり比治山は実は何を食っても膝をついて感動に打ち震える。

性別を変えても見た目の変わらない沖野くんと、まじでかわいい比治山

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鷹宮由貴

 力強い演技の小清水亜美さんが腹に響く。主にミステリーと薬師丸ひろ子担当。不良少女なのに探偵役というハズシをしてくるのが十三機兵の魅力。元ネタはスケバン刑事。

 百合に片足を突っ込んでいるのではないかというくらい南奈津乃に執着し、エンディングではとうとう「なっちゃんとの子供」とか言い出す鷹宮由貴だがクローン元が母娘であることを考えるとめちゃくちゃ過激なキャラクターでもある。でもそれも十三機兵の魅力。

 案外、群像劇のストーリーを作るにあたって鷹宮由貴のパートが最も苦労したのではないかなと思った。女子トイレのボヤ騒ぎだったり、行方不明の南奈津乃だったり、他のキャラクターで核心が描かれる部分の外郭を表現する役目を担っているからどうしても地味になりそうなところを、それでもプレイヤーが退屈しないように描けていたと思う。

 よかったね

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 冬坂×如月×美和子なんかもそうだけど、十三機兵は正面から女の子たちの友情を描いてくるので、小さな積み重ねの結果のこういうシーンが素直にいいシーンだと思える。


関ヶ原瑛

 通称瑛ちゃん。主な担当はトータル・リコール。どちらかというと雰囲気は恋愛に理解のあるヒイロ・ユイという感じ。

 群像劇として面白かったパートの一つ。記憶を失ったところから話が始まり、失う前を含めて種明かしをしていくのは映画メメントの手法っぽくも思える(このあたりは東雲諒子も同じだが)。SF寄りのミステリも担当していて、夜の街で手持ちの手がかりから調査していく様子はこれもまた美しい王道を感じた。

 硬派で保身第一の殺し屋の人格がストレートに可愛い女子高生からの好意にほだされて、最終的には若干なし崩し的にくっつくあたりも様式美。この様式美はとても大切で、だかこそ開幕から殺人容疑がかかっていたり、あるいは東雲諒子との絡みで悪役っぽく描かれたりするが絶対に善人だなと判った上で安心して見ていることができるわけである。

それにしても完全にウィングマンである

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最終チャプタータイトルが一番かっこいいキャラでもあった

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南奈津乃

 健康かわいいJK。珍しく恋愛感情が行動動機ではない常識人。主な担当はE.T。ナチュラルにセクター移動を繰り返すため重要人物であり、その他の多くのキャラクターのストーリーをロックし続けた子でもある。

 かなりドストレートにとんでもない事態に巻き込まれる。別のセクターに取り残されたり、ドロイドがおそろしく描かれるシーンでは大体怯える役だったり可哀想な面も目立つが、根が明るいSFオタクだから過酷なシチュエーションもすんなり受け入れるという楽観的な描き方は冬坂と並んで十三機兵の女の子のいい特徴だなと思った。

 本作はタイムパラドックスの無視っぷりからして時間旅行がそのままタイムスリップを意味するのではないということが初めからわかりやすく提示される中で、南奈津乃が1945年の鞍部玉緒と出会う=1985年でも仲がいいのはこれが理由だろうか? と疑わせて土台の理解を覆してきたりなど、ちょっとトリッキーなミスリードを張ってくるキャラクターでもあった。全貌が明かされる前の導入としてはいいミステリーを提示する役回りで、総じて面白いパートをもらっていたように思う。

最後まで王道を演出してくれて偉いな、と思った

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このストレートチャプタータイトルで泣ける

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三浦慶太郎

 どちゃくそに声がかっこいい(CV石川界人)帝国軍人。キャラビジュアルが満点。かのぴと同じく恋愛感情で動いているわけではない常識人その二。このCPだけ行動理由が崇高でとてもいいと思う。

 三浦パートは1945年に戻ることが目的として動いているが、時間旅行が=時間旅行ではないことがわかっているため、ある意味彼のパートが最も地味だったかもしれない。とはいえ比治山よりもストレートにタイムスリップの文化的驚きの描写をしたり、千尋を含めた王道の謎かけがあったり、2188年の未来の描写が初めて行われたり、エンタメ的に劣るということはないのだけど。

 三浦くん自体はそこまで書くことがないので、代わりに三浦くん妹のSF的な秀逸さについてここに書く。

 ぼくが本作のSF的側面で最も感動したのは森村千尋(幼児)だった。三浦編の最後で再会した際に「兄との記憶自体はあるから拒絶すると強いストレス反応が出るから仕方なく」三浦を受け入れるという森村先生の描写はまさしくSFである。

 エンタメにおけるSFの役割というのは、ひとえに異常なシチュエーションに立たされているキャラクターの蓋然性を作るためにあるとぼくは思っている。つまり、たとえばロリババアのようなキャラクターが萌えるから作りたいと思ったとき、単に幼少期に不老不死になったキャラクターなんかを出すのは説得力がないし、芸もない。そこに現実味のある設定を吹き込むためのファクターがSFというわけである。たとえば重い刀を振り回し、男口調で喋る美少女が描きたいなと思ったとき、そのキャラクターに説得力のある命を吹き込めるのがエンタメにおけるSFの役割であり、仕事だ。つまり、SFとは蓋然性の演出のための機材なのである。

 なので森村千尋(幼女)はエンタメSFを体現した良キャラといえるわけだ。

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 あまりにもいいセリフだと思いますよ、ぼかぁ

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如月兎美

 薬師寺恵を除いたらMVPになっていためちゃくちゃ可愛い子。というかただの可愛さ争いだったら薬師寺を遥かに凌駕している。可愛いの具現的存在。具現化系の能力者だと思われる。主な担当は漂流教室。

 とにかくあざといくらい全編通して可愛かったですね、というキャラクター。井田鉄也のような異常者が何十年経っても忘れられないで再現しようとするのも頷ける可愛さ。本編の役割的にもかなり重要ポジションをもらっており、結末も如月兎美がいい子でなければこのハッピーエンドを迎えることができなかったとまで言える。頭がいいし可愛いので基本的に満点を取っている。

 兎美パートよりもそれ以外の人の話で現れたときに衝撃的であることが多いため、自分が担当している漂流教室パートはそれなりに低空飛行ではある。だが圧倒的な可愛さをほうぼうで見せてくるためそれもあまり気にならない。

ツンデレシロタイツオサゲアカメガネカワイイオバケ

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エピローグ、順当に泣ける

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井田鉄也が見たら咽び泣くシーン

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 兎美ちゃんはとにかく手を口に当てて笑っている姿が印象的だったように思う。と書いて気づいたけど兎美ちゃんだけ可愛さの説明ばかりしているのでぼくはおそらくマジで可愛いなと思ってプレイしていたのだろうな。でも見るからにラブラブの鞍部十郎と薬師寺恵よりも先に子供をこさえている如月兎美は本当に可愛いと思うよ。

 因幡深雪と井田鉄也の話もよかったし、途中でドロイドとして出てきて不穏な空気を醸し出すのもよかった。品質の高さを見るに、とにかく制作側に愛されていたキャラクターなのだろうと思う。ヴァニラウェアお得意の食事シーンもJKトリオで担っていたわけだし。


緒方稔二

 プロローグの引き込みが特に上手いと思ったキャラその二。主な担当はミッション:8ミニッツと杜王町。ストーリー全てが駅のホームからはじまり、着実に話の核心に近づきながら、同時に如月兎美に対する想いまで昇華させていくという非常に秀逸なパートだった。めちゃくちゃ面白かった。

 ドストレートにただ面白かったのであまり書くことがないかもしれない。

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 沖野司と冬坂五十里が一緒にいるという絶妙な違和感とか、駅の彩光の射し込み方とか、気を遣ってループ世界の不気味さを描いていたように思う。実際、乗車後は大体ホラーっぽい演出が入るわけで。あと兎美パートでこの駅のホームが出てきたときは時系列の繋がりで普通に感心していました。

 以上です……

 書いて気づいたけど、ぼくは兎美×稔二のCPで萌えていたのではなく、ただただ兎美単体に対して萌え上がっていただけっぽい。


東雲諒子

 早見沙織さん、こんな能登麻美子っぽい静かでいい演技ができる方なのだなと驚いたキャラクター。主な担当はシャッターアイランドとメメント。かなり意識的にホラーパートとして作られた節があるが、オチが読めてきてからは見ているだけで笑えてくるキャラクターでもあった。本編の役回りも道化に近い。

 やけに愛情が深いキャラクターがぞくぞく現れる十三機兵の中で、ほぼ唯一ヤンデレの域まで達した稀有な女ともいえる(ヤンデレ男には井田鉄也がいる)。薬師寺恵がぎりぎりのところでヤンデレにならなかったのに対して東雲諒子は余裕でその線をまたぎ、かつその事実を忘れて無実の瑛ちゃんを追いかけては銃で脅し続けていた。しかも同行者は大体すべての事情を知っている。いやシャッターアイランドかて。

 エピローグでなし崩し的に郷登くんとくっついていたのはどうなのだろうと思ったが、郷登くんが元カレで井田鉄也に執着していたあたり、無表情な眼鏡のイケメンが好みのドストライクなのだろうということを伺わせるし、わかりやすいキャラクターなのだなと思うと可愛く見えてくる。終盤では機兵の操縦以外ほぼすべての記憶がないことが判明し、ガンダムでいう強化人間の役割さえも担っていることがわかってますます不憫だった。

 クールっぽいこの三人が全員恋愛のために動いていたということが判明したとき、ぼくはものすごく笑いました。

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 常に猜疑心の宿る目つきで相手を見るグラフィックが可愛いなと素直に感心していた。彼氏のイケメン度は本編でもトップクラスだし、承認欲求を満たして健やかに毎日を過ごしてほしい。


郷登蓮也

 本編通して解答編をやってくれる人。主な担当はテニスの王子様。クールぶっているのに思いっきり恋愛感情で動いていたことが判明して急に好感度が上がった人。あと森村先生殺害の犯人を当てるときの理屈が非常に明朗で、久々に探偵役で面白いしいいなと思えた人でもある。

 森村先生(幼女)を無表情で攫っていったり、このゲームの眼鏡男は全員変態なのかと錯覚させるのに一役買っていた。とはいえ幼女とイケメン眼鏡の組み合わせはビジュアル的には満点に近しく、真面目腐った顔で森村先生を抱えて運ぶ姿などは10.0を差し上げたい芸術点がある。

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悲しきガチ恋勢

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全体的な所感と、SFのすばらしさ

 十三人のキャラクターにそれぞれ言及できたりなど、とにかく登場人物の魅力が秀逸な本作。話のオチはマトリックスから特に成長していないと言われればその通りかもしれないが、その話の見せ方が常識では考えられないほど特殊で印象深いし、エンタメ的な演出は昨今のSFでは類を見ないほどに上手い。

 なにより、本作のSF的な倫理観はぼくの主義に通じるものがあった。

 これは”彼方のアストラ”の感想でも触れたことだが、人間の運命というものが遺伝子では決まらないという価値観はひとつの大きな希望のように思える。

 というのも、いわくニンゲンは思わぬ領域で遺伝の強い影響を受けている生き物だという。知能指数や容姿のみならず、文学性(リテラシー)やギャンブル欲までもが遺伝の影響を受けるという科学的な論拠が示されており、昨今見られる選民思想を助けるようなデータが日々確認されている。

 かつてソ連はラマルキズムを採用していた。生物の生態が生来の遺伝によって確定するという資本主義的・欧米的な優生思想(ダーウィニズム)とは異なり、DNAの深層であるセントラルドグマに影響して後天的・意志的に進化することが可能である獲得形質説(ラマルキズム)を採ることで共産主義の劣勢を打破しようとしていたのである。これはソ連の生物学者ルイセンコが主導したもので、当時大きな論争を起こした。

 かのごとく、サイエンスには人々の希望が反映されることが往々にしてある。では、人間とは生まれながらにして血の呪縛から逃れられないのだろうか。遺伝子という想像を絶する種の保存の箱舟には抗えないのだろうか。

 ぼく自身、生きていて遺伝子の影響を実感することが頻繁にある。これは年を取るほどに強く実感することだ。自分が自分という檻に捕らえられている風にすら思える、それは強固な楔である。

 SF作品ではそのあたりの描写がストレートに描かれる。結局、アヒルの子はアヒルであるという結論を出すものや、アヒルの子が白鳥になるという異なる結論を出すものもある。その文脈で言うなら、十三機兵が描いたのは後者だ。「遺伝的に同じ人間でも育つ環境で異なる結末に達する」という描写は、やはり希望なのだと思う。SFは思考実験をおこなうための創作であり、それがゆえに希望を託すことが許される。2188年では愚かに間違えて殺人さえ犯した人間が、まったく異なる環境で友達や恋人と過ごす中で、そのような毒気が一切ない状態で立派に育つかもしれないじゃないか、と十三機兵は言っているのだ。アヒルの子が白鳥になることもあるのだと。それは単純にいい話じゃないか、とぼくは思う。

 かつ、十三機兵は他の要素でも明るいSFを見せてくれた。有機生命体が無機生命体に対してナチュラルに友情を覚えて帰結する、エピローグの如月兎美や冬坂五十里のシーンである。2020年現在はたかだか肌色の違いで諍いを起こしている人類であるので(なんとバカな生物なのだろう)、将来的には有機生命体と無機生命体が諍いを起こすに違いない。人工生命に意識が芽生えるのはそう先の話ではないし、その際に人権を認める・認めないで人類がまたバカな争いをするのは目に見えている。

 こんな自明なことをわざわざここに記すこともないが、果たして自己にすら意識があるのかどうか不確定な世界で、当然他者の意識を認めることなどできはしない。哲学的ゾンビ説は実証も否定も不可能であり、自分以外の人間に意識があるかないかなんてことは誰にもわからない。とすれば、本質はただ「意識があるように見えるかどうか」にのみ依存する。タンパク質の身体だろうとチタン製の身体だろうと、外から会話をしていて相手に意識があるように見えれば、それが生命なのである。他者接触とははじめから幻想なのだ。だから、相手がAIであろうと、精子と卵子が結合した結果なんか知らんが生育されたボディに収まっている意識のあるように見える生物(=我々人間)であろうと、相手を友達だと思えば友達なのである。

 十三機兵防衛圏は、SFというアイテムを使って実直に人間ドラマを描いていた。SFはあくまで手段であって目的ではないというのがぼくの意見だ。結局、最後に描くべきところは人間であり、人間賛歌なのである。

 十三機兵は徹頭徹尾、その姿勢を正しく保ち続けた。エピローグで鞍部玉緒が述べたように、様々な宗教戦争や差別論争を経て、多くの犠牲者を出しながらも少しずつ倫理的に成長した生物の形が人類だ。つまり、現状の人類そのものが人類にとっての叡智の結晶だと述べているのである。それは紛れもない人間賛歌の話だ。

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 だから、本作は名作なのだとぼくは考える。

 以上でありんす。

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