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【第11回】メタボリズム的通訳思考法

みなさま、こんにちは。
第11回講義の振り返りブログを担当するMです。今回の講義では、「メタボリズム的通訳思考法」について学びました。メタボリズムと聞いて「新陳代謝」という言葉が真っ先に頭に浮かんだ筆者は、新陳代謝と通訳に一体どんな関係があるのだろうと不思議に思いながら講義が始まったのですが、通訳者を目指している人だけでなく、既に通訳者として稼働している人にとっても非常に学びになる実践的な講義でした。

そもそもメタボリズムとは

メタボリズムと聞いて、筆者のように「新陳代謝」がまず頭に浮かぶ人は少なくないと思います。
しかし、ここで言うメタボリズムは建築から派生した言葉のことで、Wikipediaには以下のような説明があります。

メタボリズムは、1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動。新陳代謝(メタボリズム)からグループの名をとり、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。

建築物を建てたら周りの環境や住む人々が変化したとしても、建物自体は変わらないというのが従来の建築の考え方だったらしいのですが、メタボリズム運動では、周辺都市や住む人々の変化や成長に合わせて有機的に成長する建築を提案しました。ここで最も大事なのが「変化や成長に合わせて有機的に成長する」の部分です。ここから、この考えた方を通訳に適用する方法を深堀りしていきたいと思います。

メタボリズム的通訳思考法

関根先生はメタボリズム的思考法を以下のように考えています。

・文章や文章構造に合わせて有機的に成長(展開)する文章
・メタボリズム思考を体得できるかで、心の余裕に大きな違いが生まれる
 ー 余裕があれば冷静に判断できるし、現発言の残像が残りやすい
・主にFIFOで一部コミットしたあと、言い直しをしないで上手く着地させるのに便利

このメタボリズム的思考法が使われるのは、主に同時通訳の場面です。同時通訳では、センテンスがどう終わるのかわからない見通しが悪い中でも、話者に遅れることなく通訳しなければならないため、FIFOで聞いたものから順番にチャンキングをしながら訳出していきます。
しかし、FIFOやチャンキングだけでは、情報を正確に出すことができたとしても一文が一文が短くなり、結果的に表現も稚拙になりがちです。より洗練された聞きやすい表現で通訳するには、話者の話がどう進んでいくのかを予測しながら、適度にコミットして、自分の訳の方向性を決める必要があります。
ただ、常に正しい方向にコミットできるとは限らず、予測が外れて話者とは別の方向に訳が向かってしまうことがあります。最適な方向性にコミットできなかったとしても訳の言い直しをせずに、自分が既に発した言葉や文章構造に合わせながら、柔軟かつ有機的に訳を発展させて上手く着地させるのが、メタボリズム的思考法です。筆者自身も普段の業務でコミットしすぎてしまい、結果的に訳を言い直さなければならないことが何度もありました。同じように同時通訳の際の訳の言い直しに悩んでいる人は、メタボリズム的思考法の練習を繰り返すことで柔軟な文章構築力を身に着け、訳の言い直しの回数を減らすことができると思います。
では、具体的な練習方法を例とともに見ていきましょう。

英日の場合

Mr. Liu was a student of literature and literary theory, who received his Ph.D. from, and taught at, Beijing Normal University. Overseas when the Tiananmen uprising began in 1989, he rushed home to join the protests and played a key role in securing safe passage from the square for many demonstrators before the military crackdown, saving hundreds, perhaps thousands, of lives. 

少し長めのパラグラフですが、まずは逐次通訳の場合どう訳すか見ていきましょう。「リウ氏は大学で文学や文学理論を学び、北京師範大学で博士号を取得し、同大学で教鞭を執りました。1989年に天安門事件が始まったときには海外にいましたが、抗議運動に加わるために急いで帰国し、軍隊による弾圧が始まる前に天安門広場から抗議者ら(デモ参加者ら)が安全に逃げられる道を確保するのに重要な役割を果たし、何百人、おそらくは何千人もの命を救いました」。逐次通訳の場合はこのように後ろの情報を前の方の持ってきて綺麗に訳すことができますが、同時通訳ではまず不可能と思った方がよいでしょう。一文目の"Mr. Liu was a student of literature and literary theory, who received his Ph.D. from, and taught at, Beijing Normal University."は、逐次通訳では英語と同じく一文で訳すことができますが、同時通訳ではFIFOでチャンキングしながら、次のように訳した方が安全だと思います。「リウ氏は大学で文学や文学理論を学びました。その後博士号を取得し、自身が学んだ北京師範大学で教鞭を執りました」。英文では「大学」という言葉は出ていませんが、"was a student of literature and literary theory"を聞いた瞬間に大学で学んだということが推測できるので上記のような訳が出せます。
では、"of literature and literary theory"まで待てずに、"Mr. Liu was a student"が聞こえた段階で「リウ氏は学生で」とコミットした場合はどう訳文を展開させられるでしょうか。この場合は「リウ氏は学生で」と訳出しているときに"of literature and literary theory"が聞こえているはずなので、そのまま「文学や文学理論を学んでいました」と付け加えることができます。ここはあまり難しくないと思います。
では、次の"who received his Ph.D from, and taught at, Beijing Normal University."はどうでしょう。上記の訳では、"who received his Ph.D"が聞こえた段階で一旦「その後博士号を取得し」を出しました。これを訳出しているときには既に"from, and taught at, Beijing Normal University"が聞こえているはずなので、同じ大学だということがわかるように、「自身が学んだ北京師範大学で教鞭を執りました」という訳が出せると思います。
二文目の"Overseas when the Tiananmen uprising began in 1989, he rushed home to join the protests and played a key role in securing safe passage from the square for many demonstrators before the military crackdown, saving hundreds, perhaps thousands, of lives. "をFIFOで訳すと次のようになると思います。「天安門事件が始まった1989年は海外にいました。急いで帰国して抗議運動に参加し、次のような重要な役割を果たしました。安全な道を天安門広場に確保したのです。多くの抗議者が軍隊による弾圧の前にこの道から逃げることができました。これにより(結果的に)多くの命が救われたのです」。最初の"Overseas when the Tiananmen uprising began in 1989"の部分は、"Overseas"だけでは訳を開始するのが難しいので記憶しておきます。次の"when the Tiananmen uprising began"が聞こえたら、「天安門事件が始まった〜」と訳し始め、この段階で聞こえているはずの"in 1989"と、記憶しておいた"Overseas"を後ろにつけると、「天安門事件が始まった1989年は海外にいました」という一文にすることができます。"he rushed home to join the protests and played a key role in"の部分は、"he rushed home to join the protests"で「急いで帰国して抗議運動に参加し」と訳し始め、"played a key role in"は「次のような重要な役割を果たしました」でコミットしています。ここでコミットした理由は、ある程度の英文法知識がある方ならわかると思いますが、"played a key role"が聞こえた瞬間に、"in~"で文章が続くのが容易に予測できるからです。"played a key role in"に続く文章が記憶できないほど長くなるリスクを考慮して、一度コミットするのがベストだと判断しました。
次の"securing safe passage from the square for many demonstrators before the military crackdown"は、"securing safe passage from the square"で「安全な道を天安門広場に確保したのです」と一文で出します。これ訳出している間に"for many demonstrators"が聞こえているはずなので、「多くの講義参加者が」と訳出し、次の"before the military crackdown"で広場に確保した安全な道から逃げたということがわかるので、「軍隊による弾圧の前にこの道から逃げることができました」という訳が出せると思います。最後の"saving hundreds, perhaps thousands, of lives."は、たくさんの人が救われたということが伝わればいいので、「これにより(結果的に)多くの命が救われたのです」という訳で問題ないと思います。では、次に日英の例を見てみましょう。

日英の場合

首都圏の1都3県の緊急事態宣言は、3月21日をもって解除されます。政府は、引き続き、国民に感染対策の徹底を求めるとともに、無症状者のモニタリング検査を都市部で大規模に行うなどして、感染の再拡大防止に全力を挙げることにしています。

上の文章を逐次通訳的に訳すと、以下のようになると思います。
"The state of emergency in Tokyo and the three neighboring prefectures is going to be lifted on March 21st. The government will continue to ask the public to take thorough precautions, and take necessary measures such as conducting large-scale monitoring tests on coronavirus carriers with no symptoms in the Tokyo metropolitan area in order to prevent a resurgence of infections."
では次に、「首都圏の1都3県の緊急事態宣言は、3月21日をもって解除されます」をFIFOで訳していきます。上記の逐字訳同様に、"The state of emergency in Tokyo and the three neighboring prefectures is going to be lifted on March 21st"と訳すことできると思います。この部分はシンプルなので、FIFOでも比較的簡単に訳が出せるのではないでしょうか。では、「首都圏の1都3県」で"Tokyo and the three neighboring prefectures"と出してしまった場合は、どのように文章を発展させていけるでしょうか。おそらく、"Tokyo and the three neighboring prefectures are under the state of emergency, which is going to be (set to be) lifted on March 21"のように、関係代名詞を使うことで、情報を後から足していくことができると思います。次の「政府は、引き続き、国民に感染対策の徹底を求めるとともに」は、「政府は、引き続き」で、"The government will continue"を出します。この間に「国民に感染対策の徹底を」まで聞こえているはずなので、ここで文脈から次の動詞を予測することができます。「感染対策の徹底を」の次は、「求める」や「お願いする」という動詞が来る可能性がかなり高いので、"ask the public to take thorough precautions"とコミットしてもおそらく問題ないでしょう。「無症状者のモニタリング検査を都市部で大規模に行うなどして」の部分は、「無症状者のモニタリング検査を」が聞こえた段階で、"monitoring tests on coronavirus carriers with no symptoms"を出し、「都市部で大規模に行うなどして」は、"will be conducted (carried out) in the Tokyo metropolitan area on a large scale"のような受動態、もしくは"will take place~"のような能動態で訳出することができます。「無症状者」が聞こえて、"coronavirus carriers with no symptoms"、もしくは"asymptomatic people"と訳出してしまっても、"will be subject to monitoring tests"のように文章を発展させることができると思います。
最後の「感染の再拡大防止に全力を挙げることにしています」の部分は、前の文章から繋がっていることを考えると、「感染の再拡大防止に」と聞こえた瞬間に、「取り組んでいきます」や、「努めていきます」のような言葉が来ると予測できるので、"in order to prevent a resurgence of infections"や、"to prevent another wave of infections"のように訳せると思います。同時通訳では話者の発言をすべて訳すことはできないので、「全力を挙げることにしています」の部分は無理に訳さなくても、意味は十分伝わるでしょう。

まとめ

関根先生も仰っていましたが、メタボリズム的通訳思考法は、同時通訳の本場というよりは、普段の生活や通訳トレーニングの際に意識するものです。常日頃からこの思考法を意識することで、柔軟かつ有機的な文章構築能力を身につけることができ、ブースの中で最大限に力を発揮できるようになります。慣れないうちは脳が締め付けられるような感覚を覚えると思いますが、継続すれば通訳力は確実に向上すると思います。

今回の講義の振り返りは以上となります。長文にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました!

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