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【同時通訳演習 第11回振り返り】N&A

同時通訳演習も残すところあと2回となりました。第11回のテーマは「ものづくりと安全管理」です。普段の仕事はメーカー勤務というクラスメイトによる発表でした。メーカー企業の新人研修に出てきそうな内容のプレゼンで、業界特有の表現も多くなかなか難易度の高い内容でした。

私は製造業とはまったく違う分野で働いているのですが、なんとなく自分の新入社員時代を思い出して懐かしくなりました。ペアを組んだAさんと、良かった点や悪かった点、パートナーとの比較やこれからの通訳に向けての目標設定などについて振り返っていきたいと思います。

1.良かった点

N:初めて15分交代で演習を行いました。最後までスタミナを切らすことなく訳しきった感触があるのでそこは大変良かったです。途中で残り時間が気になることもなく(そこまで気にする余裕もなく)気づいたら自分のターンが終わっていたという感じでした。

不得意分野どまん中のテーマだったため準備をいつにも増して念入りに行いました。たとえば業界用語の英訳はあらかじめ全て用意しました。これが役に立ち「休業災害」といった労働災害の種類や、作業者の基本行動5S、等のややこしい表現の英訳に困らずに済んだのがよかったです。たとえ話者が「赤チン」だとか「指差呼称」だとかいう言葉を使っても敢えて日本語は出さないぞ、と心に決めていたのでこの辺は上手くできてよかったです。「大正時代」(1912年 - 1926年)も敢えて「20世紀初頭」と訳出しました。聞き手に伝わりやすい訳になったのではないかと自負しています。

A:今回の演習を含めて合計6回演習を行い、毎回こうして振り返りを行ってきました。なかなか一朝一夕では直りにくい課題を抱えていることに気付かされましたが、こうして振り返りを行うことで、通訳塾を離れた普段の仕事で通訳を行っている時にも自分の癖に意識を向けながら訳出を行う瞬間が生まれるようになってきました。訳出をしながら、ふと「そうだ、ゆっくり話すことを意識しなくては!」と思い出す瞬間があり、そう思ったこと自体に自分自身でも少し驚きました。これは非常に良い傾向だと思うので、通訳塾が終わった後も自分自身をリマインドし続け癖の矯正に取り組んでいきたいです。

2.悪かった点

N:準備とも関係してくるのですが、トピックに対する自信のなさからスライドやメモに書き込みすぎて、しかもその書き込みに頼り過ぎました。

ある程度プレゼンの流れを予測しながら準備をしたのはいいのですが、何しろガチガチに予測を立てたものを手元に大事に置いていて、しかもそれに精神的に依存しきっていたため、予測と違う方向に話がいくと訳がもう悲惨でした。特に出だしに悲惨さが顕著に表れていて、録音を聞いて頭を抱えました。

初めの数分間は訳の雑さも文法のミスも目立ち、おまけに間もありました。うまくいかない焦りから、序盤の見せ所である「安全第一」のスローガンが使われるようになったきっかけのエピソードもきれいに訳せませんでしたし、エピソードに登場する有名企業の2代目社長についても伝わる訳が作れませんでした。

数分間訳してからこれではだめだと思い、書き込みをあまり見ないようにして話者の話にもっと耳を傾けるようにしました。おかげで後半少しずつ立て直すことができたのですが、前半は本当にもったいなかったです。

また、文法を意識的に直すという目標を立てたものの、意識する余裕がなく、訳を出すのが精一杯でした。チャンキングも欲張って長くなってしまう箇所が多々あり、悔いの残る日英通訳となってしまいました。

文法は英語学習をはじめた時から苦手項目だったので、これが自分の永遠のテーマにならないように早期改善したいです。自身のコミュニケーションツールとして使う英語は発音も文法もどうでもいいと思っている派なのですが(相手に伝わりさえすればいいと思っています)、通訳として話す英語は商品なので、聞き取りやすい発音、そして正しい文法でなければならないと思います。日頃から文法をおろそかにしてきたツケが回ってきたような気がしているので「普段はどうでもいい」というスタンスはもうやめて普段からもっと注意していきたいと思いました。自己学習で英語の文章を読む時や書く時に意識するところからはじめていこうと思います。

A:最初にこのテーマを選んだ時は、他のテーマに比べて難易度が高くなさそうだと予想していました。ところが、事前の打ち合わせでプレゼンターから発表内容について伺ってみると、自分の思った以上にわからない単語が多いことに気づき焦りました。IT分野のような外来語のカタカナが多いというわけではなく、製造現場独特の日本語表現が盛りだくさんで、いきなり初見で訳すとかなり苦労するであろうものばかりでした。例えば・・・

赤チン災害(軽微の災害のこと。赤チンキを塗る程度の怪我)
阿弥陀被り(ヘルメットを斜めにかぶること)
バカ避け(機器に対する無理解や誤操作から生じる災害を防ぐ機構)
ヒヤリハット(あわや惨事という瞬間)
ヒヤリハットの打ち上げ(ヒヤリハットの状況を現場の作業者から報告・共有して安全管理の強化に繋げること)

などです。今回は事前の打ち合わせの段階でこうした単語が出てくることが開示されたので、事前に調べることができました。IT業界と違って日本語ではあるため、一度訳語を調べて単語リストを作っておけば訳文に組み込むことにはそこまで苦労することは無かったのが幸いでした。
パートナーのNさんの担当部分で処理してくれた法律に関する単語

「労働契約法」
「人的被害」
「物的損害」
「休業災害」
「不休災害」

などは自分の担当部分に出てこなくて良かったなと安堵したのが正直な感想で、実際に通訳の現場で咄嗟にこのような発言をされると訳せないのではないか、その場合どう回避するだろうか、と考えさせられるきっかけになり、この分野の知識が浅いことを感じました。法律の名前は知らないと訳せないですし、しかもキーワードとして繰り返し発言されやすいため、今後少しずつこの分野の苦手意識が無くせるよう取り組みたいです。


A:稚拙な表現について。「勿体ない」という点で今回新たに指摘を受けたのが、所々表現が稚拙でネイティブであれば絶対に言わないような表現をしてしまっていて、それによって通訳者全体としての価値・評価が損なわれているということでした。たとえば「会社の幹部」は"executives"とすれば良いものを"executive people"と訳出してしまっていたり、「若手の人材に知識継承が必要・・・」というところでは"young resources"と訳出していました。「"resource"という言い方だと人をモノ扱いしているように聞こえる。このような表現を気にする人もいるので、"workers"という言い方が好ましい」というコメントをいただきました。表現力については、ネイティブから見た私の英語の表現力について検証する機会が少なく、常々不安に感じていたため今回のこのご指摘はありがたかったです。英語での読書も今後より一層力を入れていく必要があることを感じました。

3.比較など

N:Aさんとはスムーズな交代のためにテレビ電話をつないでいたので、通訳の様子を観察していました。しっかり準備をしてきたのがよく伝わる訳なのに、全くメモに頼ったり何かを読んだりしている様子はなく、Aさんは準備内容がそもそも頭に入っているのだなと思いました。

確かに準備の本質は資料作成でなく(もちろん資料作成も大切だとは思いますが)話題の理解であるべきなので、そもそも知識が頭に入っていない時点で準備がよくできているとは言えないなと反省しました。Aさんの訳や取り組み方を参考にして自分の勉強のやり方を今一度見直そうと思いました。

Aさんは訳自体も始終とても安定していました。原発言から遅れぎみの時も、決して途中のセンテンスを空中に放り投げたりして帳尻を合わせることなく(私は普段そうしてしまいます)最後までなんとか訳してから少しずつ工夫して遅れを取り戻していました。訳している際にたまに手振りをしながら話していたのも、頭に絵を描けている様子が表れているようで印象的でした。

A:話すスピードがまだまだ早かった。PCの画面に付箋を貼って集中して通訳を行っている間にも自分自身をリマインドできるようにするなど、早口で話さないように取り組んでおり今回の演習でも気をつけていたつもりですが、やはりまだまだ客観的な変化にまでは至っていないようでした。先生からは「ライオンに追いかけられているわけではないのだからもう少しゆっくり話したほうが良い」と冗談口調で指摘されてしまいました。

一方で、スピーカーの発言の情報はほぼすべて取れていて訳出にもきちんと反映されているという評価もいただきました。スピーカーの発言がそもそも聞き取れていないために訳出ができないというのであれば話は別ですが、発言が聞き取れていて、そして訳出もできているにもかかわらずそれが聞き苦しいデリバリーになっているのはとても勿体ないと私自身感じました。
その点を比較すると、パートナーのNさんや他の受講生はその点頭にすんなり入ってくるデリバリーができています。Nさんは声が女性ということもあり地声のトーンが高いため、落ち着いたスピードとあいまって非常に聞き取りやすく感じます。声のトーンが高いと、話題によっては軽い調子に聞こえてしまうという短所もあり、その点Nさんはトーンの使い分けを指摘されていましたが、地声が低く意識的にトーンを高くする必要性を感じている私はうらやましく感じてしまいます。Nさんはスピーカーから遅れた時に追いつこうとして一気に早口になってしまうこともなく、話すスピードが一定に保たれている点も聞き手として安心できる訳出になっていると感じました。私自身も、スピーカーの発言が後から理解できた時に雪崩式にダダダダっとスピードアップして訳してしまうことがないのは良かった、という評価を今回の演習ではいただきましたが、私の場合はプレゼンのテーマに限らず終始早口で訳出してしまっているので、裏を返せば「一貫して聞きづらい」訳出になっていると思います。声のデリバリーという点においてNさんと大きな開きがあると感じました。

4.これからに向けて

N:次回のプレゼンは、今回ペアを組んだAさんによる印象派絵画に関する内容です。Aさんは今のところ敢えてスライドを共有しないスタンスでいるので、自分の準備のやり方を見直すのに丁度いい機会だと思いました。今回の下準備は資料作成中心ではなく、トピックに関する知識を頭に仕入れることを中心に取り組みたいと思います。

これからの通訳に向けての全体的な目標は、訳を安定させることです。調子の悪い時でも、あまり得意でないトピックの時でも、ある程度の最低ラインを担保したいと思います。そこで基礎に立ち返って(自信のある声、訳の最寄り駅、メインメッセージの訳出)自分に足りないところと向き合いながら学習とトレーニングを進めていきたいです。とりあえず次回の演習が最後なので、集大成として安定した訳が出せるように頑張りたいと思います。

A:話すスピードが早いという点を上に挙げましたが、これはスピーカーの発言内容をすべて訳そうとしていることにも原因があると先生から指摘を受けました。聞き手にとってもっと聞き取りやすいスピードで落ち着いて訳出するには、スピーカーの発言内容の情報価値を瞬時に判断し、省ける情報は削ぎ落としていくことが大事である・・・。これはまさに前回の講義で学んだ訳出の効率化のことで、私自身が記事の中で書いた通り実践できていない部分です。幸いなのは、話すスピードが早いという私の癖と訳出の効率化は別個の独立した課題ではなく、訳出の効率化に務めることで結果的に話すスピードも自然と改善される見込みがあることです。時間はかかるかもしれませんが、この点に取り組めば通訳として大きなレベルアップが期待できそうです。通訳者として私が参加する通訳演習は今回で最後で、次回は私が発表者としてプレゼンを行う番となりますが、今回までの演習を通じて今後のキャリアアップに向けてスキル面で目指すべき大きな道筋が見えたのは最大の収穫でしょう。



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