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【第9回】通訳にもダイエットが必要!訳出の効率化

英語通訳塾のnoteを読んで下さっているみなさん、いつもありがとうございます。新年の始まりとともにワクワク、ドキドキしながら臨み、同時通訳演習が始まってからはそれまで以上に汗をかきながら乗り越えてきた本塾ですが、あっという間にラスト3分の1に突入し、残すところあと3回の講義を残すのみとなりました。読者のみなさんもnoteを通じてご存知の通り、回を重ねるごとにより具体的な通訳技術を学んでいますが、本日の講義もまた実践的な内容でした。本日は私Mより第9回の講義「訳出の効率性向上」についてお届けしたいと思います。

「訳出の効率」とは?なぜ効率化が必要なのか??
逐次通訳・同時通訳を問わず、スピーカーの発言を理解し、情報を取りこぼすことなくその内容を訳出に反映させることが大事であることは言わずものがなです。しかし、ただ訳すだけでなく効率化を図りながら訳出していくことが大事であると学びました。その理由は主に以下の3つです。

時間的プレッシャー・・・訳出に時間をかけ過ぎない、オーディエンスを待たせない
認知的負担の価値・・・長時間の通訳を続けるために脳の負担を軽くする
訳の全体的価値・・・価値の低い情報の省略と簡潔な訳出

現実問題として、特に同時通訳のように逐次通訳ほどの時間的余裕がない状況では、ただ聞いた内容をそのまま訳すだけでは上手くいかなくなることがあります。スピーカーがとても早口で発言をしたり、発音が上手く聞き取れなかったり、話の内容を正しく理解できているか自信がなかったり、あるいは先の論理展開が読みづらい局面など、様々なピンチに襲われます。同時通訳中にそのような状況に陥った場合、逐次通訳のように一息ついて対処することはほとんどできないため、一瞬の判断で切り抜けなければいけません。

同時通訳者はいつこのような状況に襲われるかわかりません。また、実際にこのような状況に直面した場合、ただその場面を乗り切ることができればそれで終わりというわけでもありません。瞬間的なピンチを乗り越え、また同じような状況がいつ発生するかわからない中で最後まで走り続けなければいけません。どこにハザードがあるかわからない障害物マラソンに出場するようなものでしょうか。様々な状況に対応しつつ走り続けるために重要なのは、繰り返し使われる表現や冗長な言い回しなどは訳出の過程においてスリム化していくこと。スリム化することで脳の負担を減らしながら訳の全体的価値を上げ、そして聴衆にとってわかりやすい表現を目指していくことが大切である、というのが今回の講義の肝でした。具体的な方法を例とともに見ていきましょう。

効率化①前の発言の処理

U.S. delegation: "I would like to raise a question about the legal means open to a landlord to sue a former tenant who is of a different nationality and has returned to their home country."

先にこのような発言があって、一度訳出をしたとしましょう。別の会議参加者から後にこのような発言があった場合、どのように訳出するべきでしょうか。

Another delegation: "I want to circle back to the U.S. delegation's question about the legal means open to a landlord to sue a former tenant who is of a different nationality and has returned to their home country."

この発言では、about以降の発言は一字一句同じで、この発言者は最初の発言者の言葉をそのまま引用しています。この場合は、「先ほどの米国代表の質問に戻りたいのですが・・・」と訳出してしまえば良く、再度同じ内容を通訳する必要はないとのことでした。これまでの講義でも「聴衆の知識を利用しなさい」ということを繰り返し教えられてきました。既に参加者の間で共有されている情報を通訳は積極的に利用するべきであり、そうすることで訳出の省エネ化が図れるということです。ただし、この方法は発言者が自分の理解を確かめるために発言しているような状況など、発言自体に特別な意味がある場合においては、省略せず全訳することが大切です。

下で述べる名詞の略語化については、私自身も以前から行っていたためすんなり理解できたのですが、一定量の発言内容を丸々省略するという上記の方法には驚きました。通訳は発言内容を理解し、そしてそれを正しく伝えるべきであるという意識があったため、「そこまでやってしまっていいの!?」というのが正直な感想でした。この説明を聞きながら、以前の講義で聞いた「『何も足さない、何も引かない』という考えが間違っているというわけではないが、現場の通訳者たちは常にこの考えに則って訳出をしているわけでもない。」という言葉を改めて思い出しました。まだまだ私の訳出の根底にで「何も足さない、何も引かない」という意識が強く働いているのかもしれません。同時通訳演習でも感じることですが、スピーカーから遅れることがよくあるため、今後積極的にこの効率化の方法を取り入れていきたいと思いました。

効率化②短縮
組織名、条約名などを短縮して毎回フルネームで訳出することを避けるこのテクニックはわかりやすいでしょう。実際に通訳していて、特に条約名や省庁の名前などを繰り返しフルネームで訳出するのは大きな負担に感じます。
東京電力→東電、TEPCO
International Trade Tribunal→Tribunal
総合格闘技→総合
Treaty establishing the European Economic Community→ECC Treaty またはローマ条約

この方法も、事前に参加者の間で正式名称が共通の知識として担保されている場合に有効でしょう。通訳者がいきなり「総合」とだけ訳しても、それが格闘技の話題であることが認識されていなければ聴衆の理解は難しくなるでしょう。一番最初に訳出をする際に「総合格闘技、または総合〜」と訳出をして通訳者が聴衆に刷り込み(インプリンティング)を行い、後の訳出が略称だけで済むようにするのはよく見られるテクニックだと思います。こうした単語の省略は先生によると「積み重なるとかなりの時間短縮になる」というのが興味深かったです。そこまでの大きな時間的メリットを感じたことが私自身はこれまで無かったため、活用できるところで積極的に利用し検証してみたいと思います。

効率化③贅肉は削ぐべし
同じ意味の言葉を連続して使われた場合

This proposal needs to be carefully studied, examined, and analyzed.

このように似たような単語が複数並べられた場合、法務の分野など逐語訳が求められる分野であればすべて訳す必要がありますが、そのような特殊な状況以外では各単語を訳してしまうとかえって不自然に聞こえてしまうことがあります。少ない言葉にまとめてシンプルな訳出にすることも大事であるということでした。上記の例文だと、以下のような訳が考えられるでしょう。

この提案は注意深く検証する必要がある。

確かに、このように訳出すると非常にスッキリして聞き手にとってもわかりやすくなります。今気づいたのですが、このテクニックは羅列された単語の中にわからない単語があった場合の回避策としても使えるでしょう。

効率化④狙うは最短距離
上にあげた効率化の方法から導き出されるのは、常に短い訳文でアウトプットしていくことを理想としているということです。例えば、

The coordination meeting to exchange our impressions after the Tokyo conference

 上記の表現は

the debriefing on Tokyo

とした方がずっと短い言葉で意味を伝えられることがわかるでしょう。

しかし、実際に常にこのような訳出を目指すのは難しく、また訳出が短すぎてしまうと間が生まれてしまうことがあるため、あえて訳出を長めに調節することもあるとのことでした。あえて文章を長めにして訳出することで、スピーカーの次の文章の導入部分を聞きながら次の訳出に備える・・・ということでした。私自身のこれまでの同時通訳の経験では、スピーカーに追いつこうと必死になることはあっても、間が生まれるのを防ぐために意図的に長くすることは行ったことがないため、また別次元の技術を垣間見た気がしました。まだまだ改善できるところは多くあるということを実感し、そして通訳の奥深さと楽しさを感じました。

効率化⑤感情や条件に注意
短い訳出を目指すことは大事であるものの、一方でスピーカーの感情や発言における条件に注意する必要がある、という指摘は非常に興味深く、常に最短の訳出を目指すという思考に囚われすぎるのも危険だということを学びました。

Unfortunately, Mr. Chairman, I have to inform you that for the moment my instructions are that my delegation's position remains negative.

この文章では、大意では"No"という意味になるため、それだけを訳せば十分かもしれません。一方で、各単語から以下の理解が可能だと例が挙げられました。

Unfortunately→申し訳ないという感情
For the moment→今後変わるかもしれない
My delegation→個人的な意見とは違うかもしれない

これらを加味すると、

代表団は今はNoとしているが、考えを変えさせられるかもしれない

という解釈も生まれるでしょう。この例では感情、時間、主体に関わる条件が明示されていますが、このような条件が含まれている場合は省略することはせず、訳出する際にそれぞれの単語の含みを持たせた表現にすることを考えなければいけない、という説明でした。ただ文字通り訳すのではなく、省くところは省きつつ、感情や条件に注意を払い訳出に反映させるというのは非常に難しく感じ、圧倒されました。一方で、自分がこのようなことを瞬時に判断して訳出できるようになったらどれだけ素晴らしい通訳になるだろうか、と考えると心が弾みます。

まとめ

一口に訳出の効率化と言っても、その方法は様々であることを今回の講義で学びました。上に挙げた技術の中で、私がこれまでに実践できていたのは単語の略語化ぐらいでした。これは恐らく、講義の中で先生も説明されていた通り、スピーカーの発言内容の情報価値の見極めがまだまだできておらず、そのまま訳すことに終始しているからでしょう。もしかしたら、他の効率化の方法も無意識に行っていたことがあったかもしれません(もしくは発言内容が聞き取れなくてバッサリ切り捨てたとか・・・)。しかし、意識的に実践できるようになってはじめて技術が習得できたと言えるはずなので、少しずつ能力範囲を広げていけるように今後も頑張りたいと思います。残りわずかの講義ですが、最後までしっかり学んでいきます。

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